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第5話 ナイトメア・リターン

 俺は金貨を握りしめ、女神が指し示した法へと歩きだす。あの女神、大丈夫なのか? 何か横暴な上司や小ずるい同僚から厄介事を押し付けられてるっぽいな。女神なのに変な宗教とかに騙されそうだ。


 強く生きていって欲しい。何かこう、心配になってくる人、いや女神だ。


 とりあえず唯一の収穫であるこのコインは無くさないようにしないとな。ポケットの財布の中に入れておこう。



 とかやってると、なんか薄暗くなってきた。夜か? 随分と長くお茶してたからな。それとも明るいのは神殿の周りだけだったのか? 暗いのやだなぁ……。てくてくてく。


 ってかこれ、本来の状態に戻ってきてるだけじゃねえかよ! しばらく普通に見えてたから忘れてた。


 ちょっと待って、俺、白杖なしじゃあ、まともに歩く事もできねえんだよ。どうしよう。



「うわーん。助けてぇ、メガえも~ん!」


「誰がメガえもんですか、誰が! まったくもう、デートまでしたのに名前を忘れるなんてひどいです。ああ、そうだ、名前わからないんでしたね。女神うっかりです。改めまして、超絶美形巨乳女神、一七歳です♡」


「オイオ……って、突っ込んでやらねえよ! あんたホントに異世界の女神か?」


「もう、ノリ悪いですねえ。イヌ耳まで付けてあげたのに。私のワンちゃん姿はお気に召しませんでしたかぁ?」


「うっ、それは。写真集出たら思わず買うくらい、決まりに決まってたが……」


「ふふ、出したらサインして送りますね。普及用も含めて十冊くらい。これで、獣の女神も半泣きです」


「サービスカットもありますかぁ? っじゃなくてえ」


「はい、わかってますよ。でも、あのコインあげただけでも他の神に知られると、始末書ものなんです。これ以上は何もあげられません。夏休みカットされちゃいます。ですから、これで我慢してください。右の足元の辺りを触ってみてはいかがでしょうか」


 言われた通り、地面を触ると、そこに一本の枝が落ちていた。拾ってみると、杖代わりに調度いい長さだ。所謂いわゆる、白杖よりは太いが、軽くて頑丈そうだ。


「それを使ってください。一応神界に生える木の枝ですから、軽くても固くてちょっとした武器くらいにはなりますし、何気に神聖属性帯びてます。ああ、私があげたんじゃないですからね。あなたがたまたま拾ったのを持って行っただけです。ホントは神界の物を下界に持ち出すのは厳禁なんですが、私気付きませんでした。女神うっかりです。では、この先、いきなりいろいろと大変みたいですけど、頑張ってください」



 ……そして誰もいなくなった。ホントにあのポンコツ女神は、お人好しだな。彼女を祭る神殿とかあったら寄付しよう。お金あったらね。


 ん? 最後に何か不穏な事言ってたな。まあいいか、あの女神の言う事、いちいち気にしてたら始まらない。俺は杖をつきながら、徐々に見えなくなる世界を歩いて行く。




 しばらく歩いて行くと、完全に見えなくなってしまった。俺は一つ溜息をついて、改めて見えているという事のありがたみを思い知らされていた。


 杖の感覚と聴覚、肌に触れる風の感覚、足裏感覚、などの諸感覚で視覚の代わりをしながら歩く事がいかに大変かを。


 当然、歩行スピードは落ちる。舗装された道を歩いているならいざ知らず、全く知らない、道かどうかもわからない場所を歩くのだ、一歩踏み出した先が壁かも知れないし、地面が無くなっているかも知れない。これはかなりの恐怖である。


 唯一の希望は、女神がこの方向を指差したのだ。そこに危険はない。長いのか短いのかわからないお茶会であったが、その程度の信頼は与えてくれた。


 なんだかんだ言っても、俺はあの女神に好意を抱いているようだ。前世で会っていたら、いい友達になれたのかもな。




 どのくらい歩いただろうか? どうもここは時間の感覚があやふやだ。女神と別れて、もう随分経ったような気もするし、さっき別れたばかりの気もする。


 ただ、感覚が段々とリアルになってきているのがわかる。これは物質世界に近付いているという事だろうか? このまま真っ直ぐ歩いていて、ちゃんと街に着くんだろうな? 

