第1話 Journey with WA・N・KO
深い山の中を俺は進んでいる。左手には小さな手を引いて。手を引かれた子犬はキョロキョロと周囲を警戒している。子犬といってもただの犬じゃない、何と獣人の子供だ。本物の子犬の手、いや前足引っ張って歩いてたら、動物愛護協会に通報されるわ!
鬼畜だな。俺は鬼畜ではない、魔王だ。いや魔王なら鬼畜なのか? 違うな。俺は魔王である前に一人の紳士だからな。紳士の中の魔王、魔王の中の紳士か? う~ん、悩ましいところだ。
ふと気付くと、隣を歩いていたリュムが俺の顔を見上げ、不思議そうな顔をしている。そして何かを納得したように、一つ頷き前を向いた。
「オイ、お前今何を納得した?」
リュムを拾い、ともにレベル上げの旅を始めて、そろそろ1ヵ月になる。こいつはどうも最近俺の本性に気付き始めたというか、俺の扱いを覚えてきたというか。どうも魔王としての威厳を失いつつある気がする。早急に何とかしないと手遅れになる気がしてならない……。
「なあ、お前ちょっと背が延びたか? 手も若干大きくなってる気がするが……」
「うん? そうなの? よくわかんない」
立ち止まらせて、よく観察する。じ~と見ていると、何かモジモジし始めた。
やはり背が伸びたようだ。服も防具もパツンパツンになってきてるな。さすがに成長が速いな。今日は早々に切り上げて、何とかするか。
その後、魔獣を10体程狩ってから、今夜の寝床を決める。この頃には俺の[アースマニピュレート]もかなり上達し、地面を平らに均したり、簡易な土壁で寝床の周囲を囲ったりできるようになっていた。
俺もリュムも敵感知能力は高いので、この辺りにいる魔物くらいなら、近付けば寝ていても気が付くが、やはり囲いがあると安心できる。
夕食を終え、リュムは好物の梨を齧っている。残りの数が減ってきたのが気がかりらしい。梨の木は城の近くにしか無かったからな。それでも来る時にかなり採取したので、まだ20個くらいは残ってるんだが、これが無くなったら一度城に戻るか。
俺の自室と風呂は好きに使っていい事になっているし、食料も勝手に持って行っていいと許可は取ってあるからな。
さて、やるべき事をやるか。
「おいリュム、防具を脱げ。あと服とズボンもな」
「……? ハッ、やっぱり、ガバァって」
「しねぇよ! 防具も服も、もう身体に合ってないだろ。調整するからさっさと脱げ」
「うう、大丈夫。ちゃんと着れるから……」
「成長期に小さい服着てると身体に悪いんだよ。それに合ってない防具はむしろ有害だ。いいからさっさと脱げ! でなきゃ無理矢理脱がすぞ。泣いてもやめないからな!」
ここだけ切り取られたら、通報間違いなしってこと言ってるな、俺。気を付けよう。
防具と服を脱いで、ブランケットにくるまっているリュム。恨めしそうにこっちを見ている。無視だ、無視!
さてと、まずは服からだが、だいぶ涼しくなってきてるしな。俺は[次元収納]の中から、貯めこんである魔物の毛皮や城から持ってきた布切れなんかを取り出す。
そして[創造錬金]で服を作っていく。こいつはインナーシャツどころかパンツも持ってなかったからな。シャツ、パンツ、靴下を作ってみて、とりあえず着させる。
うん、ちょっと大きいかもだが、すぐに身体が追い付くだろう。
どうもこの世界では、上流階級でもない限り、子供がパンツや靴下を履くことはないらしく、リュムは遠慮しながらも喜んでいた。替え用にあと2枚ずつ作っておく。
アウターに毛皮はまだ暑いだろうから、少し厚めの布で作る。うん、なかなかいい感じだ。早速着せる。ガキのくせにブランケットで身体を隠していたリュムは、ちゃんと服を着てご満悦だ。
その後は防具に移る。帽子やグローブは少し大きくして、内側にラビットトードの毛皮を組み込む。防御力と防寒が上がっただろう。
鎧とブーツは城から持ってきた俺の鎧と同じ革を使った、壊れた革鎧を材料に、新しい革鎧とブーツを作ってみた。できるだけ動きを阻害しないように、肩や腰周りに余裕を持たせた物だ。
今まで着けていた革のベストとは大違いの、ちゃんとした物ができている。これ、売れるんじゃないか? いずれ商売とか始めるのもいいかもしれない。
[創造錬金]の利点は、作った後で微調整がきくとこだ。だから作る時にあまり悩まなくていい。とりあえず作っちまえる。
調整はそれからだ。特にブーツの調整には気を使う。なんせリュムの戦闘スタイルはヒットアンドアウェイだ。走り回り動き回ってなんぼだ。足に合っていないブーツで転んだりしたらそこで終わりだからな。
よし、こんなもんか。
「どうだ、リュム? 痛い所や動きにくい所はないか? ここで遠慮しても意味ないぞ」
「うん、大丈夫。すごく動きやすい。服もスースーしなくて暖かい」
スースーしてたのかよ。まったく、変なとこ遠慮するからな、こいつは。
この1ヵ月というもの、俺たちはひたすら魔物を倒し続けた。まずはリュムのレベル上げを主目的に狩場を選び、俺が数を減らしてからリュムが残りを倒していく。
