第3話 この女神、ポンコツにつき
神殿の外には、麗らかな春のような日差しと青々と茂った草木が見え、『チチチ』、『ピピピ』、と小鳥の囀りが聞こえる。暖かな風に乗って、甘い花々の芳香が漂ってくる。穏やかな春の午後を思わせる心地よい時間だ。
にも関わらず、今俺は苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。なぜか? それは……。
四百字詰め原稿用紙数百枚分の長い話を俺は耐えた。ひたすら耐えた。耐えに耐え、わかった事がいくつかある。
まず、この女神、思ってた以上にポンコツだった。理系とか文系とかの問題じゃない。コミュニケーションスキルが低すぎる。そのくせ自分が言いたい事は全て伝わってると信じて疑わない、自己肯定低そうに見えて、実はかなりのメンタルお化けだった。
恐い! 恐いよぉ! 助けて鬼太郎ぉ! 水木先生カムバーク! 結論、妖怪ポストは異世界には無かった。ごめんなさい。
とにかくポンコツの話を無理矢理まとめるとこうなる、のか?
一つ。俺がこの異世界にいるのは、このポンコツのせいではない事。ここ重要らしい。
そして、その原因は、俺のいた元の世界の神の手違いらしい。どんな手違いをすればこんな事になるのか、全くわからんが、その世界からなぜか放り出された俺は次元の硲を彷徨った挙句、多少は責任を感じたらしい神からの依頼で、この世界に招き入れられたのだと。
(神だって忙しいのだ、時には些細なミスだってする。人は寛容を覚えねばならぬ。相手のミスを言い立てて責任追及するような、度量の矮小な存在になってはならぬ。ちょうど良いからそこで魂の格を上げる修行でもしておれ。わしが神であるぞ!) てのがあちらの神から俺に伝えるようにポンコツに送られてきた思念らしい。
……ふざけんなあ! 人の人生何だと思っていやがる。
二つ。元の世界に帰れるかどうかは女神にもわからないとのこと。
(どうやって次元を超えたのか、よくわからないのに、帰る方法なんて知りません)だそうだ。話の流れから、魂の格を上げる修業をすれば帰れるのかと期待もしたが、(我々神ですら行き来できないのに、どうやって?) と真顔で聞き返された。おっしゃる通りだよ、コノヤロー。
そもそも元の世界で、俺がどうなったのか。神隠し状態なのか、それとも死んでいるのかすらわからないそうだ。
そして三つ。俺にはこの世界でやるべき使命とか、そういうものは特に無いらしい。
(邪神を倒せ? 世界を救え? ですからあ、それなら最初から強い人とか凄い人を呼びますよぉ。元の世界ですら何の取柄もない一般人呼んどいて、そんな偉業を期待するなんて、神は馬鹿じゃあないですよ。ああ、進んだ文化圏で育っただけの普通の人の知識を頼って、滅亡しかけた国を救えだとか、文化レベルを上げろとか、無理難題ふっかけるなんて、それはもう神ではなくて悪魔の所業ですう、鬼畜すぎますぅ。えんがちょです) だそうだ。いちいちもっともで反論できねぇよ。
そうして、5杯目のお茶を飲み切った頃、ようやく話に終わりが見えてきた。
「という事なんですう。わかってくださいましたよねえ。それと、何気に私の事、ポンコツって呼んでますよね。知ってるんですよ。やめてください。ポンコツなんて私の対角にある用語です。神界では出来る女って専ら評判なんですよ。今回のことも才色兼備な女神にしかできないお仕事って、私が特別に任されたんですよ。もう、優秀すぎるのも考えモノですよねえ」
ポンコツとか言ってごめんなさい。この女神、だんだん可哀そうになってきた。せめて俺だけでも優しくしてやろう、と密かに心に誓う俺だった。あくまで出来る範囲でだが。
それにしても、はあ、聞けば聞くほど病みそうだ。俺、そんなに罪深い事してきたか? 前世の業か? 前世の俺のバカヤロー!
ってか一回死んだらリセットさせろよ。後世に責任持ち越させんな。記憶の無い相手に責任取らせて意味あると思ってんのか?
