第6話 魔王 VS 女王
ダンジョン最奥の大広間で、俺たちはゴブリン女王と戦っていた。
[アイシクルショット]を剣で薙ぎ払い、[ストーンバレット]を打ち込む。それを躱したゲロイラにリュムのレイピアが襲い掛かる。それをワンドでいなした所を俺の[紫電]が捉える。
(ギャアッ) 電撃を受けたゲロイラは、悲鳴を上げ、床を転がるが、直ぐに立ち上がりワンドを構える。
強い! さすがに高レベルの魔術師だ。だが、魔術師がその力を存分に発揮するには、盾となる護衛が不可欠だ。先にザコを片付けておいたのは正解だったな。
荒い息をつく俺と女王。リュムはって、……子供のスタミナってどこから湧いてくるんだ?
敵の呼吸を読んだように、リュムが一歩踏み出し刺突を繰り出す。そこに、短距離からの[ストーンバレット]を打ち込む。それを読んでいたように[アクアウォール]で防ぐ女王。だが俺もそれを読んでいた。
女王がさがった所に[紫電]を放ち、動作を誘導し、バスタードソードの太刀筋に誘い込む。女王が目を見開くが、もう遅い!
正眼からの打ち込みが、ゲロイラの左肩を斬り裂く。手応えはあった。が、飛び散る血の量で、傷が浅いことがわかる。どうやらローブの下に何か着込んでいるようだ。
リュムが追撃をかけようとするが、その時、ワンドから大量の闇が噴き出し、一帯を包む。[ダークネス]の上位魔法か?
咄嗟に跳びのくリュム。俺はすかさず[ブライト]を闇に向かって放つ。
輝く光が周辺の闇を消し去り、ゲロイラの姿を浮かび上がらせる。
その時、呪文を詠唱していたゲロイラの右手から、ワンドが弾き飛ばされた。
突然の事に目を見張る俺。だが、視界の端で、リュムが何かを投げた姿勢をとっているのを捉える。そして理解する。
リュムは暗闇に覆われた僅かの間に、リュックからナイフを取り出し、闇が晴れた瞬間に、ゲロイラに向け投げつけたのだ。
こんなアクロバティックな戦闘は教えてないんだけどな。リュムの戦闘センスに驚かされながらも、俺は一気に間合いを詰め、左凪ぎに奴の横っ腹を打つ。剣が確実にゲロイラの左脇腹を捉え、弾き飛ばされた奴は、壁に激突し、崩れ落ちる。
胴体を両断する斬り込みだったんだが、やはり何か着込んでいるようだな。
壁際に座り込むゲロイラの目からは、未だ覇気は消えていない。これが女王の矜持か!
俺は転がるワンドを拾い上げ、収納に仕舞いながら、剣を向けて、にじり寄る。
「貴様は何者ぞ! 何故この地に現れた? ここ300年、この地に貴様のような強者はおらなんだ。ここは妾の……、妾ら一族の地ぞ、貴様のような下賤の者に犯されようとは、まったく口惜しい限りよ!」
そういや名乗ってなかったな。まあ名乗られてもいないが。考えてみれば、一方的に攻め込んだのはこっちだ。こいつらからすれば、ただ応戦していただけか。
「名乗りが遅れて悪かったな。俺はラングリード。魔王ラングリードだ。今更だが、見知りおいてもらおう、ゴブリンの女王よ!」
「魔王、魔王ラングリード、だと」
ゲロイラのメガ見開かれる。そして、しばし考え込んだ後、ゆっくりと首を左右に振る。
「たわけ、痴れ者が! その名は古の、偉大なる御方の名ぞ。貴様如きが軽々しく騙ってよい名ではないわ。その名を名乗るには、貴様はあまりにも——」
「——弱過ぎる、だろ。俺もそう思うんだがなぁ。でも事実なんで、俺も困ってるんだよな。お前の言う偉大な御方とやらに、ついこの間、譲られたばかりなんだよ。もう、笑うしかないよな」
壁に凭れかかるゲロイラの左肩と脇腹のローブは裂け、そこから血に濡れた金属が見えている。鎖帷子を着込んでいたのか。
そこで1つ思いつく。どうせ何を言ったところで信じてはもらえないだろうからな。[魔王覇気]、いまいち使いどころが無かったので、初めて使ってみる。
「……っ‼」
目を見開くゴブリンの女王。レベル差を考えても委縮するはずはないんだが。
「そっその気配! その魔力! ……未熟ではある。あるがそれは間切れもなく[魔王覇気]。では、伝説の魔王、雷哮のラングリード様は……」
「ああ、現役で生きてるぜ。しかも、ここから結構近い場所にな。っていうか、ここってその魔王のテリトリーなんだが、お前ら知らずに住んでたの?」
「…………」
どうやら言葉も無いらしい。実はずっと信仰してきた神様の神殿の中に、勝手に住んでたみたいなもんだしな。
それにしても、どうしたもんかな? ダンジョンは攻略するものって勝手に攻め込んだけど、こいつらに恨みがあるわけじゃないしな。誰かに討伐依頼されてたわけでもないし、さて、落としどころをどこに持っていけば……。
「そうか、妾らは、無礼にも魔王様の足元に勝手に入り込み、我がもの顔で住みついていたというのか……。何という真似をしておったのか、滅ぼされて当然よの」
女王の声が沈む。何か信じてくれたみたいだな。でも俺、滅ぼすとか考えてないんだけど。
