第1話 老妖来来
魔王城の周囲では、しんしんと雪が降っている。外は一面雪景色だ。
訓練場には俺が一心に振る、同田貫の風切り音だけが響いていた。最近の朝の風景である。
リュミは喜び庭駆け回っている。さすがわんこだ。寒くないのか?
ゴブリンとコボルトを傘下に収めた俺は、城内での戦闘訓練に加え、[創造錬金]と料理の修練に励んでいた。決して寒いから外に出たくないわけではない。近隣のダンジョンは攻略したので、今は遠征の準備中だ。先代からもしばらく逗留するように言われているしな。
前の戦いで愛剣を折ってしまったが、新たな獲物は既にかなり手に馴染んでいる。
先代から下賜されたコートは思ったより着心地が良く、動き易い。しかも防御力も防寒性もかなり高いのに、通気性がよく、夏でも暑くないという優れモノだ。どんな材質してるんだか。
まぁ、真夏にロングコートなんか着てたら、見てるだけで暑苦しいだろうけど、魔王たるものキャラ付けを軽んじてはいけない。クールビズだとか世間の風潮に踊らされて、ショートパンツにアロハシャツ、ビーサン履いた魔王など以ての外である。多少の厚さなど、じっと我慢の子、なのだ!
今の俺のステータスはこんな感じだ。
名前:ラングリード 種族:魔王 性別:男 年齢:0歳 ジョブ:[剣聖Lv.4][魔王Lv.4] スキル:[次元収納][紫電][創造錬金][剣術S] 魔法:[火B][水B][風B][土B][光C][闇C][雷撃B][治癒B] 称号:[次元超越者[]女神の茶飲み友達][魔王継承者]
となっている。さらにリュミネリアは、
名前:リュミネリア・ファントムウルフ 種族:幻狼族(獣人) 性別:女 年齢:13歳 ジョブ:[剣士Lv.5] スキル:[超嗅覚][夜目][幻惑][警戒B][短剣術A][剣術D][刺突B] 魔法[銀月B] 称号:[賢狼の末裔][魔王の一の家臣]
だ。お互いそれなりのレベルになっている。いつまでレベル上げばかりしているのかって? ちゃんと目処はあるんだよ。
俺のステータスには、バッチリ魔王とか0歳とかヤバいワードが満載だ。こんな状態で世に出たら……。ってことで[鑑定偽装]のスキルの獲得が絶対条件になる。そしてそれは[魔王Lv.5]で入手できる可能性があるらしい。
つまりはそれまで魔王城付近でレベル上げに専念するしかないわけだ。わかってくれたかな?
戻ったリュミと昼食を取り、休憩していると、先代からの呼び出しがあった。どうも顔合わせさせときたい相手が来城しているらしい。リュミを自室に残し、謁見の間に向かう。
そこには、先代魔王とアレクサンドラ、そして4人の貫禄と威厳を漂わせた老人がいた。そしてその老人はそれぞれが12歳くらいの少女を連れている。
一見、孫を連れたじじばばが集まった、ほのぼのした寄り合いのようだが、そんな穏やかな雰囲気ではない。入室した俺に向けた視線は、完全に値踏みする愉快とは言えないものだった。その上、この4人はお互いを牽制し合うような剣呑な雰囲気をまとっている。
……何だこいつら? 先代のお友達って雰囲気でもないし、とりあえず挨拶でもしておくか。と思ってアレクサンドラを見ると、その目は(何も言うな) と言っているようだ。まぁ、なんか粗相しそうなら、彼女がフォローしてくれるだろう。そのための念話だしね。
壇上の玉座には先代魔王が鎮座し、広間の左翼に4老人と少女たち。右翼には俺が向き合うように座る。アレクサンドラは俺の近くに補佐役よろしく立っている。
これから何が始まるのかさっぱりわからんが、とりあえず8人を観察する。鑑定はしない。少女はともかく、老人たちには気付かれそうだからな。
