最終話 魔王の名を継ぐ者
食堂に通された俺は、朝食を頂いていた。果物単品じゃない、ちゃんとした料理を。どれもこれも初めて食べる料理。味付けも知っているどんな料理とも違う斬新な味だが、とにかくうまい。箸が止まらない。いや、箸使ってないけど。
涙が溢れてくる。ここ数ヵ月、夢にまで見たまともな料理だ。遠慮も忘れてひたすら食べ続け、限界直前でようやく手を止める。うまかった。
ちなみに食堂に魔王はいない。別室で待っているとの事だ。食後の余韻を楽しんでから、魔王の元へと向かう。
「うむ、起きたようだな。気分はどうだ?」
「ああ、ばっちりだ。あれだけ呑んだのに、二日酔いしていない。いい酒だったんだな、あれ。ところでお前は大丈夫なのか? 俺の数倍は呑んでたぞ」
「フンッ、あの程度の酒で我が酔うものか。貴様が悪酔いしなかったのは、女神の呪いのせいだ。まぁ、いい酒なのは確かだがな」
呪いって、祝福じゃないのか? それにお前、泥酔してただろうが。とは思っても口にはしない。一宿一飯の恩義があるからな。紳士たる者、恩には恩で、仇には仇で報いる! がモットーだ。
「ところで貴様はこれからどうするつもりだ? その目では街に辿り着く事も儘なるまい。いや、辿り着けたとしても、どうやって生きていくつもりだ?」
「ハァ、そこなんだよな。結局何の方策もないままに神界を追い出されたからな、どうしたものかと考えているうちに、ここに堕とされたんだよ。人里って遠いのか?」
「人里近くの魔王城などあってたまるか!」
「だよなぁ。ああ、でも、飲まず食わずでも大丈夫みたいだし、魔物も寄って来ないならどこでも生きていけるんじゃあ」
「貴様、そんな事でよいのか? やりたい事とかは無いのか?」
「やりたい事って言われてもなぁ。無いんじゃなくてあり過ぎるというか……。でも、いきなりこんな世界に飛ばされて、訳もわからないまま魔王と一緒に酒呑んでたんだしなぁ。敢えてやりたい事を挙げるなら、この世界を見て回りたいかな。何があって、何が無いのかを。この世界でやりたい事を見つけるには、まずそれがわからないとな。……なんてな。俺には見えないからな。結局そこで殆どの望みは、アウトだぜ」
精一杯のニヒル、だと思う表情をキメてみせる。変な同情はされたくない。同情の代わりに金を貰っても、虚しいだけだしな。まぁ、あの名台詞は、底の浅い同情を断ち切るいいツールなんだろうけどな。
「フム、そうよな。やはり目が欲しいか? この世界を存分に見尽くす事が可能な眼が」
「ハハハッ、盲人にその質問はタブーだぜ。誰もが思うさ、目の見えない奴は見えるようになりたいと思ってるってな」
「違うのか?」
「違わねえよ! 見えるようになりたいに決まってる。見えなくてもいい、何てのはバカげた強がりだ。でもなぁ、思ってどうなるよ。なりたいって言ってなれるなら、何万回でも言ってやるよ。でもならねえんだよ! どれだけ願おうが、どれだけ努力しようが、見えねえもんは見えねえんだ! それを、見えるようになりたいか? 見えるようになったら何がしたい? いろんな奴からそう聴かれたよ。皆、気軽に聴いてくれる。その相手がどんな気持ちになるかなど、想像する事もできないんだろうな。そこに悪意がないから始末に負えない。自分がいかに残酷な真似をしているかにも気付かないんだからな。盲人にその質問をしていいのは、同じ盲人か、望んだらそれを叶えてやる事ができる奴だけだ!」
言い切ってから、ハッとする。何を言ってるんだ俺は!
「すまん! 言い過ぎた。いや、言うべきじゃない事だった。どうかしてるな、感情的になっちまった。忘れてくれ」
まったくどうかしている。なぜこんな事を……。そうか、自分で思ってた以上にキツかったんだな、見えないって事実が。
10年前、完全に見えなくなった時は、ショックだった。悔しくて、悲しくて、恐くて……。
物心ついた時から、人の数十分の一の視力で生きてきた。それがどれだけのハンデになっていたか。それなのに、その行き着く所が全盲とは。何で俺ばかりこんな目に、そう世の不条理を呪ったよ。
でも耐えた。泣くまいと。こんなの大した事ない! 世の中には見えなくても立派に生きてる奴はいくらでもいる。俺だけじゃない、って。そうやってこの10年頑張ってきたつもりだ。でも、この世界に飛ばされて、見えない事の弊害が如実に現れた。ただ生きるだけが、こんなに困難だなんて。ここ数ヵ月で思い知らされた。
だから、つい当たっちまった。こいつに悪気がないのはわかってたのに……。ホント自分の器量の小ささが嫌になる。何が紳士だ! 何が勇者だ! 俺はただの……。
「うむ、ならば我にはその質問をする資格があるようだな」
『‼』 この魔王、今何て言った? 自分にはその資格がある、だと。
「フフフ、我を誰だと思っておる。魔王ラングリードぞ。貴様にこの世界をみせてやる事も可能よ。ちと見え過ぎるぐらいにの!」
できる? 何が? 頭が混乱して考えがまとまらない。こいつは何を言ってるんだ?
