最終話 大きくなったら……
リュムの額を汗が流れ落ちる。膝がガクガクと笑い、握りしめたナイフは左右にブレ続けている。ゴクリっと何度目かの生唾を飲み込み、泣きそうになるのを必死に堪えていた。
「いっ一の家臣だもん。カッコいい従者になるんだもん。ラングリード様に、よくやったって褒めてもらうんだ! だから、だから恐くないんだ! じゃなきゃ、また一人になっちゃう。もう一人はイヤだ! ラングリード様に着いて行くんだ」
歯の噛み合わない口で小さく呟く。でも恐怖は消えてくれない。
今、リュムはフォレストドッグと対峙していた。周囲の森は燃え盛り、火の粉が空から降ってくる。辺りには何体ものフォレストドッグの焼け焦げた死体が転がっている。
なぜこんな事になってしまったのか? 今はそんな事はどうでもいい。
……だから、どうでもいいんだよ! ……何だよ、悪かったよ! 全部俺のせいだよ!
これには深いわけがある。長いから聴きたくないよな?
わかったよ。話せばいいんだろ、話せば!
……もはやラビットトードでは勝負にならなくなったリュムを次の段階に進ませるため、俺たちはリュムを助けた岩場からさらに奥へと森を進んで行った。勿論狙いはフォレストドッグだ。リュムには速めにトラウマを解消させてやりたかった。こういうのは時間が経てば経つ程、傷が深くなっていくからな。
そして、ようやく見つけたヤツらの群れは、15体いた。いや、多いって!
全く空気を読まない魔獣たちに怯えるリュム。このままではトラウマがさらに大きくなってしまう。そこで慈愛の人である俺がこの場を解決するために……だな、つい思わず、[ファイアボール]! って……。
いや、あのね。火魔法がCになって、[ファイアボール]を覚えてたのは気付いてたんだよ。でも使う機会がなくて、ぶっつけ本番で連発したら、森がえらい事に……。
そういう事って、……あるよね!
でも、ちゃんと予定通り、1体だけ残して全部倒したよ。俺、凄いでしょ? ……ごめんなさい。
[アクアショット]じゃ消しきれないよな。他に火を消す魔法は?
そっそうか、火をもって火を防ぐ。確かそんな計略をどこかで……。よし、[ファイアボール]って、アホか俺は。森が全焼するわ!
このままだとリュムも火に巻かれる。そう思った時だった。
『グァルゥ!』 という咆哮とともに、魔獣がリュムに跳び掛かった。そのアギトは正確にリュムの頭を狙っている。
「躱せ、リュム!」
思わず叫ぶ俺。しかし、リュムは微動だにしない。恐怖で硬直しているのか?
リュムの小さな頭が巨大な牙に粉砕された‼
そう思った刹那、リュムの姿がブレた。
「‼」
……リュムの姿は消え、標的を失った魔獣の首からは、鮮血が散っていた。
何が起こった? リュムはどこに? その瞬間、今度は魔獣の後ろ足から血が跳ぶ。すかさず振り向いた魔獣は、敵を見つけられず狼狽えている。
次は右胴、そして左目。魔獣の身体に次々と傷が刻まれ、その全身を鮮血が染めていく。
「動きをよく見る。躱す。死角に回る。隙を狙う。すぐに動く。死角へ回る。刺す……」
リュムはブツブツと呟きながら、魔獣の周りを動き回っていた。
魔獣はリュムの姿をまるで捉えられていない。なぜ自分が傷ついていくのかすら、理解できていないだろう。
徐々に動きが鈍くなっていく。遂には立っているのがやっととなってしまった。
リュムのナイフは、それを見逃さない。動きの止まった魔獣の首を、深々と斬り裂いた。舞い散る大量の深紅の花弁。そして巨体が崩れ落ちる。魔獣でも頸動脈は急所だったらしいな。
俺は、そのどこか幻想的で美しくもある光景を、声も出せずに眺めていた。
そんな俺の元に、全身を鮮血に染めたリュムがゆっくりと歩いてくる。
「ラングリード様、やったよ。倒した。教えてもらった通り倒したよ。ちゃんとできたよね。ちゃんと従者しました。だから——」
「よくやった! ちゃんと見てたぞ、一の家臣の戦いぶりを。お前は俺の自慢の従者だ。本当に無事でよかった」
頭をぐしゃぐしゃに撫ぜてやる。セットが乱れる? 知るかっ!