最も玉座側に座る老人は、白い肌に翠眼、白髪の男性で、一国の宰相でも務めていそうな威厳と狡猾さを併せ持った顔をしている。その横に座る少女は、同じく白い肌に明るいエメラルド色の瞳、そして目を見張るような金髪をした美少女だ。
次はいかにも歴戦の将を思わせる巌のような風貌をした男性で、肌は健康そうに日に焼けている。連れている少女は、先の少女に負けず劣らずの美形だが、紫の髪と瞳を持ち、その髪が顔のほぼ三分の一を隠しているミステリアスな少女である。
3人目はチョコレート色の肌に真っ白な髪が美しい女性だ。優し気な面持ちの中に、抜け目なさを秘めている。少女の肌も黒に近い褐色で、髪の毛は雪のように白く、一見白い梟のようなボリュームのある髪型が印象的だ。顔立ちは凛々しさと慈愛を併せ持っており、先の2人ほどの目を引く派手な美しさではないが、傍に居ることで安心させてくれるような魅力を持つ美しい少女だ。
最後は東洋人風の背の高い女性で、上品さを湛えている。少女もやや線は細いが、艶のある長い黒髪と切れ長の涼し気な目が印象的な表情の読みにくい美少女である。
それぞれ孫かどうかは不明だが、おそらく血縁者だろう。
お互いの値踏みが終わった頃、翠眼の翁が口を開く。
「お初にお目にかかります。新たなる魔王、ラングリード様。我々は古より代々先代様にお仕えしてきた部族の首領を務める者。この度の魔王襲名にあたり、是非ともお慶び申し上げたく馳せ参じた次第。まずはおめでとうございます」
八つの頭が同時に下げられる。
「この度のご挨拶が遅れましたこと、何卒お許し頂きたく願うものです。何分我々にとっても寝耳に水、部族の主だった者たちの意思をまとめるのにも苦労致しました次第で……」
挨拶と自己弁護の中に、(我々は何も聞かされてないぞ。前もって一言あって然るべきではないのか?) という本音を隠す気がないくらい、たっぷり混ぜた長話が続く。
うんざりしながら先代を横目で見ると、にやけた顔で俺を見ている。その顔、殴りてぇ!
つまり、この老人たちの話をまとめるとこうである。
この4人が族長を務める部族は、古より現代に至るまで先代魔王に仕えてきた魔人たちであると。忠義の臣と言えなくもないのだろうが、魔王軍衰退後、独立する力も矜持もなく、ただ流れに身を任せてきた連中ということだ。酷い言い方かも知れんが、先代の表情と、時々入るアレクサンドラの注釈によるとそうなる。
そして今回の魔王位禅譲事件に際し、蜂の巣をつついたような大騒ぎの結果、とりあえず様子見と挨拶に出向いてきたということらしい。
まぁ、彼らの立場からすれば当然か。事を見誤れば、これまでの忠勤が無駄になり、新参者に地位を奪われかねない。かと言って、早々に今代に乗り換えたはいいが、それがアホボンであっさり滅びる可能性も低くない。ならば今は様子みに徹しておいて、とりあえず粉だけは掛けておこう、といったところか。
封建時代の貴族たちの常套手段だな。そうなると連れているのが皆、美少女揃いってのにも納得がいく。つまりは、族長の血を引く見栄えのいい娘を宛がっておくということだ。陳腐だが有効な手段だろう。ちと幼過ぎると思うが、その辺は魔人の習慣か? それともこの子らが年頃になるくらいの時間は、見極めに必要と考えたか……。
ハァ、溜息しか出ない。俺はちびっ娘ハーレムなんか作る気ないぞ!
とりあえず長話は終わったようなので、一応礼は言っておく。
「遠路大儀であった。わざわざの祝辞、痛みいる。貴殿らの立場もわかるゆえ、挨拶が遅れたことについては気にする必要はない。それに俺はまだ未熟の身、修業の最中のため、しばらくは変わらず先代が統治することとなっている。貴殿らはこれまで通り、先代に使えるがいい」
チラリと先代を見やると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。ざまあみろ!
