第12話 子連れ魔王 しとぴっちゃん
グ~という腹の虫と共にリュムが起きてくる。うん、腹が鳴るのはいい事だ。ちゃんと内臓が働いているからだからな。
小さな腹を摩りながら、上目遣いにこちらを見る子犬。
「晩飯にするか? ジュースだけじゃもたないだろ」
コクコクと首を縦に振るリュム。俺は[食糧庫A]から鍋を取り出す。
熱っ! 鍋が調理直後のように熱かった。グローブ着けてなかったら火傷してたな。これで[食糧庫A]
の時間が止まっているのが証明された。なんせ3時間は経ってるのに全く冷めてないからな。
これは凄い。って事は、魔物のうろつくダンジョン内で調理しなくても、作って入れておけば、いつでもどこでもアツアツの料理が食べられるって事だ。[次元収納]さまさまだな。
鍋からお粥を椀によそって、さじを付けて渡してやる。
ちなみに、椀やさじ、カップなどは[創造錬金]で作ってみた。城からは一人分しか持ってこなかったからね。
「ほら、熱いから冷ましながら、ゆっくり食えよ」
「あちっ、フーフー、はぶ、アチュチュ、はぐはぐ、おいひい。もぐもぐ、あひゅい」
ゆっくり食えって言ってるのに、こいつはまったく。そんなリュムの姿を見ながら、俺も自分の分をよそい、食べる。
うん、適当に作った割には、なかなかいけるな。ちょっと作り過ぎたかとも思ったが、これなら明日にでもまた食えるだろう。
しばらく二人の粥を食う音だけがしていた。そして夕食が終わる。リュムには今朝のジュースの残りを、俺は水をカップに入れ、それぞれ飲んでいる。
「ご飯すごくおいしかった。これもおいしい。お腹いっぱい。ありがと」
「ああ、それだけ食えればもう心配いらないな。どこか変なところはないか?」
フルフルと首を横に振ると、リュムはまっすぐこちらに向き直って、意を決したように口を開く。横顔が焚火に照らされて、その表情を浮かび上がらせていた。
「魔王様、助けてくれてありがとうごじゃ、……ございました」
盛大に噛む。
「指噛んでごめんなさい。なのに、助けてくれて、ご飯も食べさせてくれて……ぐすん、どんなお礼だってします。グズ、一生家臣として頑張ります。……ガバァってされてもいいですぅ。リュムは魔王様のものです」
「だからガバァって何だよ! しねえよンなこと! 犬好きだからって、何でもいいと思うなよ」
「えっ、しないの? ガバァって? ……なんで? それに犬じゃないよ」
しないの? って何だよ。して堪るか。犬じゃないって犬だろ。ああ、獣人って獣扱いされると不愉快なのか? それは悪かったな、気を付けよう。
「魔王様か、まあ好きに呼べばいいんだけどな。実は俺、魔王になったばかりなんだよ。だからお前が一の家臣になったってわけだ。正直言うと、魔王が何なのかもよくわかってないし、魔王呼ばわりされるのも慣れてないんだよな。でだ、お前を助けるために家臣にしたけど、そんなこと気にしなくていいんだ。ほとんど脅してならせたみたいなもんだしな。だから一生仕えるとかはしなくていい。嫌ならすぐにでも主従契約を解いてやる。お前は好きに生きていけばいいんだ。まあ、今のお前は一人で生きるには弱過ぎるからな、自分で自分を守れる程度には強くなれ。そのために、もう少しだけは我慢して俺の家臣でいろ。その方が効率いいんだよ、強くなるにはな。それまで俺のこと利用しろよ。ドライでいいだろ」
ポカンとした顔で話を聴いていたリュムの目から、大粒の雫がこぼれ落ちた。
「い、いやだよ。グズ、ゴメンナサイ。うう、あやまります、ゴメンナサイ。ぐスン、やだぁ、置いてかないで。やだよぉ。もう一人やだぁ。がんばって強くなります。何でもします。ちゃんと迷惑かけないようにしますから、グスン、だから、だから家臣でいさせてください。うぅぅ。グズ、うわぁぁん」
拳を握りしめ、一言一言、言葉を紡ぐリュム。間違えないように。ちゃんと届くように。一生懸命想いを、願いを、俺に伝えてくる。
俺は最低だな。本当に嫌になる。何だよ今のは! この子のこと思って言ってるようで、ただの自己弁護じゃねぇかよ。こんな子供を、ましてやずっと一人ぼっちで寂しくて、魔物に殺されかけて、やっと助かったばかりの幼い心相手に、俺はただ、いい人ぶっただけじゃねぇか! こいつの気持ちなんか何も考えていなかった。大人だったらこう言うべきだって薄っぺらい正義感ふりかざしてよ。
