第12話 待ちかねたぞ、聖剣の勇者よ!
遺跡だか建物だかよくわからない入口の扉を越え、俺は廊下に立っていた。物音一つ聞こえてこない。ここに誰かいるのだろうか? そう考えて今更ながらに気付く。これって住居不法侵入になるのでは?
世の中には、他人の家や城の宝物庫に無断で侵入し、金や宝を堂々と持ち去る剛毅な勇者が存在するが、小市民な俺には到底真似できない。とりあえず挨拶しとくか。
「あの~、誰かいらっしゃいますか~? もしも~し、ちょっとお話が聞きたいんですが。誰もいないんですか? いませんね。入りますよ。一応断りましたからね!」
よし、これで怒られた時の言い訳はできるな。臆病者の処世術を笑わば笑え。
そして俺は歩を進める。廊下の幅は5m程度はありそうだ。広いな。日本建築じゃ、あり得ない規模だ。人の気配も魔物の気配もない。物音1つしない通路を歩き回る。階段を見つければ上がり、下り階段では下りてみる。洞窟とは趣が違うが、ここも立派な迷路に想える。
途中何ヵ所か扉を見つけたが、鍵がかかっているのか全く開かない。中の様子を伺ってみたが誰かいるような気配はない。
扉を見つけては中を伺い、開けようとして鍵がかかっていれば、ノックして声をかける俺。順序が間違っている気もするのだが、これを繰り返す。
一体俺は何を探しているのだろうか? 自分でもわからなくなってきた。
ち、違うよ! 美人女主人の寝乱れる寝室とか、お嬢様が入浴中の浴室とかを期待して探してるんじゃないよ。偶然たまたまそんな所に行き着いちゃったらどうしようかなぁって考えてただけだよ。ホントだからね!
ここまで俺の冒険に付き合ってくれた、良い子のお友達には、俺がエロは自重する紳士の中の紳士だってわかってくれてるよね。そう、俺のジョブは紳士であって、間男やコソ泥にジョブチェンジなんてしてないからね。
でも、料理が出来上がってる食堂には辿り着きたいな。特にお腹が空いてるわけじゃないけど、果物しか食べてないから、ちゃんとした料理には万金の価値がある。食べたいなぁ、スパイスとか効いた濃い味の食べ物。おいしいんだろうなぁ、おっとヨダレが。
とか何とかやってるうちに、既に2時間近くは経っていると思われる。どんだけ広いんだ、ここ。ホントにRPGなんかに出てくる城か何かか? 王様ド~こだ?
いや、どうせなら女王様の方がいいな。年頃のお姫様とかいると最高! 高貴な美人母娘の熱烈接待とか考えただけで期待に股間、いや胸が膨らむよね。あっできれば可愛いメイドさんもつけてもらえれば、それにちょっぴり薹の立った美人宰相や勝気な女騎士なんかも……。夢が膨らむね♪
とか、愚にもつかない事を考えていると、いつの間にか広い空間らしい所に来ていた。こういうのは音の反響や空気の流れで何となくわかるものだ。そして気付く。扉を入る前に感じていたあの強烈なプレッシャーがすぐ前から感じ取れる事を。
息を呑む。何だ、このプレッシャーは? ってN‐typeごっこはもういいよ。背中を冷たいものが流れる。
その時、前方やや高い所から、重々しい声が響いた。
「フハハハハ、よくぞ辿り着いた。待ちかねたぞ、聖剣の勇者よ!」
「……、……、……。ハイ?」
今、何言われた? セ・イ・ケ・ン・ノ・ユ・ウ・シャ? 意味がわからん。何の呪文だ? いや、落ち着け。今、確かに声が聞こえた。何十日かぶりに聞いた人の声だ。待ちに待った、望みに臨んだ人の声。うれしい、うれしいはずなんだが……。これはどういう状況だ? あまりの事に頭が処理できない。
「間違いました、ごめんなさい!」
俺は深々と頭を下げ、見事な回れ右を決め、颯爽と立ち去ろうとする。何が起こっているのか不明だが、ここにいてはいけないという事だけははっきりわかる。
三十六計逃げるに如かず。俺も檀道済の兵法に学ぶ事にしよう。
脱兎の如く逃げ出したいが、走れない自分がもどかしい。建物の中で目を瞑って全力疾走できる奴がいたら、そいつは勇者ではなく、ただのバカだろう。俺には無理だ。
でも少しでも早くここを離れなければ。焦る俺に追い打ちがかかる。
「オイ、間違えたって何だ! 何処に行く気だ。 待たんか! ……だから待てと言うに!」
チッ、気付かれたか。このまま逃げ切るのは無理か? どうする、どうすれば?
