第14話 酒と泪と魔王と俺
魔王城の謁見の間の中央に、急遽設置されたリビングセットに座り、酒を酌み交わしながら語り合う、魔王と俺。傍には知的な秘書アレクサンドラさんも控えている。何この状況!
でもこの酒、おいしいな。呑んだ事ない酒だが、果実酒の類か? やや癖があるが、結構いける。
もう随分と長く魔王の覇業について聞いていた。神魔大戦が起こり、神々と魔王タチが激しく戦い、その眷族たる、人種と魔族が長きに渡って争った。そして……。
「神どもは卑怯にも数柱がかりで我に襲い掛かりおったのだ。さしもの我も、これには不覚をとった。わかるか? 我は一対一の戦いを挑んだにも関わらずだぞ。それをあの女神ども、寄ってたかって我を袋叩きにしおったのだ。汚いと思わぬか?」
「それって最初から一人で挑んだのか? 仲間や手下が倒されてから、『一対一の勝負!』 とか言い出したんじゃァ?」
「…………。畢竟、我は深く傷ついた。身も心もな。そして命からがら逃げ延びたのだ。今思い出しただけでも、腸が煮えくり返るわ! 貴様もそう思うであろう? そうか、思うか。うむ、それでこそ我が友よ」
こいつ、都合の悪い話をさらっと流しやがった! 我が友っていつの間にそうなった?
「それから我は神々の目を逃れ、この地に城を建築し、傷を癒す事にしたのだ。口惜しいが受けた傷が深すぎて、とても戦えるような状態では無かったからな。だが、我は諦めはしなかったぞ。捲土重来を誓ってこの城で牙を研いでおったのだ」
そこで魔王はグラスの中身を一気に呷った。そしてしばらく沈黙した後、彼は静かに口を開く。
「だがな、我の命運は既に尽きておった。女神どもに負わされた傷は我が肉体を蝕み、再起どころか、魔力の満ちるこの城の中でのみ命を繋ぐのが精一杯になっておった。そもそも神の用いる神聖武器は、我ら魔の者にとっては、存在の理を破壊する力だからな。我はただ虚しくこの城内で生き続けるだけの哀れな存在になり下がっておったわ」
酒が苦い。魔王の悔しさ、歯痒さ、やるせなさが俺にも伝わってくる。喋っていると元気なオジサンだと思っていたが、実は既に瀕死の状態だったようだ。
「わかるか? 最強の魔王として魔界に君臨した我が、このような世界の隅で、ただ消滅する時を待つだけなど、耐えられるものか! ゆえに我は華々しく散る事を望んだのだ。戦いに生き、戦いの中で散る。それこそ魔王の生き様だとは思わんか?」
「まあな。座して死を待つより、最後まであがいて散る。どうせ死ぬならその方がましって考えはわかるよ。俺はただの凡夫だが、戦いに生きた武人ならそれはむしろ当然なのかもな」
「うむ、わかるか、わかってくれるか。それでこそ我が友よ」
さっきから俺、友達認定されてる。こいつ友達いないのか? まぁ、魔王だしな。だが同情はしてやらない。だって友達いない代わりに、有能な美人秘書がいるモン。畜生、羨ましい!
「それから我は待ち続けた。我が生きておる事は神どもも承知しておろう。いずれ追手がかかる。傲慢な神は自分では動くまい。面倒な事は全て人に押し付けるのが神クオリティというもの。ならば勇者が送り込まれるのは自明の理。我は勇者が現れるのを待った。一世一代の勝負。神が認めた勇者と激しく戦い、我が名を、我が生きた証を刻み、華々しく散るのだ。心が踊った。消えかけの我が命が熱く燃え上がったものよ」
勢いよく語る魔王は、ここで一息つき、酒を呑む。
「……だが、来なかった。何十年、何百年、何千年待った事か。なのに、なのにだ。いつまで待っても勇者は現れなかった。ふざけるでないわ! この我が一体どんな気持ちで待ち続けたと思っておる。ハァッ、ハァッ」
「いや、気持ちはわかるから落ち着けって。ほらっ、酒でも呑んで一息つこうぜ」
「うむ、我とした事が、取り乱してしまった、すまぬ」
酒を呷った魔王は、しばらく呼吸を整えた後、再び語りだす。
「最初は見つからぬように建てた城ゆえ、なかなか見つけ出せんのだと思っておった。まったくだらしのない勇者よ、と我も笑っておったのだ。だがな、千年も経った頃には、さすがにおかしいと思ってな、いろいろと調べてみたのだ。そしてわかった。わかってしまった。奴ら我の事など探してもおらなんだのだ。神どもは神魔大戦の終結を早々に宣言し、魔界を併呑し、新たなる地を構築しておった。そして人間どもをその地に住まわせ、新たな時代を始めておったのだ。つまりだ、我の事など誰も覚えておらなんだ。魔王など古き時代の神話に登場する存在として忘れ去られておったのだ」
哀れだ。哀れ過ぎて言葉もない。子供の頃、みんなで隠れんぼしていて、いつまで待っても鬼が探しに来ないから出てきてみたら、もうみんな帰ってたって泣いてたケンちゃんはこんな気持ちだったのだろうか? 可哀そうだったなケンちゃん、元気にしてるだろうか?
