最終話 冬来りなば……
岩山ダンジョンから戻った時、既に城の周囲はうっすらと雪が積もっていた。俺たちは鎧の上から外套を羽織っている。
俺はそっとリュミネリアの傍に寄り、優しく肩を抱いてやる。その華奢な肩は、小刻みに震えていた。彼女を震わせているのは寒さばかりではない。
「なぁ、リュミ」
呼びかける俺の声に、静かに森を見ていたリュミネリアがそっと振り向く。その頬を、一筋の涙がこぼれ落ちる。そのまま俺の胸に顔をうずめて声を殺して泣いている。
こんな時、鎧を着ていることがもどかしい。固い鎧では優しく包んでやることも、悲しみに沈む心に温もりを伝えてやることもできない。
胸の中で、悲しみに震える少女に掛けてやる言葉を俺は持たない。誰か教えてくれ、一体俺は何と言ってやればいいんだ?
「一つもないよ。どうして? ……こんなの酷いよ」
涙声を押し殺して悲しげに呟くリュミネリア。
「どうして、と言われてもなぁ。お前は本気で一年中梨がなってると思ってたのか?」
……いや結構長い間なってたけどさ。どうも城の周囲は上質の魔素が濃く、植物の生育が良くて長い期間実がなるらしいが、さすがに一年中は無理だろう。わかりそうなもんだがな。
◇ ◇ ◇
城に戻って食事と風呂を堪能し、一息ついたところで先代からの呼び出しを受ける。
「どうだ? 少しは経験を積んだか?」
長い足を組んだ先代がグラスを傾けながら問うてくる。
「ああ、それなりにはな。だが、自分の未熟さを思い知らされたよ。せっかく貰った剣も折っちまった。すまんな」
ついつい溜息が出る。思い入れがあった剣だけに尚更だ。
「フン、貴様が未熟なのは周知よ。千年経っても我から見れば未熟だろうよ。剣に関しては、貴様にやった物だ。折ろうが曲げようが好きにすればよい。わざわざ詫びる必要などないわ。だが……、フフフ、[ジュピターストライク]でアレを折るとはな。まったく貴様という奴は、楽しませてくれるわ。面白い奴よ」
何が楽しいのか知らんが、折れたバスタードソードを眺めながら、上機嫌で酒を呑んでいる先代魔王様。剣は収納しておけと返された。直らないかと聞いたが、(我は鍛冶師ではないわ) と断られた。
[創造錬金]使えば直せるんじゃないのか? その辺はよくわからんな。
その後、結構遅くまで二人で酒を呑み、とりとめもない話に興じ、夜が更けていった。
部屋に戻る途中、アレクサンドラが教えてくれる。あの剣はそれなりの物で、今の俺のレベルで使う[ジュピターストライク]で折れるなど、本来はあり得ないらしい。雷哮と呼ばれた先代の名を継ぐに相応しい雷撃魔法の資質だそうだ。喜んでいいのか?
自室に入ると、ふて寝していたリュミがムクリと身を起こす。
「おかえり、遅かったね。何してたの?」
目を擦っている。眠いなら寝てればいいのに。
「ああ、すまん。ちょっと呑んでた」
俺は寝間着に着替え、ベッドに向かう。
「あの人と二人で?」
……、アレクサンドラのことを言っているんだろう。
「いや、先代と二人でだ」
こいつは妙にアレクサンドラを気にするよな。
そのままベッドに潜り込むと、リュミが擦り寄ってくる。あったかいな。すぐに眠れそうだ。明日はアレクサンドラに教えてもらった、冬に実る果物を採りに行こう……。
◇ ◇ ◇
雪の積もる森の中、黄色い林檎がなっている。瑞々しく艶のあるオレンジ色の……って、これみかんじゃん!
そこには林檎大のみかんが大量になっていた。夏みかんやネーブルではなく、皮も袋も柔らかく、甘味の強い温州ミカン。俺が食った中で格段にうまかった紀州有田ミカンそのものだ。ただ、でかいだけ。
もうね、雪の中にみかんがなってても驚かない程には、この世界に馴染んでいる俺。リュミは大喜びでみかんを食べている。指黄色くなるぞ。
すっかり機嫌を直したリュミを連れて城に戻った俺は、午後を先代との修業にあてる。
ブロードソードを獲物に、ひたすら先代に打ち込む。それを受けるでも躱すでもなく、ただ撃たせながら、こちらの動きを修正してくる先代。これを夜まで続ける。
何度目かにぶっ倒れた際、奴は俺を見下ろしながら、ようやく納得したかのように言う。
「貴様、その獲物を鑑定してみよ」
何を言っているのかよくわからんが……[鑑定]。
魔鋼鉄のブロードソード ……これがどう、! 魔鋼鉄? これはただの鋼鉄のブロードソードだったはずだ。いつの間に魔鋼鉄に変わったんだ? 気付かないうちにすり替えられてたのか?