 どうせ辿り着くなら、人に優しい街だといいな。




「あっ、先輩! やっぱり先輩もここに居たんですね」


 おわっ、びっくりした。


 急に前から声がした。心臓に悪いが一気に俺に現実感を与えてくれる声だ。


 そう、聞きなれた声。


「梶本か? そうか、お前もここに飛ばされてたのか。お前だけか?」


「違いますよ。ボク意外に主任や他にも何人かいます。どうやら、近くにいた人は全員ここに来ちゃってるみたいですね。でも先輩は遅かったですね。大分待ちましたよ。やっぱり歩いてくるの大変でしたか? 迎えに行けたら良かったんですけど」



 こいつは同じ部署の後輩で梶本。目が不自由な俺を何かと気遣ってくれる奴だ。今こいつが言った主任やその取り巻きの露骨な嫌がらせや障害に対する人権侵害から何度か庇ってくれた事もある。こいつには本当に感謝している。


 だが、いなくていい奴らもいるようだ。こんな厄介な状況で相手したくねえな。



「やっと来たか。まったく待たせやがって! 人を待たせて何とも思わないのか。社会人として恥ずかしいとかいう考えを少しは持てないのかね」


 こいつだよ! 誰が待っててくれって言ったよ。いつ待ち合わせした?


「すみません主任。でも何で待っててくれたんですか? 私がいるかどうかなんてわからなかったでしょうに」


「ああっ、バカかお前は? お前なんかと違ってそのくらいの事わかるんだよ。バカなお前と一緒にすんな、無能が」


「そうですか、バカな無能ですみませんねえ。で、わざわざ待っててくれたのはなぜでしょうか? いつもは『無能はトロイから待つ必要はない。遅れたら責任は自分で取れ』 って先行きますよね?」


「ああ先輩、ボクらは神様とかいう人から全員揃うまで門が開かない

って言われたんですよ。でその門はあそこにあります。先輩が来た途端に開きましたよ」


「ふうん。俺だけ遅かったのか」


「はい、っていうか、ボクたちは皆一緒だったんですよ。先輩の姿だけ見えなかったので、心配しました。でも、無事で良かったです。どこにいたんですか?」


「俺もよくわからないんだが、女神とかいう人にお茶に付き合わされてた。だからてっきり俺独りがここに来てるんだとばかり」


「女神ですかぁ、いいですね。ボクたちは髭のおじさんでしたよ。美人ですか、女神って? あっ、すみません。その……」


「ああ、すげえ美人だった、神を見るのに目は必要ないみたいでな。俺にもはっきり見えたよ」


「ちっ、人待たせておいて、女とイチャついてただとぉ。無能のクセにふざけんな。我々の時間を何だと思ってやがるんだ?」


「そう言われましてもねえ、待っていらっしゃるならそう連絡してもらいたかったですねえ。連絡もないのに誰がどこで何をしているかわかる程できてませんので」


 ああ、ちなみにこいつらが俺に言う、[無能]とは障碍者の事らしい。


 以前は、盲人に対する古典的差別用語を連呼していたんだが、それを聞いた外部の人から苦情が届き、上役に呼び出された挙句、関係各所に謝罪して回った上、人権セミナーとかを受けさせられる、という珍事があった。


 勿論もちろん、関係各所に俺は含まれてはいないらしく、一言の謝罪も受けていないが、悪意が無い事を理解して、快く許した事になっている。一体どこでそうなったのやら。


 そして、できたのが[無能]という呼び方だ。人権セミナーはこいつらに一体何を教えたのやら。



「そうですよ主任! ボクたちがいる事すら知らない先輩にわかれって言うほうが無理ですよ。いくら何でもひどすぎませんか?」


「もういい、梶本。お前も悪かったな、心配かけた」


「いいんですよ。じゃあ、行きましょうか」


 梶本が俺の左前に立つ。


 右手で杖を使う俺に肩を貸してくれる、いつもの立ち位置だ。人それぞれだと思うが、俺は左手で介助者の右肩を掴ませてもらうのが一番歩き易い。それを知ってる梶本は、いつも自然にこの位置に付いてくれる。


 本当にこいつがいてくれると安心できるな。感謝しかない。


 と、いっても感謝じゃ、腹は膨れんしな。いつか、この恩は返すよ。まぁ、期待せずに待っててくれ!

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