「ははぁ、過分なお気遣い感謝致します」
4人が同時に頭を下げる。が、(フン、若造のくせに如才ないな) という表情が消せていない。完全に舐められてるな。まぁ、いいけどさ。
「陛下のお言葉通り、これまでと変わらず先代様にお仕えいたしますが、我らが一族からも、陛下のお傍に仕える者を出させて頂きたく、お願い申し上げます。ここにいる娘たちは、部族の中でも特に文武に優れ、将来を嘱望される者、その上陛下への忠義厚く、心より陛下をお慕い申しあげておる者たち。必ずや陛下のお役に立ちましょう。どうか傍に置き、何かと懇意にしていただければ幸いです」
ほうら来た! 今初めて会った俺を、お慕い申し上げているって、言ってて恥ずかしくならないのか? それにこの言い回し、リュミネリアのことを意識してると考えるべきか。まさかそれで俺の性癖を当て込んで子供を連れて来たんじゃあるまいな? 俺はノーマルだぞ、たぶん。
4人の少女が俺の前に並ぶ。この子らを選んだ奴の美的センスだけは認めよう。
「で、君らの名前は?」
大人の思惑はともかく、この子らには罪はないだろう。
「この娘たちには名はありませぬ。是非陛下に名付けを——」
「——黙れ! 俺はこの娘たちに問うておるのだ。誰が貴様に尋ねたか?」
老人を睨んでやる。
ビクリとし、慌てて頭を下げる老妖。怒りの表情を見せなかったのはさすがだ。
「お許しください陛下。わたしたちにはお答えする名がありません」
黒褐色の少女が申し訳なさそうに頭をさげ、残った3人もそれに合わせる。
「そうか、そう恐縮するな。で、先ほど、お前たちの保護者が言っていた事に偽りはないのか?」
別にこの子らを追い詰めるつもりはない。ただ本音を聞きたいだけだ。
「はいっ、おじい様、いえ族長の語ったことはすべて本当です」
金髪の子が争うように意気込んで応える。他の3人への競争心か? 幼い少女がライバル心剥き出しとは、まったく……。
「俺を慕っているとか言っていたが、真に受けてもよいのかな?」
意地悪だとわかっていながら聞いてやる。
「あっ、その、はい。わたくしは陛下のことを心よりお慕い申しあげております」
誇らしげに応える金髪少女。他の3人も慌てて同意する。
「そうか、お前たちのような愛らしい娘たちにそう言われるとは光栄だな」
12歳程度の子供たちが部族の未来を背負って、精一杯の売り込み合戦。学芸会のお芝居を見ているようで微笑ましくて、大概のことは聞いてやりたくなるが、後ろにいる俺を手懐けられると思っている老妖どもの思うままになってやるのは業腹だ。さて、どうしたものかな?
「ところで、貴殿らは、いつまでこの城に滞在できるのだ?」
喋ってよし、とばかりに老人たちを見てやる。意図を図りかねたのか、一瞬顔を見合わせてから応える。
「はい、陛下のお望みのままに、と申したいのですが、我らにもいろいろと役目がございますれば、叶うならば4日後の朝には領地に戻りたく……」
恐縮を顔に浮かべてみせる老妖。いつまでも居られて堪るか。できれば今すぐ帰らせたいんだが。
「そうか、ならば明日からの3日間で、この子たちに何ができるのか見せてもらおう。俺は先代と違って貴殿ら一族を知らんからな。貴殿らからこの子らを図るのではなく、この子らから貴殿らを図るとしよう。異論はあるまいな?」
お読みいただき誠にありがとうございました。本話より新章[魔王雌伏]に突入しました。
しばらくは、週2回の投稿となる予定です。これからもどうぞよろしくお願いします。




