第13話 子犬のワルツ
目が覚めると、まだ薄暗い早朝だった。リュムはまだ寝息を立てている。ズレたブランケットをかけ直してやり、俺が使ってたブランケットをたたんで枕にして横にさせる。そして少し離れた場所で素振りをしながら昨夜の会話を思い出していた。
拙い話で細かい所はよくわからんが、概ねこんな話だった。
リュムの家族は山の中の小さな村で暮らしていたらしい。ある日、そこに奴隷狩りがやってきた。この世界の多くの国では、人間絶対至上主義が敷かれ、亜人や獣人は差別されており、奴隷として売り買いされているらしい。そしてどの国にも属さない少数部族や流浪の民は、奴隷ハンターたちの格好の獲物であった。
リュムは家族や村の大人たちとハンターから逃れ、逃亡生活を続けていた。その中で、リュムの両親は、リュムを魔物から逃がすために囮となり戦って死んだそうだ。生き延びた村人たちもハンターや魔物に襲われ、次々と数を減らし、遂には一人になっていたと。
それからどこをどう逃げ回ったのか覚えていない。気付いたらあの岩場に辿り着き、あの岩の隙間に隠れて暮らしていたそうだ。どのくらいの期間そこにいたのかはわからない。食べ物は近くの川で魚を捕ったり、食べられる草やトカゲなんかを捕まえて食べていたと。梨モドキの生える林は、ラビットトードの縄張りで近付けなかったんだそうだ。
そしてそこに俺が現れた。ハンターが追って来たと想い、穴の中で息を潜めていたが、俺が食ってる梨モドキの匂いがおいしそうで、思わず動いてしまったと。そして捕まると想い、伸ばされた手を噛んだんだそうだ。
なのに俺は逆に誤って、梨モドキを置いて行った。俺がいなくなってから、こいつは後悔した。ハンターや酷いことする人が、手を噛まれて怒りもしないで、逆に食べ物を分けてくれるはずがないと。あんなおいしい食べ物貰ったのに酷い事したのは自分のほうだった。ちゃんと謝りたい、そして助けてもらいたい。それで俺がまた戻って来ないか、何日も周囲をあちこち見回ってたが、そこをフォレストドッグに襲われたんだそうだ。
痛くて恐くて気を失ったが、誰かが呼ぶ声が聞こえて、目を覚ましたら俺がいた。戻って来てくれたんだとうれしかったって、あの時、微かに笑ったように見えたのは、そういうことだったのか。
見た目変わってただろう? と聞くと、匂いが一緒で黒いの目についてたからわかったそうだ。さすがはわんこ、鼻が効くな。
こいつは、この小さい身体で俺なんかよりずっと大変な思いをしてきたんだな。恐かったろう、寂しかったろうよ。いい大人の俺でも耐えかねたんだ、まったくたいしたガキだ、頭が下がる。
「あのぉ」
背後から声がして振り返る。そこにはリュムが立っていた。
「ああ、すまん。うるさくて起こしちまったか?」
素振りに夢中になって気付かなかった。いや、夢中になってたのは考え事か。
「ううんっ、うるさくなかった。……お腹空いた」
……なるほどな。俺は剣を鞘に戻すと、汗を拭う。って言っても[ウォッシュ]だが。
さっそく朝食の用意をする。昨日の粥の残りと、梨モドキで腹ごなしだ。
粥と梨モドキを交互にガツガツ食ってるリュム。朝からよく食うな。まあ、子犬ってのは成犬よりも食べるもんだしな。そして凄い勢いで、でかくなる。……こいつもスクスク育つのか? てか、こいつホントにいくつだ? 本人は知らないって言ってるし、俺の常識で判断するとえらい目に合うかもしれん。気を付けよう。
だが、ますます餌が必要だな。今日はまず、ラビットトード狩りでもするか。こいつの好物の梨モドキも採れるしな。
朝飯を食い終わって、改めてリュムを見る。小汚いな。主に髪と尻尾が。川で洗ってやろうかと思ったが、
「うわぁ、やめてぇ、助けてぇ」
とか騒がれた。人が聞いたら誤解するだろうが。まったく。ってか、もう元気なんだから[ウォッシュ]でもいいのか? そもそも弱ってたら使うのまずいってのも俺の勝手な思い込みだしな。考えてみたら使えない意味がわからん。そうと決まったら、よしやるか。
「おいリュム、川で洗うのはなしだ。魔法でキレイにする。仮にも魔王の従者が灰被りじゃ格好が付かんからな。文句は10年後くらいに気が向いたら聞いてやる」
「わわっそんなのズルい。やだっ、わーやめて、来ないで!」
やいやい、逃げ回るりゅむ。なんでそんなに嫌なんだ? まあ、犬ってのはわざわざ汚して、変な匂いを付けたがるもんだしな。臭くなければ無理に洗わなくてもいいか。フフフ、眠ってる間に……とかな。
とか企んでいると、逃げ回っていたリュムが意を決したように戻ってくる。
「もう、いいよ。きれいにしても大丈夫」
もうって何だ? 心の準備か? まあいい、早速キレイにする。
……あんまり変わらんな。確かに汚れは落ちたが、ボサボサの灰毛は健在だ。
それからリュムに防具を着ける。俺の鎧みたいのを作ろうと思ったが、今の俺では材料なしに物を作るのは無理らしい。皿やさじは木の枝から作ったしな。服の修復は出来たんだがな。
そこでフォレストドッグの死体から、焦げてない部分の皮を剥いで、それを材料に使う。[創造錬金]は、皮の鞣しもできるようだ。それでベストと帽子、グローブそしてブーツを造り、着せてみると、結構ピッタリだった。元々履いてた靴はもう原型すらとどめてなかったから、土に埋めた。
帽子は耳が出せるよう工夫している。まあ、穴開けただけだけどね。
リュムは嬉しそうに走り回ってる。転ぶなよ。
それから、予備のナイフを渡し、簡単な使い方を指導する。後は実戦でだな。
腰に据えたナイフを、大事そうに撫ぜながら、リュムはトコトコと、俺の後ろを着いてくる。まずは食料集めだ。ラビットトードはこいつには、ちと荷が重い。見学だな。
「よし、この林で狩りをする。お前は俺の傍を離れるなよ。魔獣が現れたら後ろに隠れているんだ。いいな」
「うんっ、隠れてる。気を付けてね」
という事で、一狩り行こうぜ!
