第3話 初めての強敵
初めてのダンジョン探索を進めていた俺たちは、地下3にて初見の敵に遭遇する。ホブゴブリンのようなごつい身体じゃないが、ゴブリンとは思えない強者の雰囲気を持っている。
こいつは不用意に仕掛けるのはまずいだろう。そう判断した俺は、リュムをさがらせ、相手との間合いを測りつつ、[鑑定]を使おうとした。
しかし、そいつはその時間を与えてくれなかった。数mの距離を一瞬で詰めてきたのだ。
速い! しなやかな動きで一気に踏み込んで来た黒いゴブリンのショートソードが閃く。
だが、それも計算に入れ警戒していた俺は、間合いに入った敵に踏み込み、右切上に打ち込む。そのまま黒いゴブリンの持つショートソードを跳ね上げた……、はずだった。
『‼』 止められた、だと! 打ち込みにはちゃんと腰を入れていたはずだ。だが俺の剣はそいつの持つショートソードを跳ね上げるどころか、腰の高さで止められていた。
奴と目が合う。こちらの切り上に苛立ったように俺を睨みつけている。
1歩さがり、奴が踏み込んで来る前に、刺突を繰り出す。だが、その切っ先は跳び退る奴を捉えられなかった。互いに3m程の間合いを取る。
……強い! これまでの相手とは段違いに。
これまで戦ってきた相手は、ただ力任せに武器を振り回すだけのお粗末な連中だった。だがこいつは違う。明らかに剣術を心得ている。
厄介だな、動きの速さでは奴が上だ。力は大差ないだろう。一定の距離を取って対峙する。奴も不用意には仕掛けて来ない。どうやら警戒されているようだ。
光栄だね、ちっともうれしくないけどさ。睨み合ったまま動けない俺と奴。
そんな状況に変化が訪れる。奴の後方から、ホブゴブリンが3体とゴブリンが2体現れやがった。もはやザコと言っていい連中だが、今はまずい。数で押されると対応できない。奴らが連携する前に手を打たねば、手遅れになる。
考えている暇はないな。
「エアウィップ!」
覚えたての範囲風魔法を唱えた俺の前に、空気が収束し、無数の鞭となって一気に解き放たれ、目に見えない衝撃が奴ら全体を打ち据える。
ゴブリン2体はこれで充分だった。だが、ホブゴブリンは1体しか仕留められていない。当然黒い奴も健在だ。
すかさず、もう1度[エアウィップ]を使う。が、奴はそれを読んでいたように、身を低くして突っ込んで来た。
背後のホブゴブリンは打ち倒せたが、奴は僅かのダメージで、すり抜けてくる。
接近する奴を突きで迎え撃つ。これで再び一対一の五部に持ち込める。奴が剣で俺の突きを受けて止まった所を……。
だが奴は受けなかった。微かに身体を捻り、スピードを落とさず突っ込んで来る。俺の剣先は奴の頬をかすめ、僅かに切り裂き血が飛ぶ。
その直後、奴のショートソードがバスタードソードを握る俺の右上腕を貫いた。
「グウゥッ」
右腕を強烈な熱が襲う。その勢いで俺は背中から壁に叩き付けられ、息が止まるが、奴が剣を引き抜く動作に合わせ、左手で[紫電]を放つ。
紫の閃光が奴の右足を捉えた。だが、その時見た奴の顔は、勝利を確信し、愉悦に歪んでいた。
右足を穿った電撃は、奴の動きを止める事はなかった。迫り来る切っ先は、無情にも鎧の隙間、無防備な俺の腹部を的確に捉えている。
身体は動かない、いや、動く時間を与えてくれない。
クッ、やられた。躱せない! 絶望が襲う。脳が死を意識したのか、時間がスローモーションのように、ゆっくりと過ぎていく。
せめてリュムだけでも、ここから……。そう考えた時だった。
「ダメェー!」
そう叫ぶ声とともに、何かが俺の前に飛び込んで来た。
全てがコマ送りのように動いていく。黒いゴブリンの持つショートソードが近付く。
その剣先と俺との間に、徐々に割って入って来る小さな身体。