やはり神ってのはたいして人に興味は無いんだろう。なんかいるから適当に面倒みてやってる程度の扱いのような気がする。
「で、結局俺はどうすればいいんですか?」
「へっ、どうする? って。えっとお、そのお、どうすると言われても、どうしましょう」
なんか目が思いっきり泳ぎまくってる。もしかして何も考えて無かったのか? まあ、よくわからないうちに厄介事押し付けられただけみたいだしな、この人、いや女神。
そんな相手に文句言ってても始まらない。ここは善後策を考えるべきだ。女神という高位の存在が、多少なりとも責任を感じているうちに、得られる情報は得ておくべきだろう。
「あの、じゃあ、質問ですが、俺ってこの世界で生きていけるんでしょうか? 呼吸とかできます? ここではできてますけど、さっき言ってたように、ここって所謂人間界とは違うんでしょ? 人間界に下りた途端に呼吸困難とか勘弁してほしいんですけど。それに食べ物とか俺には毒なんて事ないですよね。あと、言葉は通じるんでしょうか? あっ、それと、こちらの人、てかいるのかな? いたとして、俺を見た途端に、(化け物だあ」とか言って襲われたりしない? 捕まって、解剖されて、見世物小屋とかに売り飛ばされて……」
思いつく不安を、とにかく言い立てる俺。
「ええと、ちょっと待ってくださいね。順番にお答えします。まずこの世界にも人間はいますよ。空気の成分もほぼ変わらないので、呼吸にはあまり問題ありません。むしろこの世界の人間より、酸素吸収効率が高いので、体力は高くなりますよ。食べ物に毒があるかどうかは食べた物次第です。あなたの世界だって食べ方によっては毒のある物とか普通にあったでしょ。まあ、こちらの人間が食べれる物は基本大丈夫です。味覚もほぼ一緒です。外見ですが、国や地方によって若干違いますから、多少の違いは『遠い国からやって来たあ』とか言っとけば何とかなりますよ。言葉は、全ての言語を話せるわけではありませんが、街で通じる共通語は多少できるようになります。まあ、片言くらいな感じです」
一気に捲し立てた女神様は、ここで一口お茶を飲む。そして再び口を開いた。
「それとここで、耳より情報! あちらの神からの情報にあったのですが、あなたの住んでた国の人って、魔法とかスキルとかケモミミ少女とか大好きなんですってね。喜んでください。ありますよ。この世界。魔法やスキルは頑張れば庶民でも身に付きます。バンバン使えます。大満足です。亜人や獣人もいます。やりましたね! 魔物もいますから、剣や魔法を駆使して戦えますよ、そういうの憧れなんでしょ、楽しんでくださいね。まあ、逆に殺される事もありますので注意してください。可愛いケモミミ少女とイチャラブなんて展開もあり得ます。それも本人の才覚次第ですけどね。美的感覚もたいして変わらないので、今までモテなかったのにこちらの世界でいきなりモテモテっとか調子のいい事期待しないほうがいいですよ。どうしてもって言うなら、オプションで私がネコ耳カチューシャとかつけて、お話してあげてもいいですよ。語尾にニャンとかつけましょうかニャン?」
オプションでネコ耳とかどこの店だよここは! ってか、神同士でどんな情報やり取りしてんだ、日本人は全員オタクだと思ってる外国人的発想だぞ、それ。
まあ、俺も御多分に漏れず嫌いじゃないけどね、ラノベとかアニメとか。あと、俺はネコ耳よりイヌ耳派のモフラーだ。ここ大事!
イヌ耳モフ尻尾娘とかいたら、是非モフらせて欲しいところだ。痴漢扱いされないかな、気を付けよう。
ってかこの女神、容赦なく現実突きつけてきやがる。もう少し夢見させてくれたっていいじゃねぇかよぉ。いや、思わせぶりな事言っといて、後で現実を知ってショック受けるよりはましか。
それにしても、魔法にスキルかぁ、いいな、それ。正直そういうのに憧れなかったと言えば勿論嘘になる。俺だって、(いくつになっても心は厨二の夏さっ!) を地で行く男、いや漢だ。
頭とPCのハードディスクの中だけは、誰にも覗かせるわけにはいかない紳士の中の紳士だからな。異世界美少女たちと剣と魔法とエロがいっぱいの冒険を繰り広げた経験数は両手の指じゃあ足りないさ。
思い出す、様々なタイプの二次嫁たちのエロ可愛さ。思い出しただけで、思わずヨダレが……。それが今、現実に!
おっと、いかんいかん、頭の中でどんなエロが爆発していても、常に表情はニヒルに、心はクールに、ってのが紳士の嗜み。俺は知的で品位を重んじる、紳士の中の紳士だからな。
って、あれ? ちょっと待て! 俺のPCどうなった?
……まずい、あれだけは人に触れさせるわけにはいかん。あんな脆いパスワードなど簡単に突破されてしまう。ってか、パスワード生年月日でした。
俺のバカ! セキュリティーの大切さを軽んじていたとは紳士失格だ。終わった、もう俺、いろんな意味で元の世界には帰れなくなった。
「あの、一つ相談なんですが、地球、爆発させてもらうわけにはいきませんか?」
「……?」微笑みながら小首を傾げる女神様。
「ゴメンなさい。ただの妄言です。忘れてください」




