第10話 The DARKLORD pick up a puppy.
血に塗れ力なく目を閉じる子犬の頭に手を置き、俺は呼び掛ける。
「俺の名はラングリード。魔王ラングリード! お前の主となる者だ」
まさか俺がこのイタい名を堂々と名乗る日が来ようとはな。人生とはわからんもんだな。
「…………」
何のリアクションもない。返事がない、ただの……、って今は洒落にもならない。
「おい、聞こえるか? 聞こえてたら返事をしろ。お前を助けてやる。だから応えろ。俺の家臣になれ。時間がない。早く応えろ。俺が胡散臭いのはわかる。だが今は生きる事だけに専念しろ。文句なら生き延びてからいくらでも聞いてやる。だから……」
『……ラン、グリー……ド……魔王……?』
微かに聞こえる。声じゃない、耳からではなく、頭に置いた手から伝わってくる。
よし、ちゃんと聞こえてるみたいだ。俺は呼びかけを続ける。
「そうだ、魔王ラングリードだ。お前を助けに来た。応えろ、俺の家臣になれ。そうすれば助かる。助けてやれる。俺を信じろとは言わん。だが、今は生きれる可能性を無駄にするな。死んだら終わりだ。まずは生きろ!」
『…………んで……』
ん? 今何て言った? 小さく僅かな言葉。聞き取れない。
『な……んで? 助けてくれるの? 噛んだ……のに。食べ物くれたのに……噛んじゃった。……ごめんなさい……言いたかった……。ひどいことしてごめんなさい』
そうか、そうだったのか。こいつがあの穴の中にいた奴か。ガキのくせに何気にしてやがんだよ。こんな時に、死にかけてるってのに……。
「そんな事気にするな。いきなり手突っ込まれたら俺だって噛むわ。気にしてんなら許す。いや、許して欲しかったら生きろ。俺の最初の家臣になれ。一の家臣だぞ、どうだ、カッコイイだろ?」
『……家臣? 一緒にいていいの? 着いて行っていいの?……死にたくない。死ぬのイヤだ。もう寂しいのイヤだよ。なりたい。魔王様の家臣……、一の家臣にしてください』
繋がった! 今、俺とこの子の間に、何かが繋がった! 心のずっと奥、魂の根幹で繋がったのがわかる。温もりを感じる。小さいけど確かな温もりが。
『成功です。その子供との間に主従契約がなされました。本来は契約にあたって、いくつか手順が必要なのですが、私がサポートし、手順は後日に回しました。問題なく契約成立です。これでラングリード様の魔力の影響も大きくなります、回復魔法を。それと繋がった魂の糸を通して、徐々に魔力を送り込んでください。決して慌てずにゆっくりと注ぎ込むように。後はその子の生きたいという想いと、ラングリード様の因果を紡ぐ力次第かと……』
こんな時になんだが、アレクサンドラはもう何でもありだな。あいつが真の魔王じゃないのか? とにかく光は見えた。後はやるだけだ。
「ライトヒール」
再度緑の光をこいつに放つ。おおっ、さっきよりも回復の力が強く伝わっていく感じがする。背中の傷も徐々に塞がっていく。
それから数回繰り返し、傷は完全に塞がった。次は魔力を注ぎ込む。これはなかなか難しい。
力任せに流し込むならできそうだが、そんな事したらこの小さな身体が持たないだろうしな。いきなりポンッっとなったら嫌過ぎる。ゆっくりゆっくり、細いストローを通して注ぎ込むように、溢れないようにそっと送り込んでいく。何とも、もどかしいな。
◇ ◇ ◇
あれからしばらく経った。俺は木の幹に凭れかかり、子供を抱きかかえるように身体を密着させている。なぜか? この方が魔力をより確かに流し込める気がするからだ。実際はわからん。でも今は少しでも、いいと思える事をする。意味がなくても別にいいさ。
そうしながら、すっかり日の暮れた辺りを見回す。そういやあの魔獣、ほったらかしだったな。今更ながら鑑定してみる。
フォレストドッグ:HP0/70 森林にすみ群れで行動する だそうだ。群れ、か。迂闊だったな、血の匂いで他の魔獣を呼びかねない。[ファイアアロー]で燃やしておこう。初めての攻撃魔法が死体相手とはな。まあ、練習台には調度いいか。
1発では燃えきらず、3発目で完全に炭化した。初級魔法の威力なんてこんなものか。
だが、その直後、フォレストドッグが5体の群れで近付いてきた。どうやら魔王ってのは感覚も鋭いらしく、かなり遠くから近付いて来ているのがわかった。
近付いてきた奴らは、10mくらい先でこちらを伺っているのがはっきり見える。これが暗視能力か、グラサン掛けてても関係ないらしい、便利だな。
でもまずいな、死体処理が遅過ぎたか。どうする? 5体も同時には、ましてこの子を抱いたままってのは。それに下手に動いて、魔力の注入を途切れさせたくない。
とりあえず立ち上がった俺は、腰の剣に手を伸ばし、やめる。試してみるか……。
俺はこちらを警戒しながら近付いて来る群れに向かい、右手を突き出し唱える。
「サンダーボルト!」
今の俺が使える唯一の範囲魔法だ。上位魔法である雷撃魔法だし威力も期待できるだろう。
声に出して唱えた直後、暗闇に青白い光が閃き、フォレストドッグの群れ全体に稲妻が降り注ぐ。何とも派手なエフェクトだ。
数秒の後、稲妻が消えると、そこには4体の焼け焦げた死体と、全身から煙を上げてヨロめき立つ1体の魔獣がいた。
思ったより凄い威力だ。だが残った1体は怯まずに向かってくる。
その意気や良し! 俺はそいつに手を翳ざし、[紫電]を放つ。
掌から紫色の光の帯がうねるように飛び出し敵を穿つ。
魔獣は弾かれたように背後に飛ばされ、動かなくなった。
……ぶっつけ本番だったけど、凄いな、電撃魔法。特に[紫電]はスキルだからか、魔法に比べ発動にタメがない。まるで剣を振り下ろすように、スムーズに発動できる。かなり使い勝手のよい能力だ。いずれ[改]とか付けてみようかな。
再び木の幹に凭れて座る。魔力の注入は続いている。身体には温もりが戻り始めていた。いける、大丈夫だ。そう思えてくる。
そういやこいつ、俺の手噛んだの気にしてたな。食べ物くれたのにって逆だろ、あれは噛まれた後だ。(もう寂しいのはイヤだよ……) そうか、こいつもずっと一人だったのか。そうだよな、寂しいのは嫌だよな。一人ぼっちは辛いもんな。
小さな身体をそっと抱きしめる。
「生きろ! 生きていたら誰かと触れ合える。楽しい事だってたくさん見つかる。だから頑張れ! これまで頑張ってきたんだろ、もう少しでいい、頑張ってくれ……」
◇ ◇ ◇
『チチチ』 どこからか小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
顔を上げると周囲が薄明るくなってきている。もう朝か? その時、脳内で声がした。
『ラングリード様、おめでとうございます。ただ今その子供の肉体と魂の定着を確認しました。その獣人はラングリード様の臣として存在が認定されました。もう心配はいりません、成功です。魔力の注入を終了してください』
「そうか、やったか。よかった。アレクサンドラ、よくやってくれた。礼を言うぞ」
『とんでもございません。私はラングリード様の忠実な臣として役目を果たしただけです。お役に立てる事が何よりの悦びですから。そうですね、敢えて言うなら、その子供を一の家臣と任じられた事には多少思うところもございますが……』
アレクサンドラの声に、悪戯っぽい響きが混じる。
「うっいや、あれは、なんだ。お前はノーカンだ。うん、因数外と言うか何と言うか……」
しどろもどろになって言い訳する俺に、くすくすと小さな笑い声が聞こえる。
『私は因数外ですか。つまりラングリード様の特別という事ですね。その子に会った時は、存分に自慢してやりましょう。その時が楽しみです』
やめてくれ! 子供相手に何を張り合ってんだ。
『それはそうと、その子の傷は完治し、心配は要りませんが、元々かなり衰弱していたようで、元気になるには2、3日かかるでしょう。まあ、ちゃんと食事を与えて休ませておけば問題ありませんので、ご心配なされませぬように』
「わかった。そうするよ」
ふう、何とかなったみたいだな。もう魔力を流さなくても大丈夫か。俺は魔力の繋がりを切り、改めてその子を眺める。
血塗れだな、おい。とりあえず汚れた服を脱がせ、ブランケットでくるんで寝かせる。そして服を[ウォッシュ]でキレイにする。汚れた身体もキレイにしてやりたいが、何か重病人を風呂に入れるみたいで躊躇われる。目が冷めたら濡れタオルで拭いてやればいいか……。
俺は隣で静かな寝息を立てる子犬を眺める。まったく小汚いガキだ。とんだもんを拾っちまった。こんなの拾って帰ったら、親に叱られるレベルだ。
魔王として新たな人生、いや魔王生か、とにかくそれを始めた矢先に子犬を拾うとは、あいつが聞いたら大爆笑だろうな。アレクサンドラにもなんか呆れられてるっぽいし……。俺どうするんだ?
「ムニュウ……ラン……ニャマァ……」
何言ってやがる、こいつは。まあ、悪夢見てる感じじゃないか。
変な寝言を宣う子犬の髪を撫ぜてやる。犬好きは死んでも治らなかったよ。




