第6話 魔王 vs 大王
俺たちは、遂に地下30の巨大な地下空洞に辿り着いていた。地下空洞というよりドーム球場みたいな広大さだ。
そしてそこに待っていたモノは、恐竜モノのラスボス、誰もが恐れる暴君!
……ではなく、何か見た事ないデカい奴だった。いや、恐竜なんて全部見た事ないけどさ。
二足で立つ明らかに肉食竜なんだが、こんなにデカいのいるのか? 20mくらいありそうなんですけど……。とりあえず鑑定する。
シアッツ ザ グレート:HP2300/2300 [グレートクロー]
何これ? [REX]ならぬ[GREAT]って、[王]じゃなくて[大王]ってこと? 冗談だよね、これ。もう恐竜ってより怪獣って言うほうがしっくりきそうだ。
こんなの、光の国からボクらのために来たあの人か、横回転しながら飛んで来る大亀でも呼ばないとどうにもならないと思う。
隣のリュミは、近所の路地で突然なまはげと出くわしてしまった小学生のような引き攣った顔で見上げている。そして、ギ、ギ、ギ、と音が出そうな仕草でこちらを見て、(何、あれ?) と聞いてくる。すまん、答えが見付からない。ホント何、あれ?
大王様は王者の風格でこちらを睥睨している。あんなの剣や刀でどうすりゃいいんだよ。迫撃砲とかロケットランチャーとかメガ粒子砲とかないとどうにもならんぞ。鑑定結果もシンプル過ぎて弱点も全くわからない。ケンちゃん、助けて~!
よく考えたら、別にこのダンジョンを攻略しないといけない理由も無いんだし、ここで引き返しても問題ないか、と考えてた時だった。シアッツは悠然と右前足を振り下ろした。
ゴウッ、という轟音とともに、空間が歪んだように見えた。
刹那、俺はリュミを抱え、横に跳んでいた。なぜそうしたかは正直わからない。ただ、直感的に[死]を感じ、身体が勝手に動いていた。
背中に激痛が走る。鋭い刃物で切り裂かれたような痛みだ。
リュミを抱きかかえたまま、地面を転がる。背中から腰にかけて、生温い粘液でシャツが濡れていく不愉快な感触が広がっていく。
無理矢理身体に力を込め、立ち上がってリュミを背に庇う。
だが、大王様は、まるで目の前のハエを払っただけとでもいう表情で、こちらに注意すら向けていない。
背後からは、リュミが息をのむ音が聞こえ、[ムーンライトキュア]が掛けられる。
傷は塞がったが、血の匂いは消えない。不愉快な匂いだ。
「今の、何? 見えなかったよ」
リュミの震えるような声が聞こえる。
「衝撃波か何かだろうな。[グレートクロー]とかいうスキルじゃないのか? まぁ、憶測だがな!」
これは、個人で戦うような相手ではないだろう。軍や騎士団を編制して討伐する案件だ。
「こんなの相手にしてられるか。逃げるぞ!」
だが、リュミはゆっくり首を振り、指を差す。
そちらを見ると、俺たちが入って来た場所が崩れて塞がっていた。
『‼』 最初からこれが目的だったのか? だとしたら、こいつかなり知恵が回りやがる! 崩れた土砂は[アースマニピュレート]を使えば何とかなる。だが、こいつを放置したまま、穴掘りはできない。
なら先に進むか、とも思ったが、こいつの背後の壁の高さ15m程の辺りに通路が見える。近くに階段状の足場はあるが、気付かれずに抜け切るのは至難だろう。
やるしかないか。まだ諦めるには早過ぎるしな。
とりあえず、シアッツの顔に向けて、闇c魔法[ダークスモッグ]を試す。
おお、さすが魔法、あんなに高いのにちゃんと顔の周囲を黒い煙が覆っている。何が有効か、いろいろ試すしかない。リュミは[シルバーショット]を打ち込んでいるようだ。
まずは[クアッグマイヤー]を足元に仕掛け、バランスを崩させてから、今、気付いた覚えたての火a魔法[フレイムスローワー]を放つ。その名の通り、超高熱の火炎放射がシアッツの腹部を襲う。
黒いスモッグの中から、『グガァァァ』という咆哮が聞こえる。効いてるみたいだな。よし、何とかなるか。
次いで風c魔法[エアブレイド]を後ろ脚に向けて放つ。膝の上辺りに血煙が舞う。だがデカ過ぎて、かすり傷程度だな。
リュミは俺が傷つけた場所を狙って、[シルバーショット]を打ち込んでいる。やられるほうは堪らないだろうな。さすがはリュミちゃん、陰湿な、いや的確な攻撃だ!