目を細め、俺を見上げるリュム。炎に照らされたその表情は、どこか妖艶で……。
「すごく燃えてるけど……、どうするの?」
……そうだった! こんな事してる場合じゃない。俺はステータスウインドウを探す。そして気付いた。水魔法がBに上がっていた。そして[アクアストリーム]、これだ! 迷う間もなく、覚えたての水流魔法を唱えまくる。
ようやく鎮火した森、荒い息をつく俺。
「どうだ、やったぞ!」
振り向いた先では、リュムが梨を齧りながら、鼻歌まじりに倒した魔獣を解体していた。
……もしかして俺は、とんでもないモンスターを作り出してしまったのではなかろうか?
◇ ◇ ◇
今、俺はリュムの手を引き、魔王城へ向かっている。魔王からの呼び出しがあったからだ。なぜ手を繋いでいるのか? なぜだろうな、気付いたら繋いでいた。
呼び出しの理由は全くわからない、……はずがない。溜息が出る。どうしたものかな?
城に着いたところで自室に向かう。リュムは俺の家臣ということで、入城は許可されたが、この部屋以外を一人でうろつく事は禁止されている。リュムはそこでお留守番だ。
で、魔王と対峙する俺。雰囲気がもう、説教モードだ。この歳で叱られるのは正直キツいんだよなぁ。
「で、貴様はどうするつもりだ? 子供が欲しいなら女を抱けばよかろう。魔王となった貴様はどんな種族の雌でも好きなように孕ませられるのだからな」
何それ、魔王ってそんな事もできるの? それってもう魔王じゃん! いや、そのまんまか。
「珍しい子供が、この領域に紛れ込んでおったのは知っていたが、無害かと放置しておったのだが、まさか貴様が拾い上げるとはな」
「子犬が死にかけてたからな。まあ、成り行きと言うか、何と言うか。それにまだステータスウインドウも見れないくらい衰弱してるみたいだし、放っておいて何かあったら……」
「あれのどこが子犬だ? 衰弱とはな。見事に化かされおって、この未熟者が」
「化かされたって、狐や狸じゃあるまいし。猫も化かすのか? 恐いな」
「フン、狐狸の類より厄介かもしれんぞ、かの一族はな……」
結局、食料の補給をして、俺たちは城を立った。リュムの防具をっと思ったが、(魔王城に子供のおもちゃなどあるものか!) と一喝された。
そのまま、より強い魔物のいる領域へ向かう。
「そやつの事は貴様が決めろ」
とのお達しだ。魔王としての道に、足手まといが何を意味するのかをよく考えろ、と。
だが最後に、(まったく、貴様の紡ぐ因果とは……、見ていて飽きぬわ) などと、遠い目で言われた。相変わらず、こちらの理解を全く考慮しない奴だ。
「子犬を捨てるなら城に置いて行け。記憶を消して、獣人の里にでも置いてきてやる。連れて行くなら、自分で責任を取れ」
だと、途中で捨てるくらいなら最初から拾ったりしねぇよ。
何かを拾い上げたら重いに決まっている。拾った時のテンションが過ぎれば急に重たくなるもんだ。だからってそこで捨てられるほど、俺はドライでも利口でもないんだよ。それによ、重い荷物ほど、それを無くした時の喪失感は計り知れないんだ。そのくらいは大人やってたら誰でも知ってることだ。
結局、俺は元世界でも異世界でも、利口には生きられない運命らしいな。いや、運命じゃなくて、ただの性分か。まったく俺ってヤツは……。
◇ ◇ ◇
森に入って、最初に現れたのは、待ってましたのゴブリンだった。いや、誰も待ってないけどさ。普通もっと序盤で出て来ないか?
