第3話 少女たちの想い、リュミネリアの想い
4人の老妖たちが帰る日の朝、俺はこの娘たちをどう処するかを決めねばならなかった。
3日間ともに過ごし、その心根や置かれた立場もある程度はわかってきた。後ろにいる大人たちの思惑も……。
責任のある家に生まれた子供というものは、こうも不自由な生き方を強要されるものなのか? まだ遊びたい盛りだろうに。ただ、のほほんと少年時代を過ごした俺には想像もつかん。子供は一族の道具ではなかろうに。
まぁ、俺が口を挟むようなことでもないがな。リュミとも随分打ち解けている。一緒にいさせてやりたいが……。
老人たちに連れられた4人の少女が、ソファーに座る俺の前に跪く。皆、一様に不安げな表情を浮かべている。この3日間の結果が出るのだ、当然だろう。
「さて、この3日、お前たちのことをいろいろ知ることができた。皆、一族の誇りを背負うに相応しい、優れた才を持ち、俺への忠節も充分に感じ取れた。申し分のない娘たちだ」
一息つき、4人を見渡す。皆、一様に安堵と歓喜をその愛らしい顔に浮かべている。
「そこで今一度問おう。4日前、お前たちが俺に告げたことに偽りはないか? いや、この3日で心変わりしたならばそれでよい。責めもしないし、一族に害をなすこともない。今、その心にある本当の言葉をその口から聞かせてくれ」
そう言い、まずは金髪翠眼の少女を見やる。彼女はやや緊張しているも、優等生然とした表情と仕草で胸を張り、誇らしげに応える。
「はい、私の心は何も変わっておりません。いえ、先日にも増して陛下をお慕い申し上げております。どうか傍にお仕えすることを、お許しください」
百点満点の答えだな。
次は紫髪紫眼の少女を見る。彼女は熱に浮かされたような表情をして応える。
「わっ、私はただお傍に! 陛下のお傍でお仕えできるなら、どんなことでもいたします。陛下が望んでくださるなら、私は……」
……、この娘は大丈夫か? 感情が制御できていないような。ちゃんと見守ってやらないといけない気がする。
「私は陛下のために生き、陛下の命に伏すことだけが望みです。どうかお傍にあることを、お許し頂きたく……」
白髪玄肌の少女が慈愛に満ちた表情で首を垂れる。
「身命を賭してお仕えしたく、何卒お傍に!」
黒髪長身の少女が静かで、それでいて耳に心地いい声で応える。
誰も意思は変わらないようだな。
「ウム、お前たちの想いはわかった。変わらぬ忠心、うれしく思う。だが今のお前たちでは力不足だ。それに俺も未熟ゆえ修業を続けねばならん。今、お前たちを傍に置く気はない。一度領地に戻り、己を磨け。そして俺がお前たちを必要とした時に呼ぶこととなる。それを受け入れられるのなら、今ここで主従の契りを結ぶ。不服であるなら別の道を歩め」
どうだ? とばかりに4人の顔を見回してやる。4人は驚きと困惑を浮かべた顔で、背後の保護者に指示を仰ごうとするが、はっとして思いとどまり俺を見る。賢明な判断だ。
「承知した者は一歩前に出ろ。拒む者はさがれ」
一呼吸の後、全員が前に出る。
「わかった。今よりお前たち4人は俺の臣だ。1人ずつこちらに来い」
まずは翠眼の娘と主従契約を結ぶ。輝くブロンドに手を置き魂を繋げる。
「これでお前は俺の直臣となった。そしてお前には【クリスティア】の名を与える。今後はその名で俺に仕えよ」
少女の白い頬が薔薇色に染まり、翠色の瞳が輝きを増す。
そして俺は、その首にエメラルドのペンダントを掛けてやる。俺自作の[防御D]のスキル付きAFだ。リュミのムーンストーンと同じく、俺の魔素をたっぷり含んだ宝石を使った物である。彼女は驚いたように眼を見張り、そして声を震わせながら礼を言う。
紫眼の娘には【フェヴィル】と名付け、アメジストのペンダントを掛けてやる。総じて[防御D]が付いている。
フェヴィルは眼を潤ませ、肩を震わせている。今にも倒れそうだ。大丈夫か?