大王様もやられっぱなしじゃない。こちらに向け、衝撃波を放ってくるが、1度わかってしまえば、躱せない攻撃ではない。リュミはあっさり躱して、足元に攻め込み、剣を振るっている。まるで鬼と戦う一寸法師だな。
「尻尾に気を付けろよ!」
注意を喚起してから、俺は遠距離攻撃で奴の気を引く。
土a魔法[ロックキャノン]を顔に向け、打ち込む。[ストーンバレット]の数十倍はある大きな岩の砲弾が轟音を立て顔面に炸裂した。
よし、いけそうだ。
リュミは右後ろ足に狙いを定め、レイピアでの刺突と斬撃を繰り返している。時々尻尾攻撃が繰り出されるが、紙一重で躱している。
左後ろ足が[クアッグマイヤー]で安定しないので、尻尾の攻撃に力が入らないようだ。
業を煮やした大王が、四つ足状態を取ろうとしている。前足と牙での直接攻撃に切り替えたらしいな。これなら尻尾攻撃にも力が入るだろう。やはり知能は高いようだ。
だが、俺はこれを待っていた。高さ8mくらいまで下がった頭に向け、水a魔法[タイダルウェーブ]を放つ。以前ゴブリン女王が俺たちに使ったヤツだ。大量の水がシアッツのデカい顔に襲い掛かり、巨大な口に流れ込んだ水が、奴の呼吸を止める。
「リュミ、さがれ!」
一喝! 瞬間、リュミは一気に奴から距離を取る。
彼女が完全に水から離れているのを確認し、俺は精一杯の魔力を込めて、[サンダーストーム]を唱える。
無数の雷撃が、水に覆われたシアッツの頭部を襲い、バチバチッと激しいスパークが弾け、頭部全体から、灰白色の煙が立ち上る。
水に電気は厳禁だ。世の中には、(海水じゃなければ電気は通さない) などとおバカな論理を披露する自称理系がいるが、それは大間違いだ。
多分、理科の授業で(純粋な水は電気を通さない) と習ったのを、盛大に勘違いしているのだろう。自然界に純水なんかあって堪るか! 純水が欲しけりゃ薬局行って買ってこい。[高山の石清水]だろうが[大阪のおいしい水道水]だろうが、不純物やミネラルだらけだ。要はバリバリ電気通すんだよ。わかったら気を付けろよ!
そして、以前[タイダルウェーブ]を受けた時、口に入った水がクソまずかった。先制に聞いたら、魔法で作った水で飲んでいいのは[ウォーター]と[アイスクリエイト]くらいで、それ以外は汚いから飲んじゃダメって言われてたのを、思い出したんだ。うまくいったぜ!
だが、さすがに[ざ グレート]。それでも戦意は失っていない。激しい咆哮に怒りを乗せて襲い掛かってくる。この一吠えだけで、並みの者ならすくみ上がるだろう。
だが、俺も魔王だ。それなりの矜持は持ち始めている。負けじと精一杯の[魔王覇気]を放ってやる。それで奴が怯む事はないが、こちらも奮い立つ。
「これ、すごい! ラングリード様の力が流れ込んでくるみたい。勇気でたぁ」
わんこが元気に突っ込んで行く。そういや[魔王覇気]は、直接敵意を込めなければ、家臣にとってはむしろ士気が上がるんだっけか。
リュミの背を追って俺も同田貫を構え、斬り掛かる。
俺は渾身の力を込め、シアッツの右前足を薙ぎ払う。トロルの胴くらいはある前足を、俺の同田貫は斬り裂いていき、骨に当たる。そこでさらに力を入れ、一気に刀を振り抜く。
耳を劈くような大絶叫があがり、巨大で鋭い鉤爪を持つ右前足が宙に舞い、大量の血が噴き出す。
俺が血を避け、数歩さがるのと交代に、リュミは大きく踏み込み、跳び上がる。
跳んだリュミの剣は、前足を失った激痛のためか、顎を上に向けたシアッツの無防備な喉目掛け、正確に突き込まれる。
ショートレイピアの刀身が全て喉に吸い込まれたと同時に、その真下を容赦なく蹴り、剣を抜きながら、空中で後方三回転して見事に着地するリュミネリア。
おお、遂にわんこ先生は、【ドッグ空中三回転】を会得なされた。わんぱらり、だ!