リュムの必死な表情。
そして、……剣先がリュムの背中に突き刺さる。
その光景を、その一部始終を、俺の目は捉えていた。
『‼』
声は出なかった。いや世界から音が消えた。もしかしたら何かを叫んだのかもしれない。だが、俺の耳は何も捉えていなかった。
左手でリュムの身体を抱きとめ、右手を突き出す。その手に握っていた剣は、手放している。リュムには絶対に武器は手放すな、と教えていたが、懐に入られては長剣は邪魔にしかならない。
長剣を離した右手は奴の首に打ち込まれる。
…………ドクッ、……ドクッ、……ドクッ。
掌を通して、脈打つような感触が伝わってくる。大木が水を吸い上げるように、何かが登ってくるのがはっきりと感じられる。
それと比例して、奴の艶のある黒い顔から、徐々に生気が抜けていく。
そして黒いゴブリンの目から、光が消えた……。
俺の右手には、1本の短剣が握られていた。
その禍々しい剣先は、立ったまま息絶えたゴブリンの首に深々と突き立っている。
……吸血の牙、[ヴァンパイアファング]。先代魔王が餞別にくれたダガーだ。やはりこれは、解体に使うような代物ではなかったようだ。
俺は[ライトヒール]をリュムに唱えながら、ようやく出るようになった声を掛ける。
「リュム、大丈夫か? しっかりしろ!」
だが、リュムは俺の言葉が聞こえないように口を開く。
「ダメェ、やだよ! ラングリードさまぁ。死んじゃやだぁ! …………」
目の焦点が合っていない。錯乱しているのか?
「おい、しっかりしろ! 俺は大丈夫だ。お前のおかげで助かった。だから落ち着け」
そう言いながら、[メンタルキュア]を掛ける。
「無事なの? ホント? グズッ、良かったよぉ、ラングリードさまぁ」
ようやく落ち着いたリュムが、安堵の声とともに涙を流す。
「それより、お前は大丈夫なのか? 背中は痛くないのか?」
[ライトヒール]で何とかなるような傷じゃない気がするのだが、1度掛けただけで血が止まっているし、痛がる素振りもない。
俺はリュムの背中の傷を見ようとして、気付く。……背負われたリュックに。
「うん、チクッとしたけど、もう痛くない。すごいね、ラングリード様の魔法」
「……いや、リュック下ろしてみろ」
『?』 リュムは小首を傾げながら、背中に背負ったリュックを下ろし、中を確かめる。
「……あ~、穴あいてるぅ‼ ラングリード様に作ってもらったリュックがぁ。えっ、水筒からお水漏れてるぅ」
再びパニックに陥るリュム。涙目通り越して泣き出しそうだ。
どうやら[紫電]で踏み込めなかったうえ、リュックに入れてあった、アカシヤっぽい木の水筒と革鎧が剣の勢いを削いだため、背中に達したのは、剣先だけだったようだ。
まったく、こいつはどんな悪運してるんだか。全身の力が抜けていく。
その時、リュムが慌てて叫ぶ。
「ラングリード様、魔法! 速く回復魔法で治して!」
「いや、回復魔法で水筒は直らないから。心配スるナ、水筒はまた作ってやるよ」
「ちがうよっ、右手! ラングリード様の右手、血がいっぱい出てる!」
ああ、忘れてた。右腕、刺されたんだった。気付いたら急に痛くなってきた。回復する。
俺の傷が治ったのを確認してから、リュムが申し訳なさそうに俺に謝る。何かと想えば、せっかく造ってもらったリュックと水筒がダメになった事に責任を感じているらしい。
「何を言ってるんだ。お前がいなかったら俺は死んでたかもしれないんだ。本当に助かった、本当によくやってくれた。感謝するよ」
……本当は逃げて欲しかった。今回は運が良かったが、次はどうなるかわからない。あの場面は、どう考えても俺が時間を稼いでる間に、全力で逃げるところだろう。だが、それを言える程俺は恥知らずでもないしな。
