第8話 リュムの告白
ゴブリン族を従えた俺は、しばしの後、一度魔王城に戻ることにした。とりあえずゴブの事はゴブに任せ、放置だ。時々様子を見に来ればいいだろう。
梨も採りに行かないといけないしな。いや、いけない事はないんだが、リュムの好物だしな。あれ以来、リュムは元気がない。何か思い悩んでいるように見えるが、まあ好物の梨狩りでもすれば、すぐに元気になるだろう。食い物で釣れるのがリュムのいいとこだからな。本人には言うなよ!
城に向かう山中では、あれだけいたゴブリンが全く襲ってこなくなった。凄いな、ゴブリンネットワーク。女王の意向が行き届いているようだ。だがその分戦う相手がいなくなる。武者修行中の俺たちには少々困ったことになった。狩場を変えないとな。
◇ ◇ ◇
城に到着し、自室に入る。久しぶりに戻ったが、なんか落ち着くな。早速風呂に入ろうとしたら、リュムが後で一人で入るってごねだした。以前は何だかんだ言って一緒に入ってたんだがな。まあ、あの時も恥ずかしがって離れて入ってたが、今度は湯殿にも一人で行くと聞かない。
これはもしかして反抗期か? 最近成長が目覚ましいしな。背もかなり延びてきた。【わんこ三日会わざれば刮目して見よ!】ってやつだな。まあ、毎日会ってるけどね。
アレクサンドラからは自室と湯殿の行き来くらいは一人でさせても構わないと許可は取ったからいいんだけどね……。ちょっと寂しい。
仕方ないので一人寂しく風呂に入る。
『クウゥ~』 湯船につかると、オッサンみたいな声が出る。いや、オッサンだけどさ。やっぱり風呂はいい。日本人辞めても本質は変わらんな。
にしても何だ、魔王たる者が一人湯とは……。若いメイドが背中を流しに来るもんじゃないのか? まったく気の利かん城だ。背中どころか全身を隈なく洗った後で、
「いっ、いけません魔王様。このようなところで……、あっ」
「フフフ、よいではないか! 我は以前よりそちのことを……」
てなイベントはいつ起こるんだ?
……いつまで待っても起こらなかった。いつか俺が真の魔王となり、魔王城に君臨する日が来たならば、御伽衆ならぬ夜伽衆を組織し、常に寝室に侍らせるようにするんだ! 野望に燃える俺だった。魔王の野望・下心編?
そろそろ出るか。そう思った時、誰かが入ってきた。おお、やっと来たか。もう洗ったけど、柔肌でなら何度でもいい! っと想ったらリュムだった。
何だよ、結局一緒に入るんじゃないか。
「どうした、待ちきれなかったのか?」
まったく、この寂しん坊め!
「……うん。一緒に入る」
そう言って洗い場に座り、石鹸代わりの何かの樹液で髪と体を洗っている。それなりに泡立つんだよな、これ。でもこの世界には石鹸はないのか? 造ったら売れるかな?
異世界モノの定番だけど、そんなに簡単に作れるもんか? そういや昔読んだ本に、幕末にヨーロッパ留学から帰った侍が自作の石鹸を奥さんに作ってあげたって逸話が載ってたな。いやアレクサンドラ先生に頼れば児戯か。俺、魔王より実業家目指したほうがよくね? 経済で世界を支配するか。
とか考えながら、頭を洗うリュムの後姿を眺める。
……華奢だよな。背はもう子犬と言うには無理がある程延びたのに、肩幅がなぁ。あれだけ食って戦いまくってるのに、普通もっとごつくならないか? 犬種はチワワか何かなのか? まさか魔獣肉ってカルシウム少ないのか? どっかに[骨っ娘]売ってないかな?
