第12話 巣立ちの準備
城に戻った俺は、まず解体担当の使い魔たちに、収納に貯め込んだ魔物の遺骸を引き渡し、その量に引かれる。
城の貯蔵庫一杯に積み上がった大量の魔物に、さすがに多過ぎたかと焦るも、『退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!』 の精神で押し付けてくる。ごめんね。
戻った事を先代に報告に行き、無事[鑑定偽装]を手に入れた事を話す。
「ほう、意外に早かったな。だが、下界に下りるには頃合いか。今の貴様なら、そうそう死ぬ事もあるまい。まぁ、魔王だなどと名乗ったら、即神殿から討伐されて終わりだろうがな。気を付ける事だ」
「討伐? 何だよそれ! この世界って、【魔王即斬】なのかよ! 魔王はゴキブリ扱いか?」
「当然だ。神が魔王を討伐して興ったのが、現在の人間世界だ。魔王など存在自体が認められん。世界を相手に戦って、ねじ伏せるだけの力を持つまでは、正体は気付かれるなよ。特に神殿勢力は厄介だぞ」
……魔王ってそんなはみ出し者なの? 人類の敵って事か。俺、早まったかな?
「だが、いつまでもここにいても覇道は始まらぬ。その目で世界を見、力を蓄えよ。貴様の人生は長いのだ、焦って期を見誤る愚だけは犯すなよ」
さすがに神話の時代から生きている御方の言葉には重みがあるな。齢0歳の俺には重すぎて、いまいちピンとこないが。
あと、俺は覇道を歩むなんて言ってないぞ、多分。
その後は、久しぶりに城の食堂を襲撃し、存分に堪能した。そして湯殿に進撃する。
リュミはしばし逡巡したのち、部屋に戻った。最近少しずつ、振る舞いが大人になってきている。既に見た目は大人と言っていい体つきになってるしな。
もう、気軽に風呂には誘えんな。何だろう、この何とも言い難い寂しさは。娘が一緒に風呂に入ってくれなくなったと嘆いていた友人の姿を思い出す。俺には縁がないと思っていたんだがな。
だが、寝る時は、迷わずベッドに潜り込んできた。これもいい加減何とかしないと、街で宿に泊まる時に、同室ってわけにはいかんだろ。朝、宿屋のおやじに(昨夜はお楽しみでしたね!) などと言われたくないからな。
それに、今後新たな仲間が増えるかもしれんしな。そう、仲間だ。俺は別に覇道を歩むつもりなんかない。いや、結果そうなる事が無いとは言わんが、敢えてそんな面倒臭い事なんてしたくない。
そもそも世界征服って何だよ。悪の秘密結社のボスなんかは判で押したように世界征服を口にするが、あれってずっと不思議だったんだよな。世界を征服なんてして何が楽しいんだ? 余計な仕事が山積みになるだけだろうに。
皇帝や王様が遊び惚けているのは、三流アニメの中くらいで、現実にはプライベートの時間なんて皆無な程多忙だ。権力を握るという事は、それだけの責任を負うという事だからな。
なんでわざわざ自分から好んでそんな責任負いたがるんだろうか? それなりの金を儲けて、その金で好き放題、自由に生きたほうがよっぽど良くないか?
俺は、苦労は元世界に置いてきたつもりだ。生まれ変わったからには、自分が楽しいと想える事をしていく。
それを邪魔する奴がいるなら、人だろうが国だろうが滅ぼす事に吝かでないが、敢えてそんな面倒臭い事をするつもりはない。
俺がしたいのは、世界を見て回ること、そしてやりたいと想える事をやることだ。その過程で目的が同じで気の置けない奴なら、リュミ以外でもPTメンバーや仲間にしていいと思っている。
まぁ、俺が望んでも、リュミが嫌がるなら遠慮願うけどな。
その後はアレクサンドラに、ここ最近の溜まりに溜まった疑問についての講義を受ける。
まずは、魔物の生まれるメカニズムについてだが、基本的には魔素の濃い場所から生まれてくる、いわゆるポップであるそうだ。だが、雌雄の区別のある魔物や、魔人やそれに近いヒト型の魔物の一部は交配によって子を産むとのことだ。
そして、雌雄のない魔物であっても、コロニーや巣のように、同一の魔物が多く集まっている所には、稀にたまごが生じる事があり、そのたまごから生まれた個体は、群れを率いられる知性を持った個体や、強力な個体が産まれることが多いらしい。
あの[ヒハキドリ]のたまごって……、どうしようかな?