強さはマッシュルンとラビットトードの間くらいか。ただ、人型でボロ布をまとって、朽ちた短剣を持っている。そのせいかリュムは変に恐がっている。
まあ、わかる気はする。明らかな武器持ってると、怖いよな。速く慣れさせないと。
ゴブさんの中には、時々妙にデカいのが混じってる。鑑定すると、ホブゴブリン:HP75/75 ゴブリンの上位種 とでた。まあゴブリンがいれば普通いるよね。
リュムの3倍くらいある。さすがにこいつには荷が重いか。だが、できるだけ戦闘はさせないと、いつまでも先に進めない。なるべく、トドメぐらいはさせとくか。
瀕死のホブゴブリンの喉にナイフを突き立て、トドメを刺した……、までは良かったんだが、余程恐かったのか、声を殺して泣いているリュム。まあ、動きはサマになって来ているし、後は慣れと自信なんだが、子供にそれは酷ってもんか?
まぁ今は褒めておく事にする。こいつは、とりあえず飯を食えば元気になるしな。さっさと野宿の準備をして、晩飯にするか。
今夜は何を作ろうかな? こいつは何でもうまそうに食うからな、作り甲斐があるってもんだ。
◇ ◇ ◇
魔王城の一室。
「行ったか。結局、手を取ったようだな、あやつは」
「はい、ともに歩む事を選ばれたようです。苦難の道となりましょう。これも絡めたカルマゆえでしょうか?」
「盛大に勘違いしておるようだがな。子犬とはまったく、楽しませてくれる奴よ」
「心根のお優しい方ですから。フフフ、少し妬けてしまいます」
「それにしても、よもや幻狼族が生き残っていようとはな。そしてそれを臣に加えたか。さて、これは奴と幻狼の末裔、どちらの因果かな? 因果は紡ぐ、二つの世界のカルマを絡めて……」
◇ ◇ ◇
山の小川の畔にて……。
腹が膨れたリュムは、すっかり泣きやんでいた。まったく現金なものだ。
「なあリュム、お前は将来どうしたいんだ? 俺とともにいれば当然戦いの連続になるぞ。それでもいいのか? いつ命を落とすかわからないんだぞ」
「……うん、死ぬのは怖いよ。でも一人ぼっちはもっと怖い。一人ぼっちで生きてくくらいなら、例え死んでも、ご主人様と一緒がいい!」
きっぱりと言い切るリュム。……こいつはまったく。だが、理解できないわけじゃない。孤独の恐怖が死の恐怖より下だなどとは誰にも言わせない。真の孤独ってのは、人の心を、いろんな感情を、破壊していくもんだ。自分が自分でなくなる、どころか人ですらなくなっていくような錯覚にすら捕らわれるもんだからな。
「……家臣だから、ご主人様の従者だから、いつか大きくなったら、強くなって、ご主人様を守るんだ!」
瞳に決意を映し、グッと拳を固める子犬。
「そして、……そして、いつか立派なご主人様の、おヨメさん、になります!」
「……はい? オヨメサン?」
凄いな異世界。現代日本より遥かに進んでる。同性婚ありの世界だったとは。それとも獣人の文化か? いや、こいつの妄言を真に受けてはいけない。
「お前は何を言い出すんだ。どこから出て来た、その発想は?」
「うん、だって従者ってご主人様の傍にいて、身の回りの押せわをするお仕事なんでしょ? お隣のお姉さんから教えてもらったもん。大好きな人の傍で身の回りのお世話をするのが、おヨメさんだって。だから、大きくなったらご主人様のおヨメさんになります。ご主人様の、一のおヨメさんに!」
瞳が輝いている。未来を見据えた表情で、宣言するリュム。こいつは、本気と書いて【マジ】と読ますあれだ。
「だから、だからね、大きくなるまで……待っててね」
……、はぁ、もうどうでもいいや。好きにしてくれ! 一のって何だ、俺は何人、嫁を取る事になるんだか……。魔王の未来は前途多難で楽しそうだな。
第二章 魔王誕生 fine
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸甚です。ブックマーク登録、及び評価、感想などを頂けましたら、今後の執筆の励みとなります。何卒よろしくお願い致します。
第三章 予告
遂に魔王になった俺。だが、その直後、何の因果か、子犬を拾うことに……。
拾った子犬を従者にした俺は、レベル上げのため、魔境を彷徨う事になる。そして、より強い魔物を求めてダンジョン攻略を開始する俺たち。
苦難の果て、俺と成長した(?)リュムくんを待つものは……。
魔王の名を継ぐ者 第三章 [魔境彷徨] 近日掲載。
待て、而して希望せよ!