とか考えていて気付く。リュムの髪の毛や尻尾が銀色に輝いている。ブラッシングした後、灰色がなんか銀色っぽくなったと思ってたが、今はぽいどころか、濃い銀色で湯殿の光にキラキラと輝いている。
あの樹液にそんな効能あったのか? とか首を傾げていると、泡を流したリュムが、一つ頷いて立ち上がり、ゆっくりとこちらに向き直る。
…………。ああ、まぁなんだ。何となくわかってたような、わかってなかったような、でもそれなりに気付いてはいたような、いなかったような。
ふぅっ、うん、そういう事だ。
アニメなんかで、主人公がかわいいボーイッシュ娘を男だと思い込んでて、ってのはテンプレだが、見りゃわかるだろ、バカじゃねえのこいつ、って思ってたんだが……。はぁ、思い込みって怖いよね。それに拾った時は雄とか雌とか関係ない子供だったしな。
普通、(オッおまえ、女だったのか?) とかいう、うれし恥ずかしラッキースケベ的イベントは、もうちょっとこう、何と言うか、つまりね、貧相なんだよ。子犬が雄だろうが雌だろうが大差ないっつうか……。
結局俺にとっては、リュムはわんこなんだよな。
「あのっ、そのぉ、ど、どうかな?」
「いや、どうかと言われてもなぁ……。しっかり食ってちゃんと育てよ」
「っ‼ そっ育ってるもん! ちゃんと育ってるもん! 正面からだからよくわからないんだよ、こうすれば……」
リュムは横向いて胸を張る。……まぁ、多少は膨らんでるんだが。
「風邪ひくから湯船につかれ、あったかいぞ」
「なんであっさり流すの? ……、お風呂だから?」
うまいこと言うリュム。一つ溜息をつくと、諦めたように湯船に入ってくる。随分とご機嫌斜めのようだ。
まあ、勇気を振るって告白したのに、無反応で流されたらそうなるか。驚かなかったわけじゃないんだがな。
「……その、女の子でした。……どう? ……ガバァってしないの?」
「するか! ってかお前な、俺を何だと思ってるんだ?」
ここ数ヵ月一緒だったんだぞ、そろそろ俺という存在を理解して然るべきだ。
「女好き!」
「正解!」
……。即答するリュムに即答で返す俺。こいつはちゃんと俺を理解していた。どうやら理解できていないのは、自分自信のことらしい。
「あのなぁ、俺が好きなのは大人の女であって、子供に興味は……」
いや、ロリは嫌いじゃない。というか、むしろ好物だ。俺はロリだろうが熟女だろうが、美人なら等しく愛せる紳士だ。二次嫁の中にもロリキャラは何人かいた。でもな、ああいうのは二次だからいいんだよ。リアルなちびっ娘をんな目で見ねえよ! 紳士はそこはちゃんと弁えているもんだ。
「子供じゃないもん! もう大きくなったもん!」
どこが? とは聞かない。まだ死にたくはないからな。
まあ、確かに冷静にリュムを観ると、もう子供ってのは無理がある。中学生くらいっていうか、ギリギリセーフかアウトかわからない辺りか? いや、現代日本じゃ完璧アウトなんだが、この世界じゃセーフらしい。というのも実は、俺と記憶を共有したアレクサンドラが、現代日本の倫理や法令を知り、この世界とのギャップに、俺を魔王として教育せねば、と考え講義が催された。魔王も王の端くれなら、世継ぎ問題とか、いろいろあるんだろう。
まあ、元の世界だって、ほんの200年前くらいには、12歳ぐらいで結婚するのも珍しくはなかったみたいだしな。ましてこの世界には、亜人や獣人がいる。それぞれ成長や成人の概念も違うって話だしな。
