第7話 覇道の第一歩
先代魔王からのゴブリン族への沙汰は以下のものだった。
まずは女王以下ゴブリン族は、魔王への恭順を誓うか、の確認だった。
これに女王は一も二もなく誓約した。そもそも魔王とは彼らにとって神の如き存在で、今更誓うまでもない事らしい。むしろ魔王の配下に加えられるのは至上の悦びと感涙に噎んでいた。そこまでか?
そして、ゴブリン族とその女王への処分だが、これまでの無礼の数々は不問とし、引き続きこの地に住む事を認める。このダンジョンも自由に使ってよい、だそうだ。
何とも寛大な沙汰だな。あいつって実は覇道ではなく王道を歩む仁義の人だったのか?
と思ったところに待ったがかかる。
「但し!」
という恐ろしい言葉が続いたのである。
息をのむゴブリン女王。俺もそれにつられる。そして……。
今後、ゴブリン族は、先代魔王ではなく、現代の魔王、ここにいる魔王ラングリードに仕え、絶対の忠誠を尽くすこと。万が一背きし時、それは全てのゴブリン族に、死をも超越した永劫の苦しみが与えられる、というものだった。
……はい? 何だそれ。アの魔王、俺に丸投げしやがった!
「…………」
目を閉じ、頭を下げたまま沈黙するゴブリン女王。
そりゃそうだろ。伝説の魔王に仕えられるかと想ったら、どこの馬の骨とも知れない俺に忠誠を誓えとか、何の冗談だよ。
「……本当に、そのような事でお許し頂けるのでしょうか? これまでの数々の罪、万死に値するもの。それを不問にして頂けるどころか、この地に住むのを許され、その上、新たなる魔王様にお仕えする事をお許し頂けるとは。このゲロイラ、望外の至り。お礼の言葉もございませぬ。今後は我が一族、心を一つにして魔王ラングリード様の覇道の一助となるべく、誠心誠意お仕えする事を誓います」
平伏するゴブリン女王ゲロイラ。
何なんだ、この展開! いや俺なんかに忠誠誓ってどうすんだよ。
「お前の言葉、確かに受け取りました。この事は、間違いなく先代様に伝えておきましょう。今後はここにおられるラングリード様の命令に従いなさい。それが罪の償いとなり、一族の繁栄を約束するものとなりましょう。心してお仕えなさい」
「ははぁっ」
平伏するゲロイラ。大岡裁きか? まったく着いて行けない俺。我関せずと、お食事中のリュムくん。いや、お前も俺の家臣なんだから、ちょっとは興味持とうね。
ゲロイラが俺の前で、改めて跪く。
「魔王ラングリード様。この度のご無礼の数々、幾重にもお詫び申し上げます。そして、このような我らのためにお見せ頂いたご恩情、さらには先代様へのお取り次ぎ、どれを取っ手も感謝に耐えませぬ。これよりは、ラングリード様の臣として、一族を挙げてお仕え致しまする。どうぞ何なりとお申し付けください」
「……いいのか、それで? 俺は成りたての新米魔王だぞ。家臣もそこの子犬一匹だ。しかもさっきまでお前の配下を殺してた相手だぞ。そんな奴に仕えられるのか?」
「何を申されます。貴方様を魔王様と見抜く事もできず、愚かにも刃向かった我らが罪に対し、御自ら罰を与えてくださったのです。感謝こそすれ恨みになど思いも致しませぬ。それに貴方様はかの大魔王、雷哮のラングリード様が自らの後継と認められた御方。そのような御方にお仕えできるなど、夢のようです。ましてやその覇道の最初期から力添えさせて頂けるとは……」
涙ぐみ言葉に詰まるゲロイラ。これ以上は野暮か。
「わかった。お前らを俺の家臣に加えよう。だが、最後にこれだけは聞かせておいてくれ。ダークゴブリンのネームド、ゲロルだったか? 俺はアイツを殺したが、お前にとってアイツはどういう存在だったんだ? それと、お前の名は誰から与えられたものだ? そいつへの義理立てはいいのか?」
遺恨を残さないためにも、こういうのははっきりさせとかないとな。
「ゲロルは一族の中で最も戦闘に長けた者ゆえ、わたくしに何かあった際の後継者としてわたくしが名を与えた者です。ですがあの者は増長が激しく、乱暴者で、正直手に余らせておりました。ゆえにかの者を誅殺して頂けた事は、むしろ有難く、魔王様がお気にする必要はございませぬ。それと、わたくしの名ですが……」
一旦言葉を止め、嘆息するゲロイラ。
「あれは300年以上前、わたくしがまだ若かった頃、ある魔人に捉えられ、無理矢理家臣とされた折りに与えられた名。その数十年後にその魔人は命を落としましたが、一度与えられた名は例え汚らわしきものであっても、新たな名を与えられるまで変える事は叶いませぬ。今ではもう気にはしておりませぬが、若き頃は、いつか力ある者に仕え、新たなる名を頂ける日を夢見ておったものです。ゆえに名付け親への義理立てなど欠片もございませぬ」
「そうか、つまらん事を聞いたな、許せ」
ふぅ、人の過去に立ち入るとロクな事はないな。嫌な過去を思い出させてしまった。何か償えればいいが……。
ここまでを見守っていたアレクサンドラは、役目を終え帰って行った。帰り際にリュムに向かって妙な事を言っていた。それを聞くリュムも険しい顔をしていタ。
