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魔王の名を継ぐ者  作者: 無明流一刀斎
第三章 魔境彷徨
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第9話 君の名はリュミネリア

 湯殿で目を回したリュム、改めリュミネリアを自室のベッドまで運び、即席そくせき団扇うちわあおいでやりながら、俺はさっきまでの事を思い返し、その姿をじっくり眺める。



 子犬が狼娘に化けやがった。いや、狼が犬に化けてたのか? 幻狼族ねぇ、あいつが言ってた(狐狸こりの類より厄介かもしれんぞ、かの一族はな……) ってのはこういう事だったのか。ったくちゃんと説明してくれよ。あんなんでわかるわけねぇだろうが!


 [万能鑑定]すら誤魔化ごまかす力か、いくら俺が未熟だからって、そんな真似ができるのか? しかも思っただけで……。


 アレクサンドラが妙にこいつには一線を引いた対応をしてたのは、俺のそばにいる女だから、などと己惚うぬぼれるつもりはない。おそらく幻狼族ってところに何かあるんだろうな。どうもこういう面倒なのは好きになれんな。できれば首を突っ込みたくない。



 まあ、結局のところ、こいつが狼で女でリュミネリアだろうが、何が変わるわけでもないか。幻狼族だろうがキバ一族だろうが、こいつを家臣にしたのは事実だし、それこそ今更いまさらだ。えて挙げるなら、一のおヨメさんになります宣言が、妙な趣味や風習ゆえじゃなかった事ぐらいか。


 申し訳ないが、俺は同性婚どうせいこんには着いて行けないからな。邪魔しないから、やりたい奴らは勝手にやってくれってのが俺のスタンスだ。



「うにゅぅ、らんぐり~どしゃまぁ♡、ニュみゅみゅ……」


 こいつ、何気に寝言多いよな。実は女だとわかったら、語尾に♡とか付いてる気がしてくるのは、男のさがか?



 まあいい。今日のところはもう寝よう。この部屋、Wベッドが一つしかないけど、今まで一緒に寝てたんだから問題ないよな。こいつが嫌がるなら、その時何とかしよう。おやすみ!



  ◇  ◇  ◇



 翌朝、聞きなれた音で目を覚ます。隣を見ると、ベッドに座り込んだリュミネリアが頬を赤らめて腹を抑えている。


 『グギュるルル』 そこに追い打ちがかかる。そういや、昨夜は晩飯抜いたからな、俺も腹減った。


 それにしても……、年頃なのかどうかはよく知らんが、男のベッドで目を覚ました娘が、頬を染める理由が腹の虫とはな。


 こいつはやっぱりリュムだ。愛すべきハラペコわんこだ。溜息ためいきとともに、笑いが込み上げてくる。いつまでもこのままでいて欲しい。心からそう思う。



「おっおはよ。……その、お腹空いた」


 だろうな。100人いたら100人同じ感想を持つだろうよ。


「おはよう。もう大丈夫か? なら飯食いに行くか? 俺も腹減ったしな」


「うん、大丈夫。その、急にグルグルって……。でももう平気。ご飯食べれる」


「みたいだな。お前はのぼせたんだよ。これからは風呂ではしゃぐなよ!」


 (はしゃいでないもんっ!) と頬を膨らませながら準備をしだすリュミネリア。俺も準備して食堂へ向かう。

 二人で食堂を襲撃し、食欲魔人を存分に満足させてから、ようやく落ち着く。




 積もる話はあるんだが、その前に訓練場に行って軽く身体を動かす。リュミネリアには木製のスモールシールドを持たせての戦闘訓練だ。


 彼女の剣術は片手による刺突攻撃が基本で、残った手は遊ばせている。なら、行動を阻害そがいしない小振りの盾を持たせるべきだろう。ただし、攻撃を受け止める、というよりは盾でいなして、回避のバリエーションを増やすのが目的だ。

 つまり、ステップや体裁きでかわしずらい攻撃を、盾でいなして、ズラしてやり過ごすというスタイルだ。戦闘の基本が回避であるリュミネリアにとっては、速度を落とす重い防具より、回避率を上げる事を念頭に、装備と動きを考えるべきだろうからな。




 それから2時間程打ち合った頃には、盾を使った動きがサマになってきた。まあこんなもんだろ。風呂で汗を流そうかとも思ったが、[ウォッシュ]で済ませる。

 正直リュミネリアを風呂に誘うのはまずいだろうし、かと言って今まで当然のように一緒に入ってたのに、急に誘わないのもなんか変だし。何で魔王様が家臣のわんこに気を使ってんだか。




 そして二人テーブルに付く。リュミネリアにはジュース、俺には紅茶を置いて向かい合い、話を聞く。


 リュミネリアは時々黙り込み、時には涙ぐみながら、一生懸命、話をする。それを俺は相槌あいづちだけで口は挟まずに聞いている。とにかく最後まで自由に話させた。



 あちこちに跳び、進んでは戻る彼女の話を要約すればこうなる。


 ……そもそも幻狼族とは、狼獣人の中でも類稀たぐいまれな能力を持つ上位種族であり、神魔大戦時は魔王の腹心をも務めた高位魔人であったと伝えられている。だが、大戦末期の混乱の中、その名は歴史から忽然こつぜんと姿を消す。世間では絶滅したと考えられていたが、わずかな数の生き残りが深い山奥や未踏の地に隠れ住んでいた。


 リュミネリアの一族もそんな生き残った部族の一つだったそうだ。彼らがなぜ隠れる必要があったのか? それは人間側からは魔王軍の生き残りとして、そして魔族の一部からは、なぜか裏切者だと敵視されていたからであり、どちらの陣営にも関わらない少数の獣人や亜人とだけ関わりながら、細々と生き永らえてきたそうだ。