俺は、郷に入りては郷に従えってのが、よそ者の正しい態度だと思っている。納得できなければ自分だけは自らの倫理感で生きればいいし、それが許されないなら、そこを出て行けばいい。自分たちの常識や倫理と違うからと言って、相手が間違ってると決めつけ、無理矢理自分たちの価値感を押し付けるような、西洋人的考え方は、はっきり言って嫌いだ。それに迎合し、盲目的に追従する現代日本人はもっと嫌いだ。
だが、ちょっと待て! 確かこいつは俺に嘘つけないんじゃなかったっけ? ああ、そういや嘘はついてないのか。自分を男なんて一度も言ってないしな。俺が勝手に思い込んでただけか。こいつはそれにうまく乗っかってただけだ。それに叛意による虚言って事は、叛意や悪意がなければ多少の嘘はOKって事になる。アレクサンドラが甘いと言うわけだ。
「ふぅ、まあ何だ。リュムは俺にとってリュムであってだな……」
「リュムじゃないよ。……、あのね、鑑定してみて。もうできると思うよ」
できるのか? よし、俺はリュムを鑑定する。
名前:リュミネリア・ファントムウルフ 種族:幻狼族 性別:女 年齢:13歳 ジョブ:[戦士Lv.18] スキル:[超嗅覚][夜目][幻惑][警戒C][短剣術B][刺突C] 魔法:[銀月C] 称号:[賢狼の末裔][魔王の一の家臣]
……どこから突っ込んだらいいのやら。リュミネリアねぇ。あの時、本名名乗りかけて慌てて誤魔化したのがリュムだったと。
幻狼族ってオオカミだったのか。そういや犬じゃないとか言ってたな。13歳……見た目通りというか何というか。一月前までは10歳にすら見えなかったんだが、この辺は獣人ゆえか? 称号にちゃっかり[一の家臣]とか入れてるし……。
「うん、ちゃんと見えた。今まで鑑定できなかったのはなぜだ? お前が何かしてたのか?」
「……よくわかんないけど、そうだと思う。見られたらダメって思ったから……」
自分でもよくわかってないらしい。スキルにある[幻惑]あたりの能力か? こういうのはアレクサンドラに聞くほうが確かだろう。最初から知ってたみたいだしな。
「……ごめんなさい。……怒ってる、よね? 隠してて、ごめんなさい。ううっ」
「いや、別に怒っちゃいないが。まあ、何で? っとかいろいろ思うところはあるけどな。それについては、ちゃんと話してくれるんだろ? ならそれでいいさ」
「えっ、いいの? 許してくれるの? 置いていかないの?」
何か今にも泣きそうだ。
「んな事で置いてくかよ! 約束しただろ、お前がもう嫌だって言うまで一緒にいるって。大体一の家臣にどっか行かれたら困るの俺だし。まぁ何だ、従者が子犬から可愛い狼娘になったってだけだろ。そういやその銀色の毛、それが本来の毛色だったんだな。小汚い灰色かと思ってたが、すげぇ綺麗だな。そっちのほうがよっぽど似合ってるぞ」
「かっかわいい! ……きれいって、ううぅ」
ボンッて音がしそうな勢いで顔が真っ赤になった。ガキが何照れてやがんだか。
「もう大きくなったから……、その、ガバァって、その、おヨメさんに……ごにょごにょ」
「ガキが何色気付いてやがる。そういうのは、ちゃんと大人の身体になってから言え!」
「なってるもん! もう大人だもん!」
ガバッといきなり立ち上がるリュム、いやリュミネリア。その途端、急に頭をフラつかせ、後ろ向きにぶっ倒れた。
「おい、大丈夫か?」
思わず抱き止める俺。完全に目が回っている。……こいつのぼせたな。
何だかんだ言いながら、結構長く浸かってたしな。しかも恥ずかしかったのか口元まで湯に沈んでたし。その上あれだけ興奮すれば、そりゃなあ。
とりあえず湯船から出し、床に寝かせる。そして無防備な身体をマジマジと眺める。
……うん、何の反応もしない。俺にとってこいつはやっぱり、ただのわんこだ。ガバァなんて事にはなりそうにないな。少なくとも今はまだ……な。