「あなたは未だに主を信じられないのですか? あなたの忠誠はその程度のものなのですか? ならば私はあなたがあの御方の隣を歩く事を認めるわけにはいきません。早々に心を決めなさい。それができぬと言うのなら、今すぐにでも立ち去りなさい!」
何の事を言っているのかは全くわからない。だが、アレクサンドラとは思えない程の強い口調だった。そして、言われたリュムは何かに耐えるように下を向いていた。
どうも、安易に口を挟んでいい雰囲気じゃないんだよな。しばらく様子を見るか……。
こうして、俺はゴブリン族を配下に加えた。まあ、最弱魔王の家臣としては、ゴブリン辺りが調度いいのかもしれないが……。何にせよ、俺の家臣になったからにはそれなりの気構えというものを、身に付けてもらわねばならない。
こいつら小汚いんだよ、特にザコやホブ。部屋もなんか臭いし。こんな部下は嫌だ、の代表みたいな連中だ。かと言って、ゲロイラは別に汚くないし、歓待された部屋もキレイだった。つまりそういった感性が無いわけじゃないんだろう。なら改善の余地はある。こういうのは習慣だからな。
俺は各部屋を回って、とことん洗浄魔法をかけまくった。ついでに匂う奴らにもだ。そして女王に厳命する。
今後ゴブリン族は、皆清潔を旨とし、毎日濡れた布で全身を拭くこと。部屋もこまめに掃除すること。そして便所の管理もきっちりする。これができない奴は、破門だ、追放だ、えんがちょだ! ここまで言っとけば大丈夫だろう。
ちなみに、言葉を理解できるのは、女王意外だと、一部の上位種だけで、その他はゴブリン語ではなく、同族のみに伝わる一種のテレパシーのようなもので会話しているらしい。道理で[全言語理解]が働かないわけだ。従魔契約を結ぶか魔物使いのジョブにつけば、意思疎通はできるらしいが、ゴブリンと従魔契約結ぶ奴なんているのか? まあ、魔物使いは仲間に欲しいな。
それからゲロイラにワンドを返す。忘れてたんだ、思い出して良かった。そして気になっていた事を話し合う。
戦闘員を殆ど殺しちまったからな、今後大丈夫なのかと心配したが、この辺りは大して強い魔物もいないので、特に問題にはならないそうだ。また、周辺の山に鉱石や貴金属を採掘に出ている連中がそこそこいるので、群れとしての体裁は保てると。……そういやゴブリンにもそういうドワーフ的な性質があった気がするな。
そこで、金や宝石も返すかと思ったが、それは全て献上すると言われた。そして今後も採掘した価値のある物は全て献上すると。
有難いんだが無理はしないように言っておく。
そして最後に、女王の子供を紹介された。子供と言っても直接産んだわけではなく、女王の直接の血を引く子孫に当るらしい。雌雄二体だ。
あれ、この雌のほう、俺に酌してくれた娘か? 二人とも、人間換算すれば、10代半ばってところか。女王の話では、昨今の子供の中では、特に女王の血が最もよく現れた個体で、将来に期待しているとのことだ。今後はこの子たちを中心に一族の繁栄を企図していく腹積もりらしい。
女王の指示で、俺に忠誠を誓約する。二人とも言葉は話せるようだ。酌してくれてた時は、緊張しすぎて、何も話せなかったらしい。……なんだよ、かわいいじゃねぇか!
そこで俺は彼らに報いる事にする。そのくらいは構わないだろう。
「その忠義に報いるため、今よりお前たちを直臣とする。それぞれ跪いて頭を下げろ」
そして、ゲロイラの頭に手を置き、忠義を尽くすことを誓わせる。あの時、リュムに施した儀式だ。主従関係は直ぐに結ばれた。そして契約内容として3つの誓約を結ぶ。
一つ、主を害そうとすれば死を。
二つ、叛意を持って主の命に背けば激痛を。
三つ、叛意を持って主に虚言を弄すれば激痛を。
これはリュムを家臣とした時に、後日に回した手順である。誓約内容もリュムと同じだ。アレクサンドラには甘過ぎると苦言を呈されたが、あまりガチガチに縛りたくないしな。かといって裏切られて殺されるのは御免なので、まあこのくらいが妥当だろう。
「そしてお前は今より我が臣として生まれ変われ。そのために新たな名を授ける。これよりお前は【グロリア】と名乗るがいい」
名付け。それで何かが変わるわけでもないだろう。俺には分け与えてやれる程の力も無いしな。だが、それで解放されるものもあるはずだ。
「ああっ、魔王様。今、300年の呪いからようやく解き放たれました。わたくしの名はグロリア! 永遠に魔王様に忠義を尽くす者の名です」
溢れる涙を抑え切れないグロリア。これからも、その名の通り、ゴブリン族に栄光を与える存在となってくれるだろう。
次いで子供たちにも名を与える。男の子には【グロムス】。女の子には【グロリナ】。名前に意味は無い。ゲロって響きが嫌だっただけだ。だからってグロってのもどうかと思うが……。
そしてグロムスにゲロルから奪ったショートソードを与える。
「お前は強くなれ。強くなって女王とグロリナ、そして一族の者を守れ!」
そう厳命した。まだ幼さの残る彼の眼には、決意の光が灯っていた。心配はいらないだろう。
こうして俺はゴブリン族を従え、魔王としての覇道の第一歩を歩みだした。歩みだしちゃったのである。




