第2話 初めてのダンジョン
翌朝、リュムサンはご機嫌斜めであった。どうも無理矢理散髪したり、ブラッシングしたのがお気に召さなかったようだ。
ちなみに、髪の毛は以前のボサボサ髪が信じられないくらい綺麗なストレートヘアになっており、尻尾もフサフサだ。色も灰色だったのに、どちらかというと銀色に近く光沢も出ている。何か小汚い犬拾ってきて風呂で洗ったら、実は高級犬種だった、みたいな感じだな。
リュムはしばらくムスッとしていたが、綺麗になったと褒めてやると、まんざらでもない表情を浮かべ、ハッとしてまた仏頂面に戻る、ってのを繰り返している。まったく面倒臭いヤツだ。
やむを得ない、ここは奥の手を使うしかないな。
実は魔王城から持ってきた食料の中にパンがある。だがこの世界のパンは、俺が日頃から食べていたような、フワフワやモッチリ食感な物じゃなく、ボソボソだったり、顎が鍛えられるような固さの物が一般的で、スープにでも浸けないと食べれたもんじゃない。
だが中にはそれなりの物も含まれていた。いわゆる高級品である。それを少しだけ貰ってきている。貰ったんだよ、くすねて来たんじゃないからね。そこんとこ勘違いしないように!
それを即席竈で焼いてやる。そしてここからが勝負だ! 俺は食糧庫の最奥から見つけ出した小瓶を取り出す。
とある大木の樹液らしい。味はメープルシロップそのものだ。こいつをたっぷり塗って出来上がりだ。
さらにこっそり作ってた、梨のシロップ漬けも添えてやる。これでどうだ! これでダメならもう手はないんだが……。
どうだ? どうなんだ?
結論、リュムは見事に陥落した。トロけそうな笑顔でパクついている。チョロいな。
「こんなおいしいパン、初めて食べた。この甘い梨もおいしい♫ こんなの隠してたんだぁ。ズルい~」
隠してたんじゃない。食わす気が無かっただけだ。まあ、機嫌が直ったんならそれでよし。
朝食を終えた俺たちはダンジョンを目指す。俺たちにとって初めての本格的なダンジョンへの挑戦だ! 自然、雰囲気に緊張が混ざ……
「甘いパン♫ 甘い梨♫ 、梨は元から甘いけど~♫ パンは元々甘くない~♫」
……ざらなかった! なんだその歌。期待した俺がバカだった。
とか何とかやってる内に、ダンジョンの入口を見つける。崖のような岩壁に半径3mくらいの半円の穴がある。これがアレクサンドラが言ってたヤツだろう。場所もピッタリだしな。
そもそもダンジョンとは何か? 自然洞窟と何が違うのか? それは……。
古の昔、神々の勢力と魔王率いる魔族や悪魔たちの軍勢が、この世界の覇を競い、激しく戦った。世に言う【神魔大戦】である。これは言い換えれば、神界と魔界の領土争いであった。
結果、魔王軍は敗れ、勝利を納めた神々は魔界を併呑し、人間界へと造り変えていった。神話に語られる天地創造の一説である。そして人間の時代がやってくる。
だが、如何に神の力と言えども魔界の全てを造り変える事はできなかった。その現代に残った魔界の名残りこそが、魔境と呼ばれる領域、魔物が跳梁跋扈する島や深い森、そしてダンジョンである。
ここは他の場所とは比べ物にならない程魔素が濃く、魔物や魔人にとっては住みやすく、人間には生き辛い場所となった。当初は人間は魔境には近付かず、住み分けができていた。
しかし、増え続ける人間たちの心には、神々が見落としていた闇があった。【欲】である。
人はその数を増やすとともに、その欲望を肥大させていった。そんな彼らが魔境に目を付けるのに、然程時間は掛からなかった。魔物の素材に価値を見い出した人は、こぞって魔境を目指す。【冒険者】の誕生である。
さらに魔境には、神魔大戦で力尽き倒れた者たちの装備品や、今では製造法が失われた貴重なAFが宝として産出し、またそれを体内に取り込んだ魔物を倒せば得られる、という事に気付く。ゲームなんかの宝箱やドロップというやつだろう。
それは一攫千金を狙う冒険者たちの欲をさらに搔き立てていった。
アレクサンドラ先生の講義である。寝物語ではない。実に残念である。知的な美女とベッドの中でお勉強、いつか俺も……、コホンッ。
そんなダンジョンが、今目の前に……。恐怖と期待が入り混じる。いや、考えてみれば俺、魔王じゃん。って事はここって俺のテリトリー、ホームグラウンドなんじゃ? この世界における俺自身の存在をどう捉えていいのか、いつかわかる日が来るんだろうか?
気付くと、リュムが俺を見上げている。いかんな、不安にさせてしまったか?
「よし、行くか。迷子にならないようにちゃんと付いて来るんだぞ!」
敢えて明るく言う。そんな俺の左手をリュムがグッと握ってくる。やはり怖がらせてしまったか?