木々の間から跳び出してくるウさガエルを斬り倒していく。最初見た時はかなり素早いと思ったが、今では動きが単調で、跳躍前にはタメもあるので何という事ない敵である。
襲ってくるのを一刀で斬り伏せていく。後ろではリュムが、(わーわー) 言いながら駆け回っている。落ち着きのない奴だ。じっとしてろ、鬱陶しい。
と、思ったら、(あっ、おいしいやつだぁ!) とか叫んでる。早速見つけたか、この食いしん坊め!
「それは敵を一掃してからだ。今は周囲を警戒してろ!」
「あ、はいっ。ケーカイ! ケーカイ!」
両手で口を抑えてキョロキョロし始めた。やれやれだ。
18体くらい片づけて打ち止めとなる。全て収納してから梨狩りだ。収納内の時間が止められるので、血抜きも後でいい。リュムがめを輝かせている。そんなに好きなのか?
「よし、梨モドキを採りまくれ! 但し、ちゃんと熟れたのだけだぞ」
(わーい!) とはしゃぐリュムだが、ピタリと動きを止める。……伸ばした手が全く届いていない。上を眺めて固まっているリュム。
涙を誘う光景だ。泣くなよ。
見るに見かねて背後から抱き上げてやる。(わーわー) 言いながら梨モドキをもぐリュム。お前は子供か! いや、子供だったな。
もいだ実を収納してから、今度は肩車にする。こうしないと俺の手が使えない。リュムが実をもぎ、俺がそれを収納する。もう100個くらい採っている。どんだけ採る気だよ。
放っておくとキリがないので、この辺でやめさせよう。
もぎたての梨モドキ、面倒臭いからこれからは梨にする、をご満悦で齧りながら歩くリュムを連れて、例のキノコのや、いや森に向かう。こいつのレベル上げにはここが最適だろう。というより、ここ以外に心当たりがない。亜種にさえ気を付ければ問題ないだろう。
森に入り、食べれるキノコを採取しながら進むと。真っ白いアイツが4体現れた。3体を[ウインドカッター]で仕留める。風魔法を全く使っていなかった事に、今気付いたんだよ。そして残った1体をリュムに任せる。
振り向くと、まだ梨食ってた。何やってんだか。
「リュム、早くナイフを抜け。アイツはお前が倒せ!」
「えっ、えっ、」
敵と俺を見比べながら、オロオロしているリュム。敵はもうすぐそこだ。
ったく仕方ないな。[ダークネス]をマッシュルンにかける。白いキノコマンは目の周りが黒い霧に覆われ、混乱している。まったく俺も過保護だよな。
ここに至ってようやく意を決したリュムが、ナイフを両手で構えて、敵に突進する。そして体ごとぶつかって行き、ナイフを相手の腹に深々と突き立てる。
……ナイフというより、ドスみたいな使い方だ。こいつは任侠の道に進む気か?
だが、マッシュルンは絶命する。シュウシュウと溶けだしたのを見て、驚いて尻餅をついているリュム。まぁ、初めて敵を倒したんなら仕方ないか。
「何やってる。武器から手を放すな。それに刃物は刺したらすぐに引き抜け。抜けなくなるし、反撃されたらどうするんだ」
「うう、あ、ごめんなさい。うわっ、溶けてる」
まあ、気持ち悪いわな。
それから残った菌糸を拾わせる。初めて倒した魔物から得た素材だ、うれしいものだろう。まあ、欲しくはないだろうけど……。食えないしな。
その後は順調だった。1度で慣れたのか、はたまた覚悟が決まったのか、一対一なら問題なくマッシュルンを倒していく。俺は専ら露払いと亜種担当だ。
数時間かけてリュムが20体くらい倒したところで、今日は終わりにする。初日としては、まあこんなもんだろう。[鑑定]できないから、どの程度レベルが上がったのかわからないが、戦う姿はサマになってきてる。
ちなみに俺は、剣士Lv.4、火、風、土、闇の魔法がそれぞれCに上がっていた。頑張って魔法で攻撃してたからな。頑張ればちゃんと結果が付いてくるのはうれしいもんだ。
[魔王Lv.1]は黙して語らず……。ホント上がるのか、これ?