「のう、そなたが魔王を継いだという事は承知した。それで、この地の支配権も受け継いだものと考えてよいのであろうか?」
「えっ、いやどうなんだろうな? 名と力を継いで新たな覇道を進め、とか言われたが、支配地を引き継げとは言われてないしな。城も貰ってないんだから、領地も先代のものじゃないのか? その辺は確認しないとよくわからんな」
女王は目を瞑り、黙考し始める。戦闘はまだ終わってないんだけどな。
リュムはこの状況が理解できないのか、首を傾げながらも警戒はしつつ、投げたナイフを拾っている。俺はその間に、リュムと自分を回復しておく。これでいつ戦闘が再開されても問題ない。
相手の出方を待ちながら、この戦闘の落としどころを思案していると、女王が口を開く。
「魔王の名を継ぎし者よ、いや、新たなる魔王ラングリード様。これまでの無礼の数々、心よりお詫び申し上げます。全ての罪は女王であるわたくし独りのもの。どうかわたくし独りの命で生き残った者たちには、咎を求められませぬよう、謹んでお願い申し上げます。この身は如何なる罰をもお受け致しますれば、どうか若き者どもには、生を全うする事をお許しください。平に、平にご容赦を賜りたく……」
……何これ、時代劇? 無礼の数々って、ここに勝手に住んでたのは先代に対しての無礼だし、どちらかと言えば、いきなり攻め込んだ俺の方が無礼な気がする。どうしたもんかな?
「あのな、ここに住んでた事については先代魔王の判断に任せる。俺に対しては、無礼も何も、お前らは身を守っただけだしな。そもそも全滅させる気もないし、俺たちに害を成さないと誓うなら、これ以上は何もしない。それでいいか?」
女王は体勢を整え、俺の前に跪く。
「寛大なご配慮、このゲロイラ、感謝の言葉もございませぬ。わたくしはこれより牢に入り、先代様の御沙汰を待ちましょう」
いや、牢にって、そこまでしなくても。何か面倒臭くなってきたな。はっきり言って、ゲーム感覚で狩りまくってた俺の罪悪感、ハンパないんですけど……。
「いや、ちょっと待て。今、先代に渡を付けるから」
とりあえず、剣を納め、リュムにも合図してから、アレクサンドラを呼び出し状況を説明する。しばしして魔王の採択が下った。
ゴブリン族が山中に住みついていた事は当然承知していたが、取るに足らぬ些事と放置していた、とのこと。そりゃそうだよな、このダンジョンの事教えてくれたのアレクサンドラだしね。今更、知らぬ事とはいえ許し難し、とは言わんだろ。
とりあえず今後の事も含め、魔王の名代としてアレクサンドラが来るので、それまで待つようにと女王に伝える。ついでに[ヒール]で回復してやると、ゲロイラは妙に感激し、別室に招いて歓待してきた。
いつの間にやら、何人かの女ゴブリンが食べ物を運んでくる。どうやら、非戦闘員は隠し部屋に潜んでいたらしい。
リュムはさっそくパクついている。だから、せめて毒を警戒して、俺の指示を待てよな。まあ、従者としては、毒見は当然なんだろうが、こいつ絶対そんなこと考えてないよな。
隣に座ったゴブリン娘が杯に酒を注いでくれる。ゴブリン内では綺麗どころなのかもしれないが、……如何せんゴブリンだしな、苦笑いしか出てこない。なんでこの世界には、美少女ゴブリナとかいないんだぁ! リアルファンタジー許すまじ! ……いやリアルファンタジーって何だよ、もう言葉の意味が全くわかんねぇよ。
酒の味は微妙だったが、食いもんはうまかった。まぁ、殆どが果物か、肉や魚を焼いたもんだったしな。それに、海原さんじゃないから、味が気に入らないって怒ったりしないけどね。
俺は善意には礼をもって報いる男なんだよ。惚れるなよ!
などとやっていると、部屋に一匹のゴブリンが飛び込んできて、何か『ギャァギャア』言っている。女王とは言葉が通じたのにな。あれはゴブリン語か?
「魔王様、先代様の名代がお越しになったようです。お通ししてもよろしいでしょうか?」
早いな、いやアレクサンドラなら行くと言った瞬間に現れても驚かんが。
そして、アレクサンドラが通されてくる。女王は起立し、深く頭を垂れ迎えるが、彼女はそれに見向きもせず、まず俺に向かって頭を下げ、話しかけてくる。
「ラングリード様、拝謁が送れ申し訳ありません。変わらぬご健勝、お慶び申し上げます」
「ああ、アレクサンドラも相変わらず美し、いや元気そうで何よりだ。今回はわざわざ呼び出すような真似をしてすまんな」
「いえ、これも臣の務めですので。それにラングリード様がお呼びくださるならば、いつ如何なる場所でありましょうと馳せ参じる所存です」
判で押したような応対をする俺たち。なぜかリュムが不機嫌そうな顔でそれを見ている。
一通り俺への挨拶を終えたアレクサンドラは、ようやく女王を見やって声をかける。
そして先代魔王からの、ゴブリン族への沙汰が申し渡された。




