第13話 魔王ラングリード
なぜこんな事になってしまったのか? 前の世界でも散々俺を甚振っていたクズ主任たちにより、崖から突き落とされ、数ヵ月彷徨った挙句、ようやく辿り着いた場所は、何の因果か魔王城の謁見の間だったらしい。まぁ、自称魔王が言うには、だけどね。
しかも、真っ直ぐ来れば10日程度の道を、俺は3ヵ月かけてたらしい。なんかもう泣けてくるね。
魔王ラングリード。低音の魅力全開の渋い声のオジサンはそう名乗った。魔王って何だよ、魔王って! NET上で出会っていれば、ポンコツ女神共々いい友達になれたかもしれない、ナイスな奴だが、リアルで会うとイタすぎる。世間的に知り合いと認定されたら終わるレベルだ。どうにかして縁を切らなくては!
「あの、魔王様。俺、世界の半分くれたら満足ですから、それで手打ちという事で一つ何とかなりませんかね?」
「世界の半分など、我も持っておらんわ! 魔王を唆して世界を手に入れようとは。貴様、本当に勇者か? 時代が変わったとかいう問題ではないぞ。神は何を考えているのだ。血迷ったのか?」
「そう、そこなんですけどね。俺、本当にここに迷い込んだだけで、勇者になった覚えもなければ、神に導かれてもいないんですけど。それに俺、聖剣なんか持ってませんし、さっき言ってた黒い面防って、これただのサングラスで、防御力なんてほぼ皆無ですよ」
俺は掛けてたサングラスを外し、前に差し出してみる。
「サンとは何だ? どれ、見せてみよ」
すると、どういう仕掛けか、俺の手からサングラスが消えた。
「ほう、なるほど。確かに素材はよくわからんが、簡単に割れそうだな。というか、既にヒビが入っておるぞ。ふむ、直るかのお」
前方で何かがスパークするような音が聞こえる。
「うむ、何とかなったのぉ。そら、返すぞ!」
途端、俺の手に戻ってくるサングラス。触ってみるとヒビ割れがキレイに無くなっていた。
「えっ、なんで?」
「そのような事、我にとっては児戯に等しいわ。この程度できずに魔王が名乗れるか!」
魔王の定義がいまいちよくわからんが、ブラスチック性のレンズのヒビを一瞬で直すって、魔王スゲー。ってか、やっぱこの魔王、本物なのか? 女神や魔物がいる世界なら、魔王がいてもおかしくないか。
グラサン直してくれた魔王様。礼は言っとくべきか? とか考えていると突然別の声がした。
「失礼いたします、魔王様。発言をお許しいただけますでしょうか?」
凛とした、それでいて知的さも感じられる、女性の美しい声だった。
「許す。何なりと申せ」
「はっ、先程から伺っておりますに、その者との会話が、全く噛み合っておりません。1度落ち着いて、勇者の話を聞いてみてはいかがでしょうか。その程度の余裕をお見せになるのも、偉大な王たる者の義務かと愚考致します」
「うむ、それも一理あるか。よくぞ申した、褒めて遣わす」
「はっ、お聞き入れ頂き有難うございます、魔王様」
おお、ナイスだ美人のお姉さん! これで何とか状況を打破できるかもしれない。
ちなみに俺は、出会った女性は全て美人だと決めつけてかかる事にしている。なぜか? 勿論その方が楽しいからだ。そこから性格の悪い奴や気に入らない奴をブサイク認定していくのが俺の女性に対する基本方針だ。文句あるか? あるなら来来世あたりで聞いてやろう。
その女性がこちらに歩いて来る。先程まで気配もしなかったのに、ずっといたのだろうか?
「お初にお目にかかります。私は魔王様の忠実な臣にして傍仕えを申し遣っております、アレクサンドラと申します。席を用意しますので、そちらにお座り頂き、ゆっくりと事情を話していただけますでしょうか?」
途端にすぐ背後から、何かが置かれるような気配がする。驚いて振り返りあたふたしていると、再び女性の声がする。
「勇者様。先程から気にはなっていたのですが、ご無礼ながら、もしや目がお見えにならないのでしょうか?」
「はっ、何だと! それはまことか? 言われてみれば動作がいちいちおかしかったが、あれは我を油断させるための謀ではなかったのか?」
「勇者様、こちらにソファーを用意いたしております。その辺も踏まえてお話して頂きたくお願いいたします」
手探ると確かにソファーがあった。いつの間に? とりあえず腰かけてみる。おおっ、ふかふかでそれでいてしっかりとした弾力もある、いいソファーだ。お高いよねこれ。汚さないようにしないと。ズボン汚れてないかな?