「ふふ、解せぬと思っておったのだ、いろいろとな。元来武器や防具という物は、それを使う者の魔力や練られた気を受け続ける事で進化するものよ。名高い騎士や勇者が優れた剣や鎧を後世に残すのはそういうことだ。だが、貴様はそれを殆ど使わず収納しておった。それが何故魔鋼鉄に……」
奴は一息ついて俺の横にソファーを作り、腰かける。
「魔鋼鉄とは鋼鉄が濃い魔素を吸収し時間をかけて変質した物。それが何故こんな短期間に……。貴様はそもそも放出される魔力が少な過ぎる。ゆえに[魔王覇気]を使わねば周囲の者が魔王だと気付きもせぬ。高位となれば、己が魔力を制御できるが、未熟な貴様にはそれは叶わぬ。元来の魔力量が少ないのかとも思ったが、むしろ人一倍多いようだしな」
ようやく回復し起き上がった俺にソファーを作り、座らせる。
「貴様には[次元収納]とかいうふざけたスキルがあったな。貴様は有り余る魔素をその中に放出しておったのよ。ゆえに貴様の収納内は常に良質の濃い魔素に満たされていた。それゆえ中にある物がその影響を受けたということよ。武器だけではなく、貯め込んでおる鉱物や宝石などにもな。フフフ、まったく貴様の変質ぶりは見ていて飽きぬわ」
変質ぶりって、人を変態みたいに。いや、変態かも知れんが、その本質は、小粋な紳士だ。
「だが気を付けよ。濃い魔素は、食材や料理の味おも上げるが、あまりに魔素を含み過ぎた物は、ただの人間には有害だからな。まあ、貴様らには関係ないだろうがな」
……知らなかった。俺の料理の腕がいいのかとちょっぴり己惚れてたんだが。いつか人に食わす時のことを思うと、何か考えないとな。区切った区画内で魔素量を調節できるだろうか? 折りを見ていろいろ試してみよう。
それからは剣の修業に明け暮れる。また魔法を使っての戦闘訓練をアレクサンドラから受けていた。これはかなり厳しい。
「私は先代様と比べ、未熟ですので、あまり手加減はできません」
とか言っていたが……。ホントは先代より彼女のほうが強いんじゃないのか?
◇ ◇ ◇
数日後、先代に連れられ、来た事のない部屋にやって来た。
そして一振りの剣を見せられる。いや、これは刀、それも日本刀か?
鞘は漆塗りのようで黒く、だがうっすらと紫の文様が浮かんでおり、夜桜のように妖艶で美しい。反りは少なめで直刀に近い大太刀のようだ。普通は背に負う物だろうが、先代や今の俺なら腰に佩びても、問題ないだろう。刀身を見ていないのに、その圧に気押されそうだ。
手渡され抜くように促される。俺はそれを腰に宛がい、ゆっくりと引き抜く。平抜きするほど無知ではない。
だが、ビクともしなかった。抜けない! 切羽詰まるとはこのことか?
「そやつは使い手を選ぶ。今の貴様では抜けぬわ」
宣う先代殿。なら抜かすなよ!