白髪の娘は【カトレア】と名付けた。首にはブラックオニキスのペンダントだ。雪のように白い髪によく映えている。
そして最後の黒髪娘は【リンファ】。皆、名前は適当に考えたのではなく、主従契約を結んだ際に、なぜか頭に浮かんできた名をそのまま付けている。この娘にはサファイアのペンダントを掛けてやる。
表情の乏しい娘だが、明らかに喜色が伺えた。皆喜んでくれているようで何よりだ。
「そのペンダントは俺が作ったAFだ。直臣としておきながら、長らく会えぬお前たちに対する俺の思いを込めた。その宝石には俺の魔素を含ませてある。いざという時にはその身を守ってくれよう。身に着けてくれるならば、うれしく思う」
4人は皆、それぞれに悦びを湛えた顔で、胸元にある宝石に手を触れ、その輝きを見つめている。
「お前たちはこれより領地に戻り、武芸と学問を積め。そして部族を代表する手練れとなれ。武においても智においても一目置かれる者にな。そして、1年に一度、30日間をともに過ごせ。そこでお互いの技を競い、劣った部分を補い合え。4人揃って俺の臣に相応しい者となれるように切磋琢磨せよ。よいな、争うのではないぞ、競うのだ。そして大いに語り合え。それぞれを姉と慕い、妹と慈しみ、ともに過ごせ。そして時が来たならば、4人揃って俺の元に馳せ参じよ。よいな!」
30日ってのは適当だ。この世界の1年が何日加も知らないからな。……それにしても、俺も随分と偉そうなことを言うもんだ。だが、この娘たちには互いに心を許し合える友となってもらいたいってのが本音なんだよな。
そして最後に4人に言って聞かす。
「今、この時より俺がお前たちの主であり、唯一の存在となった。父母よりも、後ろにいる者よりも俺の存在が上となる。そのことを充分に心得よ。これからの人生は、部族のためではなく、俺のために生きろ。そして己を無くすな。何が正しく、何が間違っているかは己で考え判断しろ。一族の者の言葉はよく聞きよく学べ。だが最後は自分で考え判断するということを決して忘れるな。それができてこそ、俺の家臣だ!」
こうして老人と少女たちはそれぞれの領地に帰って行った。老人たちは、一様に何かが腑に落ちたような表情を、少女たちは夢見るような表情を浮かべて……。
それを見送ったリュミネリアは複雑な表情を浮かべていた。やはり寂しいのだろうな。
この日別れた少女たちを、俺が再び目にするのは、この先かなり後の話となる。そう、美しく成長した4人の騎士が俺の元に集うのは……。
◇ ◇ ◇
その日の午後、リュミネリアの要望で、実戦訓練をする。
リュミの意気込みは尋常ではなく、激しく打ち込んでくる。まるで今まで身に着けた剣技、俺が教えた戦い方の全てを見せるかのように。今の自分の力を余すことなく俺に見せようとするかのように……。
一息つき、剣を置いたリュミは、そっと俺に抱き着いてきた。こいつは随分と背が高くなったな。以前は顔が臍の辺りにあったんだけどな。
軽く髪を撫ぜてやりながら、話し出すのを待つ。リュミは何かを決断するように俺の背に回した手に、グッと力を入れる。
「わたし、足手まといじゃないかな? 着いて行って大丈夫だよね?」
不安げに見上げてくるリュミ。そうか、あの4人の存在が、こいつをいろいろと不安にさせていたのか。
「あの娘たちはきっとすごく強くなるよ。でも、わたしも負けない。わたしだっていっぱい強くなるから。だから……」
一度言葉を切り、意を決して顔を上げる。
「わたし……、わたしは、ラングリード様が大好き……です。お慕いしています。ずっと傍に……その、ずっと、傍で。一緒に、ずっと……」
どうも頭の中がグシャグシャになってるようだな。
リュミの柔らかい身体をそっと抱き寄せる。……いつまでもペッタンコではないようだ。一体いつの間に?
「そうか。ああ、リュミの気持ちはよくわかったよ。俺をそんな風に思ってくれてたとはな。本当にうれしいよ。さすが俺の一のおヨメさん候補だ」
リュミネリアの心からの言葉を、精一杯の告白を、はぐらかしたりはしない。だが、今はまだこれ以上に進めるつもりもない。
俺は鈍感系でもなければ、プラトニックを振り翳したり、(お前のその思いは恋じゃない……) とか言って逃げるヘタレ童貞オタクでもない。リュミはすっかり綺麗になった。今や誰もが認める美少女だ。しかも身長は既に160cmに近い。そんなリュミが本当に求めてくれるなら、俺は躊躇しない。でも今はこの距離を変える気はない。まだこの世界で自分の足場すら固まってないからな。
今の俺は先代とアレクサンドラに庇護された、言わば親の金で飯食ってるガキだ。呑む! 打つ! 買う! はてめぇのケツをてめぇで拭けるようになってから! ってのは男の矜持だ。一人の[女]の人生を背負うのもまたしかり。今のリュミを抱くのと、アレクサンドラを抱いたことは、全く意味が違う。
だから今はリュミネリアの気持ちを受け入れることで止めておこう。リュミも何らかの返事を求めてきてはいないからな。この娘の想いには、いつか必ず報いる。卑怯なようだが、今はまだ……な。
◇ ◇ ◇
次の日、俺たちは城を出た。少し遠目のダンジョンを目指して。おそらくこの遠征で、[鑑定偽装]を修得できるだろう。確証はないけどな。
リュミの顔は晴れやかだ。いろいろ吹っ切れたらしいな。使い魔メイドがジト目で俺を見てくる。リュミと一体何を話したのやら。無視だ、無視!
そして雪山を20日ほど歩く。雪に足を取られるが、俺たちの歩行スピードは格段に上がっている。リュムと出逢った頃なら半分も来れてないだろう。
途中、魔獣を狩りながら進む。魔獣は冬眠とかしないのか? 逞しい限りだな。
到着した場所は、山腹にぽっかり開いた大きな横穴だった。横幅は15mくらいはある。まるで高速道路のトンネルみたいだな。ここは地下50階あるらしい。ちなみにゴブリンたちのような、コミュニケーション可能な魔人系の種族は住んでいないから、安心して攻め込める。ちゃんと確認済みだ。
中に入るとすぐグラウンドほどの広い空間があり、コモドドラゴン並みのデカさのトカゲが数十体いる。ここは外とは比べ物にならないくらい暖かいからな。爬虫類でも平気だろう。しつこいようだが、魔獣にそんな理屈が通用するのかは知らんけどな。
俺はそっと同田貫を抜き、下段に構える。ショートレイピアとスモールシールドを構えたリュミネリアが隣に並ぶ。
視線だけを軽く交わし、頷き合って、同時に地を蹴る。
さあ、戦闘開始だ!




