第4話 女神のキッス
白い大理石のテーブルの向こうでお茶を飲むポンコっいや、綺麗なお姉さんが微笑んでいる。オーダーしてもいないのに、いつの間にかネコ耳カチューシャ、セットしている女神様。どこか誇らしげだ。ティーセットといいカチューシャといいどこから出してんだ、この女神。
しかもこのネコ耳ピコピコ動いている。認めよう、無茶苦茶可愛い!
元がいいから、こういうギミックが異常に映える。これは販促だ。
だが、俺はここで折れるわけにはいかない。言いたい事はちゃんと言える男なんだ、俺は! 言ってやる、俺ならちゃんと言えるはずだ。勇気を出せ! 奮い立て! 心を燃やせ!
「あの、ネコ耳じゃなく、イヌ耳になりませんか? あと尻尾オプションもあれば是非に。できれば垂れ耳ではなく三角耳で、尻尾はふさモフでお願いします!」
……、時が止まった。神殿に女神がお茶を啜る音が響く。
「すみません。思わず取り乱しました」
この俺の心をここまで掻き乱すとは、この女神、侮れねえ。
「ってそうじゃなくて! 生活とかどうすれば、お金とか持ってないんですけど」
ポケットに財布はあるが、日本銀行や造幣局が発行している紙幣や硬貨がこの世界で使えるわけがない。クレジットカードとか使えたら、もう笑うしかないだろう。
地獄の沙汰も金次第。金さえあれば生きていける! 言い換えれば、金がなければ生きていけない! 恐ろしく下世話な事を言っているようだが、貨幣文化がある世界ならこれは否定しようのない事実だろう。
俺の言葉を聞き、女神の目が、すっと細められる。
しまった、失言だったか。俺とした事が!
「耳と尻尾って、もしかして、私より獣の女神のほうが良かったって事ですか? あんな娘、ちょっとお胸が大きいだけの乱暴者ですよ。獣くさいです。やめといたほうがいいです。それに比べて私はお風呂にも入ってますし、家事も得意です。気配りできるタイプですのでお買い得です。あと、虫の女神とか最悪ですよ。見た目が可愛いだけでかなりあざとい娘です。しかもここだけの話、従姉妹にゴキがいます。最悪です。本当です。あっそれとお金は貸しませんよ。神と人の間での現金の貸し借りは厳禁です。揉め事しかおきませんからね。神はそういう即物的な事にはノータッチです」
何か他の女神の悪口言い出した。いろいろ溜まってんのか、この女神。
従姉妹にゴキって何だよ。盆や正月に遊びに来るのか? 嫌すぎるぞ。というか、獣や虫の女神ねぇ。じゃあ、この女神、何の女神だ? お客様対応女神か? それともポンコツを司ってるのか?
金に関してはきっぱり跳ね除けられた。そこら辺きっちりしてやがる。まあ、金貸してくれる女神とか、胡散臭いの通り越して、普通に恐いけど……。
とりあえずこの話題は危険だ。墓穴を掘る前に話を変えよう。
「ちなみにここって、この世界のどこに当たるんですか? 天界とか神域とかですか? ここに住まわせて頂くわけにはいかないんでしょうねぇ。できればこの世界に慣れるまでだけでもここにいたいというかぁ、ここを出るのが恐いというかぁ、やっぱダメですか? じゃぁ俺どこに行けばいいんでしょうか? ここにいれないのなら、近くの街とか行き方教えてもらいたいんですけど」
俺は強引に話題を替える。どうだ? いけるか? やっぱり無理があるか?