思わず拍手する俺。わざわざ刀を地に刺し立ててまでする意味不明な拍手に、わんこ先制はジト目を向けてくる。これ程の偉業を成しておきながら、決して誇らないとは、なんと奥ゆかしい先制か!
そんな事をしながらも、俺は魔力を練っていた。そしてトドメの一撃を放つ。
[ジュピターストライク]。言わずと知れた、今の俺の最大火力だ。これが効かなきゃもう手の打ちようがない。だが、[サンダーストーム]が効いて、これが効かないわけがない。
轟音が鳴り響き、光の束が、[シアッツ ざ グレート]の首を撃つ。
さすがの巨体で、身体全体を覆う事はできないが、首だけなら問題ない。
首落とされて生きてるのは、アンデットだけだ。いや、あれは死んでるのか? 生きてる死体、よく考えたら意味がわからんな。
マクロの空は貫いてないが、シアッツを撃った雷は、徐々に収束していく。そして光が消えた時、巨大なアギトが俺とリュミを襲った。
咄嗟に同田貫で巨大な牙を受けた俺は、何とか吹き飛ばされずに済んだ。だが、盾で受けたリュミはそのまま後ろに吹き飛ばされ、壁に背中から激突する。
『‼』 リュミの形のいい唇からは、大量の血が吐き出され、そのまま3mくらい下の床に叩きつけられる。
「リュミぃーッ!」
思わず駆け寄ろうとする俺に向かい、崩れ落ちたリュミは、軽く手を上げ、無事を知らせる。今は自分を案じる場合ではない、と。
ああ、そうだな。その通りだ。まったく、可愛気のないわんこめ。後で頭も尻尾も撫ぜ回してやるからな、覚悟しとけよ。
奴の首の横に回った俺は、大上段に同田貫を構え、裂帛の気合いとともに、シアッツの喉を斬り裂く。
別に意識してやったわけではない。ただ必死に、一心に、この一撃でこいつを倒す! その一念。知らず刀を握る両手から、[紫電]が溢れ出ていた。
手から溢れた紫色の稲妻は、同田貫の刀身を覆い、俺の愛刀を、雷の刀と化していた。
その紫光の刀は、刀身をさらに伸ばし、強靭な[シアッツ ザ グレート]の首を両断していた。
地下空洞中に、大王竜の頭部が落ちた音が響き渡り、それが治まるのを待っていたかのように、今度は巨体が倒れる轟音が地と空気を震わす。
最大最強の恐竜の最期だった。
振り向くと、血に塗れた美しいオオカミが、銀色の髪と尻尾を靡かせ、優し気な瞳で俺を見ていた。
同田貫を鞘に収めた俺は、静かに歩み寄り、そっと彼女を抱きしめ、[ヒール]を唱える。
しばらく俺に抱き着いていたリュミは、そっと顔を上げ、微笑むと、
「回復するの、すっかり忘れてた。ラングリード様はわたしが回復してあげるね」
そう言い、[ムーンライトキュア]を唱える。優しい銀光が俺を包む。
二人は抱き合い、お互いに回復魔法を掛け合う。静かで優しい時間が流れていく。
「お前、最初からそのつもりで回復してなかっただろう!」
抱きしめた肩越しに左右に振られる尻尾を見下ろしながら、確信を突いてやる。
「ッ……、お腹すいたね! ご飯何かなぁ?」
……。ハァっ、やっぱり確信犯か。まったくこのわんこは。
[ウォッシュ]で二人の血と泥をキレイにし、一息つく。……にしても今回は疲れた。
「ああ、確かにお腹空いたな。ご飯にしようか、リュミネリア!」