 リュミネリアも幼い頃より両親や一族の者から、他の部族には正体を隠すように教え込まれていた。そうしないと、いじめられ相手にしてもらえなくなると。


 だから俺に正体がバレるのを極端に恐れた……。両親も一族も失くした彼女にとって、俺は決して失いたくない存在だった。そんな相手に嘘をついてだますようでつらかったが、それでもどうしても捨てられたくなかったんだと。



「ごめんなさい、……グズッ、ホントにごめんなしゃい、ううぅ、ひっく」


 何度も謝りながら涙をこらえるリュミネリア。……ったく、何バカな事気にしてんだよ。そんな事で捨てるわけねぇだろうが。


 だが、気付いてやれなかった俺が言える事じゃないよな。こいつが何かを隠している事も、その事で罪悪感を抱いている事も、ちゃんとわかってた。だが、本人が打ち明けるまでは放っておこうと考えていた。それがこいつのためだろうと。

 俺はどこまでバカなんだろうな、心底嫌になるぜ。



 それと、男のフリをしていたのは、お隣のよく遊んでくれたお姉さんが、(一族以外の人に捕まったら、男だと思わせなさい。でないとガバァってされてお嫁に行けなくされちゃう) って、事あるごとに言い聞かされてたらしい。


 そいつか、こいつに妙な入れ知恵したのは! ……確かに珍しい獣人の娘が奴隷なんかにされたら、どんなひどい未来が待っているか。それを考えれば……。その人は本当にリュミネリアを案じていたんだろうな。行方はわからないらしいが、無事である事を願うよ。


 こいつは、いろんな人に守られて、俺に辿り着いたんだな。



  ◇  ◇  ◇



 話疲れ、泣き疲れたリュミネリアはベッドでお昼寝中だ。その前にチャッカリ昼ご飯は済ませてある。この世界、肉体労働者や兵士以外は1日2食が基本だが、こいつは俺の影響で1日3食が身に付いてしまった。まあ、子犬だったし、すぐに腹鳴らすし、食べさせるとすごく喜ぶし、……俺、悪くないよな。




 無防備に眠るリュミネリアを部屋に残し、俺は訓練場でひたすら剣を振る。ここ最近、素振すぶりしている時が最も集中でき、そして頭が冴える。考え事にはこれが一番だ。



 リュミネリアノ独白を反芻はんすうしながら剣を振っていると、アレクサンドラが現れた。


「あの娘は、ようやく決断したようですね。ラングリード様に命を救われ、その上、一の家臣に任じられておきながら、主君をたばかるとは許されぬ事ではありますが、貴方様にとがめる気がないのでしたら、私は何も言いますまい。今後もそばに置かれるのでしょう?」


「当然だ。一の家臣で従者に任じたんだからな。綸言りんげん汗のごとし、だ。お前にはいろいろ聞いておきたい事があったんだ、構わんか?」




 部屋を移し、アレクサンドラと密会……いやお話だ。その結果、いろいろ見えてきた。


 まず、確かに神魔大戦時、魔王軍には魔王の右腕とまで言われた幻狼族の戦士がいたそうだ。だがそれに関しては、先代が自ら語るまで、自分が何かを語れる立場にはない、とかわされた。


 リュミネリアの成長に関してだが、獣人はその種族によって成長にばらつきがあるそうだが、おおむねは10歳前後に急激な成長期を迎えるそうだ。そこで子供を造れる大人の身体に一気に成長するらしい。


 リュミネリアはその頃に一人となり、食事もまともに取れなかったため、成長が止まっていたのだろうとの先生の見解だ。俺と出逢い、栄養を補給できるようになったことと、主従契約によって俺の魔力を得たことで、急激にその成長が促進されたのではないか、ゆえにここ数ヵ月で数歳分の年を取ったのだろう。おそらくあと数歳分は成長が続くだろうとのことだ。


 ……怖いな。確かに異常なくらい食ってたもんな。でもあの食欲が一生続くわけじゃないのは助かるが。食費がバカにならないからな。



 鑑定を誤魔化ごまかせたのは、種族の持つ何らかの能力ゆえだろうとのことだ。


 そもそも幻狼族とは、高い戦闘力と幻惑能力に長けた種族であり、少数種族でありながら、全獣人族の頂点に立っていたとか。それゆえに他の獣人族からは、畏怖いふと嫉妬の対象とされ、大戦後は急激に力を失い、歴史の中に消えていったらしい。今では一部の神話や獣人族に伝わる昔話にのみその名を残すだけになってしまったのだそうだ。


 ……猛き者も遂には滅びぬ。栄枯盛衰えいこせいすい、か、世の無情だな。



 そして数千年の時を越えて、今、新たな魔王がその末裔を腹心に加えた、と。なる程な。アレクサンドラの対応もうなずける。これもまた、因果というやつか?



 それにしても、裏切者ってのが気になるが、アレクサンドラは何も応えてくれなかった。




 リュミネリア・ファントムウルフ。お前は一体何者なんだろうな? 本人が一番わかってないっぽいが。まあ今考えても応えなんて出るはずもないしな。なるようになるさ。



 今わかっている事は、彼女は俺とともに生きる事を望み、俺もいつしかそれを受け入れていたってことだ。因果だの、定めだの、んなもん知るか! 俺たちが自分で選んだ道だ。どんな結果になろうが、俺たちが責任を負えばいい。他人にどうこう言われる筋合いは微塵みじんもないからな。邪魔する奴はそうじてぶっ飛ばす!

 それでいいだろ。なぁ、リュミネリア。

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