それから俺は自分の事を話した。元の世界からいきなりこちらに飛ばされたこと。女神にお茶に付き合わされたこと。クズどもに崖から突き落とされたこと。そして彷徨い続け、遂にここに辿り着いたということを。
魔王は、いつの間にか俺の前に置かれたテーブルを挟んだ向こう側のソファーに腰かけて聞いていた。
ちなみに、最初の声が高い所からだったのは、謁見の間の上段に据えられた玉座に座っていたかららしい。それでもソファーに座る魔王は、随分と長身のようだ。2mはありそうだな。175cmそこそこの俺には羨ましすぎるぜ。
「むむ、異世界から来たとはな。なるほど、貴様から感じる未知なる感覚はそのためか。それにその神臭さ! 神の手の者かと思いきや、女神の饗を受けていたとはな、汚らわしい限りよ。ムムム、同族でありながら、不具につけこんでイビリ倒すとは、なんと愚かな! だから人間などという者どもは下賤だと言うのだ。いや、下賤とは貴様の事を言ったのではないぞ。それにしても苦労したのだな。よく生き延びたものよ。褒めて遣わすぞ!」
何か魔王に同情されている俺。大丈夫なのか?
「にしても、我とした事が……。その強烈な神聖属性の気配に、完全に聖剣だと思い込んでしまっていたとはな。不覚であったわ!」
そう、魔王が散々(さんざん)聖剣と呼んでいたものは、俺の持つ杖だった。よく思い出してみたら、ポンコツ女神に杖を貰った時、(何気に神聖属性帯びてますぅ)とか言っていた。その神聖属性はかなり強力なもので、神が選ばれし勇者に与える聖剣にも匹敵スる程のものだったらしい。あのポンコツ、何ちゅう物をくれたんだ、まったく。
おかげで俺は魔王から勇者認定され、待ち構えられていたという事だ。
ああ、これまで魔物に襲われなかったのは、この杖のおかげらしい。聖剣並の神聖な杖見せびらかして歩いてる奴を襲える魔物は、さすがにこの辺には居なかったという事らしい。
まぁ、その事には純粋に感謝する。実は崖から落ちた俺は、女神が危惧していたように、不安定な領域に迷い込み、この魔王が支配する地に辿り着いていたらしく、ここに現れた瞬間から察知されていたという事だ。そしてそれから彷徨っていた荒野や森、はたまた洞窟の中は、多数の魔物がうろつく魔境だったとのこと。これが無かったら一日と生き残れなかったようだ。ホントよく無事だったな、俺。
それと、この3ヵ月、水と果物だけで結構平気だったのは、やはり女神印の紅茶のせいだろうとの事である。どうも俺は喉も乾くし腹も減るが、特に飲み食いしなくても生きていける身体になっているらしい。さらに呼吸も必要ないと……。これもいわゆる黄泉戸喫の一種なのか? 知らない間に俺、人間辞めてました。俺っていったい……。
「それにしても女神め、汚らわしい真似をしおって。すまぬな。そのふざけた体質を治してやる事は我にもできぬ。まったく忌々しいことよ」
いや、せっかく飲まず食わずで生きていけるんだから治さないでよ! どうやら神の祝福の類は、魔王にとってはえんがちょらしい。
俺は神だろうが魔王だろうが、得になる物は遠慮なく頂く主義だ。心から女神に感謝しておこう。
おててのしわとしわを合わせて幸せ。まんまいちゃん、あん。てこれ仏式か?
「それにしても、むぅ、次元を渡ったか。そしてアヤツに……。なるほど、全ては……カルマゆえか。二つの世界のカルマを……。数奇よな」
魔王が何かブツブツ言い出した。一人りで納得してるし。でも、今の物言い、この魔王、まさかポンコツ女神をしってるのか? でも聞けそうにない雰囲気なんだよな。神の事語る時、声が恐くなるし。地雷は踏むまい!
その後もテーブルを挟んで魔王と語り合った。いつの間にか用意されていたお茶も頂いている。ちなみにこのお茶には、リラックス効果ぐらいしかないらしい。
(相手の許可も得ずに身勝手に祝福を与えるなど、傲慢な神の思い上がりだ) とのこと。ホント相容れないみたいだね、神と魔王って。まぁ、そりゃそうか。
お互いの苦労話をしあったり、かつての魔王の覇業を聞いたりと話が弾む。
話がズレだしたり、会話が噛み合わなくなると、アレクサンドラさんが絶妙に方向修正してくれる。それでいて決して話の腰を折ったり流れを止めたりしない。本当にできる女だ。
お茶はいつしか酒に代わり、いい感じになった二人は、すっかり意気投合していた。そして話は確信へと至る。
魔王ラングリードが俺に語った真実とは……。