こいつの気持ちなんてとっくにわかってたじゃねぇか。こいつの思いはちゃんと受け取ってたじゃねぇかよ! なのにそれから目そらして。俺は魔王どころか大人失格だ。相手を子供扱いして正面から向き合おうとしないのは大人の傲慢だ。こんな大人にだけはなりたくなかったはずなのにな。
例え相手がどんな幼い子供であったとしても、心からの真摯な想いには、真正面から受け止め、誠心誠意、応える。それが本当の大人の態度だろうに。
俺も姿勢を正し、リュムに向き合う。心からの言葉を伝えてくれたリュムに、こちらも一人の人間、いや魔王として、心からの言葉で返す。誤魔化しも詭弁もなしだ。
「すまなかった。お前を邪魔にして置いて行きたいわけじゃないんだ。お前が助かったこと、生きていてくれたこと、本当にうれしかったんだ。だからお前を命令や負い目なんかで無理矢理縛りたくなかっただけなんだ。本当にすまない。お前をもう一人ぼっちなんかにしない。俺はお前が望む限り、ずっと傍にいる。お前がもう嫌だ、って言うまでお前は魔王ラングリードの一の家臣だ」
「……ホント? いいの? 一緒にいていいの? 連れて行ってくれるの?」
「ああ、着いて来い。一の家臣が傍にいなくてどうする。それに俺は一応魔王らしいからな。王様ってんなら、従者の一人も付いていないと格好が付かないしな。……でもお前、従者とかできそうにないよなぁ」
「でっできるもん! 従者やります。ラングリード様の従者になります。……ご主人様のほうがいい? 王様?」
「お館様とよべい! 御旗、楯無もご照覧あれ!」
「……オヤカタタマ? ……なに?」
「……何でもない。気にするな。今すぐ忘れろ」
ごめんよぅ。武田フリークとしては、一度は呼ばれてみたかったんだよぅ。
「まあ何だ、呼び易いように呼べばいい。呼ぶごとに噛まれても困るしな」
顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしているリュムにタオルを渡す。昨夜傷を抑えて血塗れになったタオルだ。[ウォッシュ]で洗うと新品同様にキレイになった。血って落ちにくいんだけどな。魔法はクリーニング屋さんなみに優秀だ。
「ほら、これで顔を拭け、このタオルはやるから、持っとけ」
「あ、うん。ありがと。ブビィー!」
……いきなり鼻かみやがった。まあ、いいんだけどな。とりあえず拭き終わるのを待って、再度[ウォッシュ]を掛けておく。
「きれいになったよ。このタオルでいつもちゃんときれいにしとくね。きれいにしてたら……ガバァってするの? 従者してたらガバァってされちゃう?」
「だから何なんだよ、そのガバァってのは。お前の発想がだんだん恐くなってきたぞ。ってか意味ちゃんとわかって言ってんだろうな」
「? ガバァってなに?」
「知るか! お前が言ってたんだろうが。まったく、どこで覚えてきたんだか」
その後、遅くまで俺たちは話し合った。お互いのこと、これまでのこと、寂しかったこと、悲しかったこと、うれしかったこと、そして二人のこれからのことを。
いつしかリュムは眠っていた。ブランケットにくるまり、なぜか俺に身体を預けるようにして。小さな温もりが伝わってくる。穏やかな寝息と共に。
この温もり、傍に誰かがいる気配、ただそれだけで安心させてくれる。この世界に飛ばされ、一人で彷徨っていた時、何より欲しかったもの、求めてやまなかったものが今ここにある。
この出会いを求めていたのは、どちらだったのかな? 王と従者と言えば聞こえはいいが、ただの子連れだ。子連れ魔王、しとしとピッちゃん……ってか。
……わかっている。俺は魔王だ。安楽な人生なんて歩めないだろうよ。ならこいつは、魔王の傍にいる事を選んだこいつは本当に幸せなのか? 俺たちは今、最悪の選択をしてしまったんじゃないのか?
……そうだな、それを決めるのは俺じゃない。こいつが、この子犬が自分で決めることだ。
俺はただそれを肯定してやるだけだ。傍にいようと、去ることになろうと。こいつが自ら悩んで決めた事なら、笑って承認してやるさ。たとえそれがどれだけ辛い選択だったとしてもな。
果たして、辛いのはこいつと俺、どちらの方かな? 今は、今だけは考えるのをよそう。隣から聞こえてくる寝息が、こんなにも安らいでいるのだから。
俺も眠ろう。この温もりと共に……。




