第14話 雷神の一撃
最近リュミネリアの一人称が[わたし]になっている。いつから? と思ったが、そもそもそれまで何て言ってたっけ?
確認すると、[ボク]って言おうとしたけど、慣れないからすぐにバレると思って、できるだけ何とも言わないようにしてたらしい。確かにあの迂闊で可愛いリュムくんなら、1日と持たずにボロを出してただろう。賢明な判断だったな。
俺としては、ボクッ娘リュミネリアってのも見てみたかったんだが、大人ぶりたい年頃みたいだし、無理か。
さて、食事をとり、ゆっくり眠って体力を回復し、いざ化け物退治と洒落込むとしますか。
キングたちが待ち構えていたフロアから10階程下りたところに出口があった。そこから外に出た辺りに巨人が住みついているらしい。恐ろしく怪力で、コボルトたちの攻撃がほぼ通じなかったんだそうだ。
キングとジェネラルはかなりの実力者だった。それが手も足も出なかったとはな。物理攻撃に対する耐性が高いとみるべきか? 厄介そうだな。
リュミネリアと頷き合い、扉を開け、外に出る。岩山の中腹辺りか、かなりの広場があり、周囲は大きな岩が転がっている。
キングたちを当てにしたかったが……、ここは主君の威厳をみせるところだろう。ボロ負けしたらしいしな。無駄死にさせたくない。
さてと、どんな奴が出るのやら、と周囲を伺っていると、右の方から風切り音がした。
咄嗟に剣を抜き、斬り捨てる。かなり重い衝撃が剣から伝わってくる。
リュミが俺の前に出て、剣を抜く。見ると、俺が斬ったのは、スイカ大の石だった。こんなの頭に当たってたらどうなってたか。これを投げたアホには、きっちり落とし前を付けないとな。
『グガァァァ』 雄叫びとともに何かが岩陰から出てくる。
……でかい! 3m近くはあるか? 鼻と耳が妙にデカく、全身が岩のようにゴツゴツした醜悪な巨人だ。見るからに頭は悪そうだが、力で全てを解決できる輩だな。正直相手にしたくないタイプだ。
ロックトロル HP880/880 [怪力][高速再生] トロルの変異種 岩場に住み岩を食す
ってさ。岩を食うってどんな栄養であの巨体を維持してんだ? これだからファンタジーは!
手には巨大な棍棒を握っている。握り以外はリュミの胸周りより太そうだ。それを軽々と振り上げ、リュミを潰そうと振り下ろすが、リュミを捉えるにはあまりにもトロすぎた。
棍棒が振り下ろされた時には、既に背後に回り、右膝をレイピアで串刺しにし、すかさず剣を抜いて左から腹を刺している。
思わず片膝をついた奴に、俺は上段から袈裟懸けに斬り掛かる。
「岩の巨人、何する者ぞ! 俺は生まれる前から虎党だぁ!」
渾身の力を込めた一撃が巨人を撃つ。決して特定の職業球団への恨みはない。ないったら、ない! 絶対だ。
奴の胸はパックリ割れ、大量の鮮血が吹き上がる。意外に楽勝だったか?
数歩さがって仰向けに倒れた巨体を伺っていると、ゆっくり歩いて来たリュミが、ジト目で俺を見上げてくる。何だ? 一人で倒したかったのか? まったく、幻狼族はどこぞの戦闘民族か?
「トラ党って、オオカミよりトラのほうが好きなの? わたしより虎娘がよかったの?」
……いや、何を言ってるんだ、こいつは? 確かに俺は虎絶対主義だが。どう説明するべきかな?