アイテムドロップだが、(必要ないから放置していたのではなかったのですか?) と言われた。これまでも結構ドロップしていたらしい。……勿体ない事したなぁ。
だが、もっと衝撃的な事実が発覚する。
「あの、ならもしかして、魔石を一切拾っていなかったのも、お気付きになっていなかったのでしょうか? 興味がないのかと思っていたのですが……」
恐る恐る聞く先制。
魔石? そういや魔物にはそんな物があると以前聞いたような聞かなかったような。もしかして俺、盛大にやっちまってたのか?
それから改めて魔石についての講義を受ける。
魔石とは魔物の核となる魔素の塊であり、倒した魔物から回収できるそうだ。体内のどの部位にあるかはその魔物で違うため、一概には言えないが、どの魔物でも体内の魔石を砕かれたり取り出されたりすれば絶命するので、そこが弱点であるそうだ。また、魔石はAFの材料や燃料になるため、魔物の素材やドロップアイテムと並んで冒険者の収入元になっているらしい。
つまり金になると……。ここまで説明されて思い出した。確か先制が、[魔眼]の[魔力視]で魔石の位置がわかるとか何とか。
「うおおおおっ、俺はなんちゅう勿体ない事をぉ。金を捨てて回ってたのかぁ~!」
頭を抱え、全力で後悔する俺に、先制が苦笑いを浮かべている。
「御心配には及びません。これまでラングリード様が使い魔に解体を依頼した魔物たちの魔石は、全て使い魔から預かっております。『食肉と素材しかいらない』 との事でしたので、扱いに困った使い魔が私の所へ持ってきていたのです。現在解体中の魔物の分も、全て保管しておりますので、出立までにはお渡しできるかと」
ああ、やはりアレクサンドラは女神様だ。思わず抱きしめる俺。ただされるがままのアレクサンドラ。せめて何か反応して!
ちなみに、(褒めて頂けるのは光栄なのですが、女神などと例えられるのは、いささか思うところが……) と苦言を呈された。なるほど、確かにな。褒めるのも難しい。
未だ手に残る先制の柔らかな感触に浸りながら、そういや[ラビットトード]の肉からよく小指の爪くらいの石が転がり出た事を思い出す。胆石か尿管結石だと思ってたんだがな……。
そして最も気になってた、進化についてだが。
「基本的に主従契約や名付けだけで魔人や魔物が進化することはあり得ません」
だそうだ。じゃあ、あいつらは一体何だったんだ? 明らかに別物になってたぞ。
「魔人や魔物が進化する事はありますが、普通は特殊な力や姿の個体が産まれる事から新たな種族が興ります。既に存在する個体が何らかの要因で進化するには、いくつかの要因が必要となります」
アレクサンドラは、個体進化についての説明を続ける。
「一つ目は当然、その種族や個体のポテンシャル。二つ目は進化への強い渇望。そして三つ目は進化を促す強い力、です。ゴブリンもコボルトも、本来は下級魔人であり、種族的に進化の余地を持っておりました。そしてあの者たちは、ラングリード様の家臣となった事で、恩義に報いるための強い力を望んでおりました。そして直臣としてラングリード様と魂で繋がる事で、その濃厚な魔力を受け、さらに心酔する主君から直々に名を与えて頂くという栄誉を得ました。ここに、進化に必要な全てが揃ったのです。これが彼らの進化の理由です」
思わず黙って聞き入る俺。
「同じ条件のあの4人の少女は、上級魔族と言っていい種族ですので、そう大きな進化はないでしょう。但し、能力は著しく上がるかもしれません。あの幻狼族の娘が急激に成長し、強くなったように。それと、直臣としていない部族の者が進化していたのは、部族の長が進化する事で、それを通してラングリード様のお力が、部族全体の進化を促進させたものと思われます。さすがはラングリード様、というところでしょうか」
だそうだ。さすがって何だよ。もうわけがわからん。俺って何なの?