「うん。ラングリード様が無事でよかった。ちゃんと従者できたかな?」
「ああ、お前は立派な従者だよ。でも次は無理するんじゃないぞ。リュックと水筒は後で直してやるからな」
リュムの頭を撫ぜながら立ち上がり、剣を拾い上げ鞘に戻す。
まだ恨めしげに水筒を眺めているリュムを残し、俺は倒した敵に近付き、[鑑定]を使う。
今回は完全にミスった。これからは初見の敵は接近させる前に見ておかないとな。
名前:ゲロル 種族:ダークゴブリン 性別:男 年齢:22歳 ジョブ:[剣士Lv.21] スキル:[剣術A] 魔法:[闇A]
……ゲロル? ネームドってやつか? それよりも注目すべきはジョブがあることだ。いや、魔獣ならともかく、魔人なら不思議はないか。剣術A、俺より格上だ。よく勝てたな。いや、リュムのおかげか、独りなら死んでたな。
足元に落ちているショートソードを眺めていると、
「あれっ」
呟いて尻もちをつくリュム。首を振って立ち上がろうとするが、また座り込む。
「どうした? どこか痛いのか?」
問いかけるが、よくわからない、という感じで小首を傾げていたリュムは、突然口を抑えて下を向き、そして……吐いた。
「おい、どうした? しっかりしろ」
顔を蒼白にして震えているリュムに駆け寄る。どう見ても尋常ではない。これはどういう事だ? そうだ、[鑑定]してみれば……、ダメだ。リュムはなぜか鑑定できないんだった。
どうする? そうだアレクサンドラに……、そこまで考えて、ふと地面に転がるショートソードが目に入った。
藁にも縋る気持ちで鑑定する。
魔鋼鉄のショートソード [毒付加] ……毒? これか!
俺は間髪入れず[アンチドート]を掛ける。
とある人気RPGでは、[どく]はHP1にはなるが、決して死なないので、どうも毒を軽視しがちだが、現実的に毒はアカン! 普通に死ぬだろ。ましてや体力の低い子供だ。一刻の猶予もない。間に合え!
「ハァ、ハァ、ハァ、……。あれっ、なんか、なおったぁ! もう大丈夫みたい」
ふぅ、大事には至らなかったようだ。一気に顔色が良くなったリュムに[ウォッシュ]を掛け、血と吐瀉物をキレイにしてやる。
それにしても、武器の鑑定も大事なんだな。
また1つ、お利口さんになった俺は、自分にも[ウォッシュ]をかけていると、手を引かれる。
「早く、ラングリード様の毒も治さないと!」
リュムがまくし立てる。
ああ、そうだった。俺も毒に……? って何ともないぞ? と思ったが直ぐに思い出す。[女神の茶飲み友達]の加護に、[毒無効]とかいうのがあったのを。何か、その他スキルのように考えてたが、[毒無効]って無茶苦茶有用なスキルじゃないか! 女神様、愛してるぜ!
って事で、泣きそうな顔で俺を急き立てるリュムを落ち着かせ、説明する。
「あのな、俺毒が効かないみたいなんだ。昔、女神と仲良くなってな、それで毒が効かない体質にしてもらったんだ。どうだ? ズルいだろっ」
精一杯の悪人面で言ってやる。
「……うん、ズルい。でもズルい方がいい。ラングリード様はいっぱいズルしていいから。だから、……だからね、……」
また涙を浮かべるリュムの頭をくしゃくしゃにしてやる。
この子の純粋な想いに、私を滅した献身に、俺はどう応えてやればいいのだろうか? 俺はいつか、ちゃんと報いてやれるのだろうか?
……いや、こいつはそんなこと望んじゃいなかったな。傍にいたい、一緒に行きたい、そんな些細な事がこいつの心からの望みだったんだからな。
それに、俺の一の家臣、いやおヨメさんになるとかぬかしてたしな……。
まあいい、好きにさせてやるさ。それでこいつが笑ってくれるなら。もう、こいつの涙を見ないで済むのなら……。