そう思った時、リュミの後ろから棍棒が唸った。咄嗟に庇った俺の左腕を、激しい衝撃が襲い、リュミともども数m吹き飛ばされる。
正面から抱き合う形で地を転がる二人。互いの剣で傷つけないようにするのが精一杯だった。左腕の感覚がない。口内には鉄の味がする。
跳ね起きたリュミは、必死の表情で俺の上に屈み込もうとするが、それを制し、背後に向かわせる。既に奴がすぐ後ろに迫っていた。傷は完全に塞がっているようだ。マジかよ。
俺はほぼ反射的に剣を放し、その手から[紫電]を奴の顔面めがけて放つ。リュミは一瞬躊躇したが、意を決し、レイピアを振るって奴の喉を突く。
それでいい! 俺は大丈夫だ。
未だ顔を手で抑えているトロルに向け、[ダークネス]を仕掛けておいて、立ち上がり、[ヒール]で傷を癒す。
確実に粉砕骨折していた腕から痛みが引いていき、手に感覚が戻ってくる。理屈はわからんが魔法ってのは凄いな。整形外科医が見たら本気で泣くぞ。
俺が回復している間、リュミは奴の周囲を動き回りながら、確実に傷を与えていく。が、与えたしりから傷が治っていく。[高速再生]ってのは思ったよりエウいスキルみたいだな。
トロルの棍棒が大振りされる。そんな雑な攻撃ではリュミにかすりもしない。そう思った時、派手に大地を撃った棍棒が、周囲に石を跳ね飛ばし、それが俺とリュミの顔を襲う。 思わず顔を背けたリュミに棍棒が叩き込まれた。
『‼』 一瞬固まる俺。だがその棍棒をレイピアで受け止めるリュミ。
まずい! それは下策だ。レイピアではその威力を受け止められない。ましてや非力なリュミでは……。
だが、リュミネリアノ戦闘センスは俺の想像の斜め上をいっていた。
振り下ろされた棍棒を細いレイピアで受け止めた、かと思ったが、そうではなかった。レイピアの刃は、棍棒を軸にその周囲を回転し、リュミの身体ごと棍棒の上に滑り上がって行った。そしてその上に立った少女剣士は、巨人の眉間に刺突を見舞い、さらに立て続けに両目を突き潰す。
やってる事は惨いのだが、その洗練された戦技は目を見張る美しさだった。
その隙に、俺はトロルの足元に[マッドバインド]を仕掛け、その動きを止める。
それを目の端に捉えたリュミは、トドメとばかりに腰を入れた突きを心臓めがけて放とうとした。だが、それは叶わなかった。なんと、ロックトロルは獲物を離したのである。
当然その上に乗っていたリュミはバランスを崩す。そこに岩のような拳が叩き込まれる。
そんなリュミを俺は力任せに払いのけ、バスタードソードの剣先をその胴のように太い喉に突きこむ。
鋭い切っ先が肉と骨を断ち切っていく感触が腕に伝わってきた。そして……。
リュミネリアノ悲痛な叫びが聞こえた、気がした。だが多分気のせいだろう。奴の拳が目の前一杯に迫り、そこで俺の意識は途絶えていたのだから。
◇ ◇ ◇
……どのくらいの間、無の海を漂っていたのだろうか? 春の夜の月明りを思わせる優しい温もりが俺の顔を撫ぜ、深い闇の中に沈んでいた俺の意識を抱き上げてくれた。
そして、声が聞こえる。大切な誰かの声。とても愛おしい安らぎを与えてくれる声。
その声が泣いている。悲痛な叫びを交えながら、激しく俺を呼ぶ泣き声。
……聞きたくない。この泣き声だけは聞きたくない。笑っていて欲しい。いつまでも傍で笑っていて欲しい。そう思っていたのに……。
『‼』 その瞬間、ふいに俺の意識が覚醒する。そして俺の名を呼ぶリュミネリアノ悲痛な泣き声がはっきりと聞こえた。
俺を呼ぶ合間に、何度も(ムーンライトキュアッ!) と叫んでいる。だが何の反応もない。
……何やってんだよ、もう魔力残ってないじゃないか。魔法はただ唱えても意味ないんだぞ。そこまで考えて、ハッと我に返る。
完全に錯乱し、泣き叫ぶリュミネリアを抱きしめ、強く呼びかける。