「あの、ボクそこの空き地で野球やってて、ボールが入っちゃったから……。声かけたんですけど誰もいなくて。窓ガラスは割ってません。もうボール見つかったから帰ります。さよなら」
……完璧だ。これでまだどやしつけてくるカミナリ親父は、昭和で絶滅したはずだ。名前バレる前に逃げ切ろう。学校ヤ親にTELされても困るしな。
「だから、待てと言っとろうが、少しは人の話を効け! ボールって何だ。空き地って何処だよ? バカにしておるのか貴様!」
必死に帰ろうとする俺の前で重厚な扉が閉まる音がする。しまった、退路を絶たれた。クソっ罠だったのか! 卑怯者め! 警戒しながら声のした方向に向き直る俺。
「むぅ、いきなり逃げ出すとはどういう了見だ。驚いたではないか。まったく最近の若いもんの考えている事はさっぱりわからん」
呆れたような渋い声が広間に響き渡る。低音のめっちゃええ声だ。パートはバスか? ふぅ、少しだけ冷静になってきた。よく考えたら、人んちに勝手に入り込んでおいて、この態度はない気がしてきた。話くらいは聞くべきだろう。
俺は改めて姿勢を正すと、数歩進み出て声の主と対峙する。
「フフフ、ようやく話を聞く気になったか? まったく楽しませてくれるわ。これが最近の勇者というものか? 時代は変わったものよ」
「あのぉ、勝手に入ってすみません。えっとつかぬ事をお聞きしますが、ここって何処でしょうか? あなたはどちら様で?」
できるだけ紳士的に情報収集を試みる。近代戦において情報は何よりも価値があるからな。
「……ククク、ここまで来ておいて、それを聞くとはな。いや、そうだな。これも様式美というものか? よかろう、改めて名乗ってやろう。心して聞くがよい」
渋い声のオジサンが身を正す気配がする。そして彼は厳かに名乗りを上げた。
「我こそは、この魔王城の主にして、神魔大戦のおり、神々と覇を競った、五大魔王が一角。その威を天地に轟かせた最強にして最凶の魔王。雷哮のラングリード、とは我のことよ! 神に導かれし聖剣の勇者よ、貴様が来るのを待ちかねていたぞ。さあ、存分に戦おうぞ! 勇者が魔王を打ち取るか、我が、神の思惑を断ち切るか、いざ、尋常に勝負だ!」
……。魔王城? の大広間に沈黙が流れる。
「ごめんなさい。ボク、いつもお婆ちゃんから、変なオジサンと遊んじゃいけませんって言われてるから……」
思った以上にヤバい人だった。何がヤバいってこの人、ここまで恥ずかしい長台詞を噛みもせず照れもせずに言い切った! これ、絶対何度も練習してたよね。恐い、良い子は関わっちゃいけないタイプの人だ。
誰だよ「逃げちゃダメだ」とか言ったやつ! ここは絶対逃げなきゃダメに決まってるだろう。少しでも早くここから離れなければ! 閉じられた扉は開くだろうか? 他に脱出路は。クソっ、退路の確保を怠っていたとは、痛恨のミスだ。
「誰が変なオジサンだ! 祖母の教えに従うその姿勢には感服するが、言うに事かいて変なオジサンとは何事だ! 我は魔王だと言っておろうが!」
「あのぅ、マオウさん、でしたっけ? マオウが名字ですか、らんぐり~どのほうかな? マオウ城って、自分の家に名前付けたんですか? カッコいいっすねぇ」
「魔王は名前ではないわ! 魔王ラングリードだ! 自分の家を城とか呼んでるイタい奴と一緒にするでないわ! 何たる勇者か、まったく」
ラングリードと名乗ったオジサンは、悪魔で、いやあくまで魔王だと言い張っている。どうしたものか。
「あの、さっきから俺の事を勇者とか言ってるみたいですけど、人違いでは? 俺、勇者どころか、ただの通りすがりのヘタレた紳士にすぎませんので。そろそろ帰してもらいたいんですけど……」
「フフフ、クククク、ワーハッハッハッ。そうか、そういう事か。ようやく読めたぞ!」
あっ何かわかってくれたみたいだ。そうだよね、ちゃんと話せばわかり合えるよね。
「そもそもおかしいと思っておったのだ。この領域に現れてからの行動。真っ直ぐ来れば10日とかからぬ道程を、3ヵ月以上もかけるとはな。城内に踏み入ってからもノロノロモタモタと、全ては我を焦らす戦法であったか! その上、意味不明の言動や突飛な行動で我を混乱させようとはな。勇者にあるまじき姑息な手口の数々。貴様それでも聖剣を携えし勇者か? いや、時代も変わったという事か? まあ、勝つためには手段を選ばぬその姿勢は嫌いではないがな。それにその目を隠す黒い面防。剣士として相手に視線を読ませぬのも見事だ。よかろう、新しき時代の勇者の戦いぶりというものを存分に示すがよい」
やだぁ、この人! ぜんぜんわかってくれてなかったよぉ。なんか勝手に納得して盛り上がってるし。もう、ホントに帰りたい。
ママァ、お迎えまだぁ? ボク晩御飯にはハンバーグが食べたいよぉ!