まぁ、原因の一つは俺との契約や名付けだったのかも知れないが、概ね自分たちの意思で進化したのなら良しとするか。進化だろうが退化だろうが、許可もなく勝手にやられたら堪ったものではないからな。俺なら文句の一つも言いたくなるだろう。
あの可憐な少女たちが、筋肉ムキムキにならない事を切に願う。ならないよな?
ダンジョンからの脱出魔法やAFについては、ダンジョンというより、転移の魔法やAFは存在するらしい。但しどちらも珍しいものなので、そう容易く手に入るモノではないそうだ。
ついでにアイツらへの農耕の指導を頼んでおく。使い魔を派遣する事は承諾してくれたが、どこまでうまくいくかは彼ら次第だそうだ。
そりゃそうだよな。後はアイツらに任せるさ。
聞きたかった事は概ね聞けたので、ここいらでお開きにし、夕食の準備にかかる。
ようやく納得のいくトマトケチャップができたので、ナポリタンを作る事にした。
アレクサンドラに頼んで、パスタに適したデュラムのようなグルテンの多い小麦を探しておいてもらったんだ。結構いいのが手に入った。
玉ねぎもピーマンもバッチリだ。[次元収納]内で作った[フォレストボア]肉のベーコンもいい感じでできてるしな。
昔アウトドア好きの友人から教わった、自家製ベーコンやウインナーの作り方が、今になって役立ってる。ありがとう、既に名前を思い出せない古い友達a君。
それに、この城の貯蔵庫にあるジャガイモはかなりおいしいので、フライドポテトを作ってみる。塩はやはり雑味が多いが、それなりにおいしくできた。
ああ、気になる人もいるだろうが、狼獣人、というか犬系の獣人でも、玉ねぎやネギを食べても大丈夫らしい。以前ハンバーグを作った時に、アレクサンドラに確認済みだ。当然、猫系獣人に甲殻類もOKだ。
あとはリュミの舌の審査待ちだ。まあ、リュミがまずいと言ったのは、[アシッドモニター]の肉くらいなんだがな。あの臭い肉を食べようとしたリュミの探求心には頭が下がる。
だから俺は作るのだ。食の探求者たるリュミを笑顔にさせるために!
ナポリタンとフライドポテトはリュミを笑顔にした。何しろあの化粧ッ気の皆無な純朴少女が、食い終わった時には、唇に真っ赤なルージュを引いて俺を誘惑してきたくらいだからな。
ナプキンを用意し忘れていた。痛恨のミスだ。ウォッシュ!
久々に食べたパスタはうまかった。昔からパスタは好きで、若い頃いろいろなパスタを食べまくったが、一周回って喫茶店の【鉄板ナポリタン】が最強だという真理に辿り着いた。次いで【アーリオオーリオペペロンチーノ】だな。
このために、わざわざ鉄板と下に引く木台も作った。皿と鉄板じゃうまさが段違いなんだよな。火傷に気を付けろよ!
ダンジョンに行っている間、アレクサンドラにはいろいろな食材を探してもらっていた。だが、残念ながら米と味噌は見付からなかった。醤油も魚醤しか知らないと。
だが、露骨に落胆した俺を気遣って、優しい先制はおっしゃった。
「私は現在の下界の文化にはあまり詳しくはありません。人は多様な文化を育み、新たな食材や料理を生み出しました。人間界のどこかには、そういう食材もあるやもしれません」
と。そうだ、世界は広いのだ。どこかに和食文化が根付いているやも知れん。下界に下りる目的がまた一つ増えた。
待ってろよ、鯵の干物定食に刺身の盛り合わせ。そしてたまごかけご飯!