「だがいずれ扱えるようにもなろう。貴様に託す。抜ける時が来るまで、貴様の魔素と馴染ませておけ。貴様は刀という物を心得ているようだしな」
鑑定してみたが弾かれた。つまり相当格上の武器ということか。
「フフ、視れまい。そやつは神刀【月影麗姫】。ともに神魔大戦を戦い抜いた我が愛刀よ」
魔王の愛刀が神刀? 気の利いたとんちか何かか? だが、愛刀を俺にって。
「いいのか? お前の相棒なんだろ、これ」
「忘れたのか? 今の魔王ラングリードは貴様だ。もう我には無用の物だしな。今はまだ叶わぬが、いずれ見事に使いこなして見せよ。その時、真に魔王を継いだこととなろうよ」
さらに壁にかけられた一着のコートを俺に渡す。がっしりとした黒地のロングコートだ。
「これも長らく、我が身を護ってきた物よ。これがあれば、貴様は今後、鎧など着る必要はないわ。これも今は鑑定できぬであろうが、装備し、ともに戦っておれば、いずれ貴様を認めよう。刀ともども貴様を主と認めた時、鑑定もできようし、真の力を顕現させるであろう。それまでせいぜい励むことだな」
そう言って俺に手渡してくる。本当にいいのだろうか? この二つはこいつにとって長い間命を預けてきた相棒だ。例えもう使わないからといって、そう安々と手放せる類の物でもなかろうに。少しは俺を認めてくれたと思っていいのかな。
「ああ、感謝する。少しでも早くこれらに認めてもらえるように努力するよ」
「フン、期待せずに待っていよう。それと今はこれを使っておけ。これならば今の貴様でも使えよう」
そう言って、一振りの刀を渡された。抜いてみると、時代劇なんかでよく見る、細身の美しい刀ではなく、太く武骨で実戦向きと想える刀だった。鑑定すると、
魔獣斬りの剛刀 [自己修復B] 魔鋼鉄と真銀を鍛えた刀 と出た。おいおい、これかなり凄い刀じゃないのか?
そもそも日本刀って、刃は鋭いがその分刃こぼれしやすく、その都度研ぐ必要があるため、連続使用はできないんだが、とんでも鉱物があるこの世界では、無用の心配か? [自己修復]なんてのもあるしな。
何にせよ、元日本人にはこれ以上ない燃える武器だ。俺、これからは剣士じゃなく剣客を目指すわ。ただの軽口に突っ込みは不要だぜ。
その日から、刀の扱い方を徹底的に仕込まれる。理屈はわかってるつもりだったが、剣と刀では扱い方がまるで違う。敢えて一言で言うなら、断ち切ると斬り裂くだろうか。だがこれは俺には合っている気がする。いや、いずれ刀を使わせること前提で修業させられていたのかもしれない。
何せあの先代魔王様だからな。どこまで先を見越していることやら……。
◇ ◇ ◇
それから10日ほどは、午前はリュミとの訓練。午後は先代やアレクサンドラとの修業が続けられた。気付けば刀を以前の剣以上に扱えるようになっていた。
魔獣斬りの剛刀はすっかり俺の愛刀となり、勝手に【同田貫】と呼んでいる。子連れだしね、いいだろ!
「うぬらの細腕で、この一刀、いや魔王が斬れるか?」
刺客の道を歩もうかな。
ここに至って俺の一つのスタイルが完成する。
黒地のロングコートに魔獣革のブーツ、魔糸のフィンガーレスグローブ。これは最近[創造錬金]で作った。そして腰には刀を佩び、黒いサングラスをキメた、子供が見たら大泣きし、警官が見たら即職質のナイスガイだ。どこから見ても、真っ当な人間には見えない。当然だ、なんせ俺は魔王だからな。
この新生魔王ラングリードのスタイルが、いつか真正魔王ラングリードの姿として世に認識される日が来るのだろうか? 来て欲しいような、欲しくないような。
まぁ、それはいずれわかるさ。それまでもう少し、魔王と狼娘の珍道中を、生暖かい目で見守ってくれれば重畳だ。
第三章 魔境彷徨 fine
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸甚です。できましたら、ブックマーク登録、及び評価、感想などを頂けましたら、今後の執筆活動の励みとなりますので、何卒よろしくお願いします。
第四章予告
幻狼族の少女リュミネリアを従者とし、腰に愛刀[同田貫]を佩びた俺は、日々レベル上げに励む。いつまでレベル上げをするのか? それは俺のステータスにしっかり載ってる、[魔王]とか[0歳]とかいうヤバいワードを誤魔化すのに必要な[鑑定偽装]のスキルを得るためである。決して居心地がいいから魔王城でぬくぬくしているわけじゃないんだ!
そんな俺の前に、突然4人の美少女が現れる。皆、俺を慕い傍において欲しいと迫ってきた。何だ、このハーレム展開!
だが、その後ろには、魔王軍幹部を務める老妖たちの思惑が見え隠れしていた。
俺とリュミネリア、二人の歩む道には、一体何がまちうけるのか?
魔王の名を継ぐ者 第四章[魔王雌伏] 2026年8月3日(月) 掲載予定
待て、而して希望せよ!