「大丈夫だ。俺は無事だ。しっかりしろ!」
そう言い、それが事実である事を示すように、強過ぎるほどに抱きしめてやる。
もがいていたリュミネリアノ身体が徐々に静かになり、泣き声も収まってくる。荒い呼吸だけが俺の胸の中で聞こえていた。
どうやら[メンタルキュア]が効いたようだな。抱きしめたまま軽く髪を撫ぜてやる。呼吸が落ち着くにつれ、今度は小刻みに震えだした。
「だ、いじょうぶ、なの? ホントに? 痛くない?」
恐る恐る確認してくるリュミネリア。
「ああ、回復魔法の過剰摂取で全く痛みを感じない。まぁ、腫れあがって不細工になってるかもしれんがな」
リュミを安心させようと、軽く笑ってみせる。
「ううん、不細工なんかにならないよ。ラングリード様はすごくカッコいいもん」
ハハハッ、世辞にしても言い過ぎだ。。そんなこと、婆ちゃんにしか言われたことないぞ。
にしても、錯乱してたとはいえ、魔力が切れても魔法を唱え続けるとはな。精神面を鍛えてやる必要がありそうだ。
リュミを抱き上げるように二人で立ち上がる。まだ少し足が震えているようで、俺に抱き着いたまま離れようとしないリュミネリア。もう少し肉付きがよければ、抱き甲斐もあるんだがな……。
リュミはしがみ付いたまま、潤んだ瞳で俺の顔を見上げている。だが、俺はリュミの顔を見ていなかった。
俺の見ているもの。それはリュミの後方、バスタードソードに首を貫かれ、倒れているロックトロル。その喉元、刺さった剣の刃の周囲の肉が、ボコボコと盛り上がり、剣を取り込むように再生していく姿だった。
首の三分の二は切断されてるんだぞ。それで再生とか、それは巨人じゃなくてアンデットじゃないのか? 魔物の定義に物申したいぞ。
「ハァ、もういい。今たぶんいいシーンなんだよ。空気読めないんなら、お前はもうそこで死んどけ! ジュピターストライク!」
俺はリュミの肩を抱く左手をそのままに、空いた右手を天に翳し、魔法を唱える。
岩山の頂、さらにその遥か上に暗雲が立ち込め、黄色い光の筋が一点に向かい収束していく。そして収束された光の束が一気にその真下、立ち上がった巨人の首を貫いたままのバスタードソードを撃った。
ロックトロルの身体が天から降り注いだ光の束に包まれ、耳を劈くような轟音と光の爆発に呑み込まれていった。
……、そして全ての音が消える。
眩い光が消え、視界が開けた時、そこには、真っ二つに折れたバスタードソードだけが落ちていた。いかに[高速再生]といえど、消滅すれば再生はできまいよ。
雷撃魔法Bで習得した雷神の一撃、[ジュピターストライク]。とんでもない威力だな。
「やったね。すごい魔法だった。さすがラングリード様。でも……」
リュミネリアが俺をいたわるように見上げてくる。ハァ、溜息が出る。
俺の愛剣が……、真っ二つに折れちまった。そりゃあ、剣を避雷針代わりに雷落としたの俺だけどさ。北欧神話よろしく、剣が砕けるとはな。どうしよう、これ。打ち直したら、[魔剣グラム]とかにならないかな? 俺の[創造錬金]じゃまだ武器を作るのは無理だし。[レギン]は何処に……。
いつの間にか出て来てた三バカ大将は、折れたバスタードソードの前で落ち込む俺を他所に、踊り出さんばかりの喜びようだった。
なぜかリュミが、(ラングリード様なら当然!) と鼻息荒く胸を張っており、三バカが大いに同意している。なんかこいつらリュミの舎弟みたいになってるな。賑やかなのはいいが、ちょっとウザイぞ。
結局折れた剣は鞘に戻し、収納しておく。[自己修復D]じゃ直らないだろうな。代わりに懐かしのブロードソードを腰に佩び、体裁を整える。そして魔王城に帰る事にする。
この地はとりあえず、三バカ大将に任せておけば問題なかろう。一応先代の許可も取り、ゴブリンと同様の扱いになったしな。
苦しゅうない、良きに計らえ!