「我は何を待っておったのだ? 毎日毎日胸躍らせて、今か今かと待ち続けておった我は、まるで阿呆ではないか! ウウウっ」
「ああ、わかるよ。酷い奴らだよな。俺はちゃんとわかるから、泣くなって!」
「泣いてなどおらんわ! グズッ、我を誰だと心得る。天下の大魔王、ラングリードなるぞ! グスン、頭が高いわ、控えおろう!」
どこのご老公だよ、お前! しかもちゃっかり大魔王に昇進してるし。
「お労しいです。魔王様」
さり気なく魔王のグラスに酒を注ぐアレクサンドラさん。ここどこのクラブだよ。
「それでもな、我は待ったのだ。神話に語られておるのなら、いつか神話とは消し去られた歴史だと気付く者が現れる。そしていつかその者がこの地を見つけ出し、我の元にやって来ると。そう信じて待ち続けておったのだ」
「で、シュリーマンは現れなかったと。残念だったな」
「シュリー……何だ? いや貴様は何を言っておる。ちゃんと現れたではないか、貴様がな!」
「ああ、なるほど。それであんなにはしゃいでたのね。そりゃ悪かったよ」
「誰がはしゃいでいたか! 子供ではないのだぞ、子供では!」
いや、わんぱく坊主ばりにはしゃいでたぞ。そりゃあもう、恥ずかしいくらいに。
「大体何だ、やっと現れた勇者が貴様とは! 貴様の気配が現れた時、我がどれだけ喜んだと思っておる。それをあちらにウロウロ、こちらにウロウロ、同じ所をぐるぐると何度も回ったかと想えば、ようやく洞窟の入口に近付いておきながら、あっさり通り過ぎおって。どれだけ気を揉んだ事か。とうとう城に攻め込んできたかと想えば、何時間もウロウロしおってからに。挙句の果てに間違えました、とは何だ、間違えましたとは!」
「いや、そう言われてもなぁ。悪かったとは思うけどさ」
何か、絡み酒になってきたな。よっぽど溜まってたんだろう。こういう時はとことん呑ませて発散させてやるに限る。出す物出し切ったら、また楽しい事だって見つけられるさ。
「まぁ、何だ。気持ちはわかるし、何もしてやれないけど、聞くだけなら聞いてやるよ。とことん付き合うからさ。気が済むまで呑もうぜ」
それから俺は、魔王の愚痴に、時には慰め、時には共感しながら、酒を酌み交わした。って言っても俺は見えないから、酌は専らアレクサンドラさんの仕事だったけどね。
そして時が過ぎていき、いつしか俺は眠ってしまっていた。溜まってたのは魔王だけじゃない。俺も随分と溜まってたんだろう。こいつの愚痴を聞きながら酒を呑む事が楽しかったんだ。ずっと寂しかったからな、俺も。
◇ ◇ ◇
気付いたら、俺はベッドに寝かされていた。柔らかいマットと暖かいブランケット。数ヵ月ぶりの幸せな目覚めだ。こんな細やかな事が幸せだったって以前は気付きもしなかった。穏やかな日常には、沢山の幸せが詰まってたのに、全く気付かずに日々を過ごしてたんだな、俺。
そんな事を考えながら起き上がる。魔王と酒を呑みながら寝てしまったのか。誰がベッドまで運んでくれたんだ? まさかアレクサンドラさんか? 魔王が運んだとは思えないしな。魔王にお姫様だっこでベッドに運ばれる俺、嫌過ぎる。まぁ、あのお姉さんも、仮にも魔王の配下だ。俺なんか指先一つでダウンさせるくらいは強いだろうしな。
とか考えていて気付く。今、俺が着ているのは、清潔なシャツとズボン。少なくとも昨日まで着ていた、背中のぱっくり開いたシャツや、あちこち破れたズボンじゃない。
そっと確認する。ぱんつも違う。素材はわからないが、なんかモッサリした感じのパンツになっている。まさか、アレクサンドラさんが着替えさせてくれたのか?
これはアカン! 恥ずかしすぎる。以前入院した時に、若いナースに座薬入れられた時並みに恥ずかしい。俺、もうお嫁に行けないかも……。
とかやってると、扉がノックされ誰かが入ってきた。
「失礼します。勇者様、おはようございます。よくお眠りになれましたでしょうか?」
それは、今最も顔を合わせ辛い女性の声だった。まだ勇者扱いなんだ、俺。
「ああ、おはようございます。すみません、ベッドまで運んでくれたんですか? この服も?」
「はい、よくお眠りでしたので。服のほうも汚れておりましたから。勝手な真似をして申し訳ありません。朝食の準備を致しましたので、食堂までお越しいただけますか?」
「いや、何から何までお世話になって、有難うございます」
「お礼を言うのは私の方です。あんなに楽しそうな魔王様は数千年ぶりです。私が相手ではあそこまで心を開いては頂けませんから。本当に感謝しております」
何か、上司の家にお呼ばれして、そのまま泊まった翌朝、みたいな会話が交わされる。この人、奥さんか?