時々出現する強敵は俺が魔法やスキルを駆使して倒していく。俺のレベルもだいぶ上がっている。こんな感じだ。
名前:ラングリード 種族:魔王 性別:男 年齢:0歳 ジョブ:[剣士Lv.15][魔王Lv.2] スキル:[次元収納][紫電][創造錬金][剣術B] 魔法:[火B][水B][風C][土B][光C][闇C][雷撃C][治癒C] 称号:[次元超越者][女神の茶飲み友達][魔王継承者]
ってな感じだ。遂に魔王ジョブがレベルアップした。ホントに上がったよ。だからと言って特に何かが変わった感じはしないが、やっぱりうれしいもんだ。そして剣術を覚えている。アレクサンドラによると、剣士ジョブはLv.5で[剣術D]を覚え、その後Lv.5ごとにランクが上がり、Lv.30で上位ジョブを獲得するとのことだ。
剣術を得てから、剣技が一気に上達したと自覚できた。さすがスキルのある世界だ。異世界はこうでなくてはね。
リュムのステータスは相変わらず視れない。どういう理由かさっぱりわからんが、この話をするとリュムが申し訳なさそうな顔をするので、できるだけ触れないようにしている。
最後に二人で武器の手入れをする。俺のバスタードソードは[自己修復D]が付いているので血や脂による切れ味の低下はないが、定期的なメンテナンスは欠かせない。なにせ命を預ける相棒だからな。リュムも愛用のナイフを布で磨いている。研ぎは俺がしてやっているが、油と布での手入れは覚えさせた。こいつは何でも小器用にこなすし、覚えもいいので指導が実に楽だ。
一通り終えると、[ウォッシュ]で身体をキレイにする。そして一息ついた。
これで現状、防具も武器も整った。食料も充分に用意されている。焼いた肉も煮た粥も固いパンも[次元収納]にばっちりだ。水は魔法で出せるので、これで二週間は余裕でダンジョンに潜れる。明日は遂に初めてのダンジョン攻略である。
いや、あれは違うよ。通り過ぎただけだからね。ノーカンだよノーカン。
実は城を出る時、アレクサンドラから初心者向けのダンジョンがこの山にあると教えられていたんだ。大したトラップもないし、敵もそこそこなのしか出て来ないので、ダンジョンに慣れるには調度よい、とのことである。
明日に備えて料理も少しずつ貯めてきたしね。作った尻から食べてくワンコには困らされたけど……。
そんな事を考えながら、リュムを見る。相変わらず髪の毛がボサボサだ。あれでよく見えるもんだな。
「リュム、ちょっと来い。最後の仕上げだ」
「ん? 何するの?」
とテトテと近付いてくるワンコ。フフッ、かかったな!
俺はリュムを捕まえると、前に座らせる。そして、隠し持っていたダガーを見せる。
「これからその鬱陶しい髪の毛をバッサリやります。やるんです。危ないから動くなよ」
「えっ、やだ、鬱陶しくないもん。このままでいいよ」
「良くありません。既に決まった事です。やると言ったらやるんです」
わーわー騒ぐリュムを無視して、髪の毛をバッサリやる。[剣術B]の剣裁きをナメてもらっては困る。
とか何とかやってる内に、子犬のボサ髪は既にいい感じに短くなっている。後ろ髪は軽く背中に架かる程度、前髪はちゃんと目が出せるように切った。これから段々寒くなるってのに、急に短くしすぎると風邪ひいたら困るからね。まあ、こんなもんだろ。
ちなみに毛を梳くような技術は俺にはない。理容師じゃないんだから仕方ないだろ。
後はブラッシングだ。フフフ、実はこの日のために、いろいろな素材を試して、なかなかのブラシを作っておいたのだ。仕掛けて仕損じなし! 俺の策に隙はないぜ。
最初は抵抗しようと、わたわたしていたリュムも、観念したのか大人しくなったので、ブラシで丁寧に梳いていく。ん? 意外に柔らかい毛だな。それにボサボサだったのに、ちゃんと梳くとストレートヘアになった。いや、俺は詳しくないから、厳密にストレートかどうかはわからんが。
リュムは気持ちいいのか、身体の力を抜き、身を任せてきている。その内眠いのか、俺の膝に寝転んで成すがままになっている。
今だ! 俺はその隙を逃さず、真の目的に着手する。つまり、髪の毛は囮だ。真の狙いは、当然[尻尾]である。この毛が絡んでボサボサになっている尻尾をフサフサのモフモフにするのが本日の真の目的である。
うつらうつらしているリュムの尻尾に軽やかにブラシを通す。絡んだけに引っかからないように、丁寧に梳いていく。リュムは(フニャウ、ハニャン) とか妙な声を出しているが、抵抗はみせない。よしよし、その調子で大人しくしてろよ。
俺は徐々(じょじょ)にフサっていく尻尾をなお丹念にブラッシングする。
「フニャァ、ワフゥ、ニュワフゥ」
何か、どんどん変な声が出てくる。うんうん、ブラッシングは気持ちいいよな。昔飼ってた愛犬もブラッシングするとこんなになってた。
リュムはマタタビもらった猫みたいにフニャフニャになっている。空にはリュムの出したムーンライトが優しい銀光を湛えていた。
この時の俺は、まだ知らなかったんだ。獣人にとって、尻尾を他人に好きにさせる、という事が、どんな意味を持つのかということを……。まあ、今更だな。