「怖いの? 手握っててあげるね。大丈夫、いっしょだから怖くないよ……」
『ゴンっ!』 寝惚けた事をぬかすポチ公の頭に拳骨を落とす。
「もう二度と手は繋がん! お前は一生手ぶらでスキーだ」
「わわっ、やだ、えっとまちがえた。その、滑ると危ないから手繋ぎたい」
今更遅いわ! それにダンジョンって手繋いで歩くような所でもないだろ。場所弁えろっての。バカやってないでさっさと入ろう。
こいつ連れてから、どうもシリアスが続かないな。
入口を入ってすぐに[ライティング]を使う。リュムには暗視スキルがないからな。おお、歩くと光玉も付いて来る。便利だ、松明を持つ必要がないのは助かるな。
クネクネとした一本道を20mくらい進むと、ちょっとした広間に出る。その奥に下り階段が見える。他は特に何もないようだ。頷き合って、地下を目指す。
下り口から下を伺うが光は階下まで届いていない。何の音や気配も感じない。不気味だ。先に下りようとしたリュムを止め、俺が先に行く。身長差を考えると、俺が後ろからサポートするのがセオリーなんだろうけどな……。いずれそういったフォーメーションが組めるといいな。
地下1の探索を始める。少し進んだ所で前方からの気配に足を止める。背後のリュムも気付いたようで、俺から少し距離を取るのがわかる。廊下の幅は3m程度か、俺たちが並んで戦うには狭すぎる。賢明な判断だろう。
さて、何がでるかな? 俺は剣の鞘に左手を沿える。
廊下の先、5m辺り、右に曲がる角から姿を現したのは、なんと、ゴブリンだった。
……いや、いいんだけどさ。こんだけ勿体付けてゴブリン? しかも平社員3名だけ。部長、いやホブゴブリンもいない。剣を抜く構えで待ってた俺の立場は? ……[紫電] 、はい終わり。
「はい、先進みますよ~。ガンガン行こうぜ!」 緊張してたのがバカみたいだ。
俺たちはザコゴブリンをサクサク倒しながら、迷宮探索を楽しんでいった。
地下1は2時間程度で回りきる。下り階段は早々に見つけていたが、フロア全体を探索し終えてから次の階に進むのはダンジョン攻略の基本だろう。RPGじゃないんだよ! っという突っ込みが聞こえてきそうだが、今はまだ余裕あるしね、いいじゃん。
結局この階にはゴブリンしかいなかったので、リュムの独壇場だった。俺はランクの低い魔法を重点的に使ってそれをサポートしていく。
魔法ランクを満遍なく上げるのは、特徴のないキャラになるため、得意や使い勝手のいい魔法を重点的に上げるのが基本だと思うが、基礎魔法はちゃんと上げておかないと上位魔法や複合魔法を覚えられないからね。今は辛抱だ。
さて、この勢いで地下2を目指そう。特に怪我も損耗もないしな。
地下2に下りて探索していく。このフロアもゴブリンがメインだが、時々ホブゴブリンを連れている。いや、ホブがザコを連れているのか? どちらにしろデカいのは俺の獲物だが、もはや敵ではない。
何も考えずに魔法を使っていたが、ふと考える。こんな閉鎖空間で派手に火とか使っていいのか? 酸欠とかにならないだろうな? それに水魔法で地盤が緩むとか……、考えたら怖くなる。まあ、魔法で出した火が酸素を使って燃焼しているのかも不明だ。そもそも前世界の物理や化学常識が通用するのか? それにダンジョンが洞窟のように自然構造しているかもわからんし、いつか試して解明しよう。それまではなるべく風、土、雷撃で済ますか。
そう考えると、火魔法ってのは、基本に想えて意外に使いどころが少ないな。気を付けよう。
地下2をクリアする頃には、リュムもホブゴブリンを一対一なら倒せるようになっている。ホント子供って成長速いよね。小さなリュムが倍はある魔物を華麗に翻弄し倒していく姿は美しくもある。そろそろ庇護対象から相棒に昇格しそうだな。
そういやPTとか組むと何か特典があったような。どうやって組むんだPTって?
こんな時は、アレクサンドラ in the shell に頼ろう。俺は久々にアレクサンドラ先生に呼びかける。
先生によると、本来PTを組むには、冒険者ギルドで専用のAFを使うそうなのだが、俺は魔王特権で自由にPTが組めるらしい。これってバレたらギルドから訴えられるんじゃないか? 最重要機密認定しておこう。
よし、早速……っと想ったら、但し今の魔王レベルでは行えません、とのことだった。最低でもレベル3は必要らしい。頑張ってレベル上げしよう。
という事で、地下3へ向かう。そもそもここって何階まであるんだ? あんまり気軽に先生に聞くのもな。よし、それを見極めるのも今回の目標にしよう。100階とかじゃないといいな。
このダンジョンがABYSSじゃないことを願いつつ、俺たちは地下3を探索する。広さも見た感じも今までと大して変わらない。だがホブゴブリンの数が確実に増えている。そしてさらに上位種が現れた。
背はホブゴブリン並みだが、それ程ゴツくはない。全身は黒く凶悪な顔貌をしている。持っているのは、ショートソードだろうか? 見るからに危険だ。
リュムをさがらせ、剣を構える。間合いを探りながら[鑑定]を使う。
だが、こいつはそれ程甘い相手ではなかった。俺はゴブリンを舐めていた事を激しく後悔することになる……。