「そんな、気持ちはわかりますが、いきなり同棲なんて、女神困ります。噂になっちゃいます。そもそもここって神格の無い者が長くいられるとこじゃないんです。ここは、人の認識では表現しがたいんですけど、最初に言ったように、物質的な場所ではないんですよ。まあ天界とか神域とかいう概念で間違ってないと思いますよ。
人里へはこの領域を出ればすぐに着きます。ああ、一度出たらもう戻っては来れませんけどね。ただ、この領域は、不確定でいろいろな精神世界や魔界なんかとも近いんですよ。勿論、物質的距離ではないですよ。何千年歩いても着かないし、一歩で着くとも言えます。ですから人間界に着くまでは気を付けてくださいね。迷い込んだら神でも助け出せない場所が多くありますから」
無理くりな話題転換には成功したみたいだが、何か凄い恐い事言われた。気を付けますとは言ったが、何をどう気を付ければいいんだか。
「という事で、あなたはこれからこの世界で生きていく事になります。いろいろと言いたい事はおありでしょうが、帰れない以上、仕方ありません。受け入れてください。そして頑張ってくださいね。私はいつもここから見守っていますから。あなたは決して独りではないのです。あなたの新しい人生に女神の祝福を!」
なんか女神っぽい事言って締めだした。なぜかイヌ耳ピコピコさせながらモフモフ尻尾をふさふさ振っている。
あざとい! この女神あざとすぎる!
これは完全にお茶会の終了を告げられている。くぅ、何の収穫もなく終わってしまうのか? いやっまだだ! まだ終われんよ! ここまでお近付きになったのに、TEL番号どころか名前もGETできていないんだぞ!
って、ちがぁう! 正直それはどうでもいい。ここを出た後の事が不安すぎて、このお茶会をできるだけ引き延ばそうとしていたが、もう限界のようだ。
「そうだ! もう一つだけ。俺、あなたの元、離れたら、また目が見えなくなるんでしょうか? 三日と生き残れない気がするんですけど」
「ああ、そうですよね、確かに可哀そうだとは思いますが、こればかりは。神や世界に何らかの貢献をした者には、神の褒美として肉体進化や病平癒などの奇跡が示される事もありますが、今のあなたに特別な配慮をする事は、私にも許されていません。ごめんなさい」
「そうですか。わかりました。気にしないでください。世の中ってのはそういうもんだって知ってますから」
三流小説か子供向けのお伽噺でもないかぎり、可哀そうだからって神様が助けてくれるなんて、ご都合展開あるわけないよな。
世の中がそんな甘々な成分でできていると期待できるほど、温い人生は送らせてはもらえなかったよ。
「随分と物分かりがいいんですね。人生諦め切った達観した顔してますよ。大変な人生を歩んできたんですね。確かに世の中は不条理です。なんの努力もしないどころか、人を貶め、踏みにじるような事ばかりしていても、幸せに暮らす人もいれば、どれだけ努力しても正しく生きても報われない人もいます。そしてそれには神は介入しません。そうですね、でも、私にだって多少の裁量は許されています。これまで苦労しながらも頑張って生きてきた、あなたへのせめてものご褒美と、私と楽しくお茶してくれたお礼として、これを与えましょう。ささやかな物ですが、今はこれが精一杯なんです」
そう言って、女神は一枚のコインを取り出し、俺に見せる。それは表には彼女に良く似た女性の、裏には鎌を持った骸骨のレリーフがついた金色のこいんだった。
「それは?」
「これは[身代わりのコイン]です。所持する者が命を落とした時、一定確率で身代わりとなって砕け散るAFです。さして珍しい物ではありませんが、ふふっ、特別ですよ」
そう言うと、女神はそのコインの表側に『チュッ』と音を立ててキスをした。
「これで、百%生き返ります。ちゃんと身に付けておかないとダメですからね!」
そう言った次の瞬間、そのコインが俺の手の中にあった。
「女神様、有難うございます。俺、この世界で頑張って生きてみます」
女神が優しく微笑んでいる。この女神、何だかんだ言って俺の事、案じてくれてるんだよな。やっぱりいい女だ、見た目だけじゃなく。
「やっと私の事、女神様って呼んでくれましたね。ふふ、うれしいです。あっでも、そのコインで間接キスとかしちゃダメですよぉ。恥ずかしいですぅ。それと下界に下りたら私の悪口とか広めないでくださいね。絶対ですよ。できれば超絶美形の巨乳女神、現在たまたまお一人様なので恋人募集中。但し立候補可能なのは超絶イケメンでお金持ちに限る! って広めておいてくださいね。女神との約束ですよ」
もう何かいろいろと台無しだよ、この女神! やっぱりこいつはポンコツ女神だ。ここからは己の才覚のみを頼りに生きていこう、と強く誓う俺だった。