「よしてくれよ、そういう冗談は。1度無くした物は、2度と戻ってこないんだよ。もう俺は。でも、今更……」
「貴様のいた世界には無かったようだが、この世界には魔法もあるのだぞ。貴様の理解を越えた事象も存在する。全てを否定するのは愚かというものよ。どうだ、貴様が望むなら叶えてやってもよいぞ」
考えてみれば、ここはとんでもファンタジー世界だ。何が起こってもおかしくない。実際、女神も魔王もいた。コイン一枚で生き返った。なら……、ならあり得るのか? そんな事があっていいのか?
「本当に、そんな事が叶うのか? 俺は何をすればいい? 何をしたら叶えてくれる?」
「ふむ、そうよな。貴様には2つ程背負ってもらうものがある。何、大した物ではないは。まぁ、ちと重いかもしれんがな」
願いを叶える代わりに……か。まるで悪魔との契約だな。いや、そのままか。こいつは悪魔どころか、その大親分だったな。
「魂でもよこせってか?」
「貴様の穢れた魂など誰がいるか! そういうのは無垢で純粋だから意味があるのだ。そもそも魂などを欲するのは、下等な悪魔だけよ、我には必要ないわ」
「穢れてて悪かったな! ピュアなままじゃ生きられなかったんだよ」
「フン、大人になるとはそういう事よ。そして大人の貴様なら、代償の必要性もわかっておろう。我が貴様に要求する代償は、…………」
……俺は考える。いや、考えるフリをしている。考えなくてはいけない、そう考えなくては!
だが、わかってる。考えるまでもない。俺は首を縦に振る! だってそうだろ。見えるんだぜ。何も見えない俺が、見る事ができるようになるんだぜ。頷くに決まっている。代償くらい払ってやるさ。死後の魂だろうが何だろうがな。
例え、誰かを殺してこいって言われても、俺は震えながらも頷くんだろう。それだけの価値があるんだ、俺にとってはな。
こいつは何という事を仄めかすんだ。まさに悪魔の誘惑。さすが魔王を名乗るだけの事はある。
俺は唾を飲み込み、ゆっくりと頷く。その時、脳裏にあの女神の顔が浮かび、心が痛んだ。
だが……。だがなぜか俺の中の女神は、怒りも悲しみもしていなかった。ただ静かに微笑んでいる。まるでこうなる事を最初からわかっていたかのように……。
「ああ、わかった。乗ってやるよ、お前の誘惑に! 背負ってやる。どうせ一度死んだ身だ。なら、この先の人生は好き放題に生きてやる! 何にも束縛されず、この世界を存分に楽しんでやる! 魔王だろうが何だろうが、喜んでなってやるよ!」
そう、魔王ラングリードが俺に求めた代償。それは、魔王の名を継ぐ事。そして新たなる魔王として生きていく、という事だった。
「それでよい。それでこそ我が友よ。貴様には我が名、【魔王ラングリード】をくれてやる。そしてその名とともに、我が力を引き継げ。貴様は今より、新たなる【魔王ラングリード】だ。そしてその名で我が覇業の続きを……、いや、新たなる貴様の覇道を往くがよい! フフフ、楽しみよ。既に潰えたと思っておった我が魔王としての未来が、新たに生まれ変わり、何をなしてゆくのか。心が踊るわ。フハハハハハハ」
この日、独りの魔王の覇業が終わりを告げた。
そして新たな魔王が誕生する。その名は、魔王ラングリード。厨二心を大いにくすぐる俺の名だ。
目が見えなかった俺が、ある日突然異世界に迷い込み、ポンコツな女神やイタい魔王と出会った挙句、何をとち狂ったのか、その魔王から、名前と力を押し付けられてしまった。
これは吉凶どちらに転ぶのか? それは女神にもわかるまい。なんせ、俺自身がこれからの生き様でそれを決めていくんだからな。
新たな俺の人生が今始まる。二つの世界のカルマを絡めながら……。
第一章 NAMERESS WORLD FINE
ここまでお付き合い頂き、誠にありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸甚です。ブックマーク登録、及び評価、感想などを頂けましたら、今後の執筆の励みとなります。何卒よろしくお願いします。
第二章 予告
そんなこんなで【魔王ラングリード】を継承することになってしまった俺。成り行きはともかく、これでヒャッホーな勝ち組チート人生が始まるぜ! と思いきや、世の中はそんなに甘くはなかった……。
何だよ、[魔王Lv.1]って! 魔王なのに地道にレベル上げしないといけないの?
異世界の理不尽さに思うところありながらも、俺はレベル上げの旅に出たのだった。そして、運命の歯車は、俺とアイツを出逢わせる。
果たして、この邂逅は、何を俺に齎すのか?
魔王の名を継ぐ者 第二章 [魔王誕生] 近日掲載。
待て、而して希望せよ!




