第11話 辿り着きし場所
洞窟の深部へと足を踏み入れ、地下へ地下へと下ったはずの俺は、なんと外に出ていた。風も吹いており、日差しも感じる。鳥の鳴き声や水の流れる音も聞こえる。一体どういう事だ?
はっ、そうか! 俺は遂にアガルタに到達してしまったのか! いやまさか、オーラロードが開かれて俺は戦士になるのか?
……うん、洞窟が崖の上と舌を繋いでいたんだよね。それ以外考えられない。というか、まずそれ以外を考えた自分という存在が、俺は嫌いじゃない。
バイストン・ウェルの物語を覚えている者は幸せであるらしいからな。心豊なのか?
そもそもバイストン・ウェルは海と大地の間だったっけ? 覚えてねぇじゃん!
とりあえず、水の音がする方に向かう。水でも飲んで落ち着きたい。
しばらく歩いて行くと、どうやら低い滝があり、結構浅い小川が流れているようだ。冷たくて、おいしい。
一頻り喉を潤した後、周囲に何の気配も無いのを確認し、水浴びと興じる。うん、気持ちいいな。身体を洗えたのは何日ぶりか。正直匂っていたし、頭も痒かったから助かる。
小川で水浴び。もしも俺が美少女だったら、どこぞの主人公かエロモンスターでも現れるシチュエーションだが、おっさんのサービスシーンには野良猫1匹現れない。鑑賞し放題なのにな、絹を引き裂くような悲鳴の練習もしていたのに、無駄になってしまった。
すっきりしたところで今後の方針を思案する。うん、進む意外何もないよね。とりあえず川沿いに歩いてみる事にする。
◇ ◇ ◇
それから2、3日は順調に進んだ。川沿いのため、水はあるし、周囲には梨モドキや瓜モドキなどの木が生えており、飲み水と食べ物には困らなかったし、迷ってる感じもしなかった。毎日水浴びできたしな。
だが、段々と川沿いには歩けなくなり、水の流れる音も遠ざかり聞こえなくなった。途端に不安が込み上げてくる。
とりあえず今日はもう寝ようかと岩場に腰掛ける。おそらくもう夜更けだろう。洞窟を抜けてからは、小動物や虫が増えているようで、虫の音で何となく夜がわかるようになってきた。まぁ、わかったからって何だって話だけど、夜に寝ようとするのは人の習性か?
野生動物は夜行性のものが多いから、本来は夜じっとしてるのが正解なんだろうが、なぜか襲ってこないんだからどっちでもいい。どっちでもいいなら寝たいときに寝よう。
簡単に食事を済ませてから岩場近くの木に凭れて眠る。何処からか聞こえてくる虫の音がいいBGMとなってぐっすり眠れた。
1日中よく歩くから夜はぐっすり眠れる。ぐっすり眠るから目覚めもすっきりだ。そんな毎日なので意外に体調は良い。以前の不健全な生活とは大違いだ。
ほぼ果物と水だけで生きているが、栄養面は大丈夫なんだろうか? ああ、瓜は野菜なんだっけ? ベジタリアンとかヴィーガンとかいう連中もいたから問題ないのかな。それでもビタミンDとか足りない気がするが、本当にいいのか? だとしたら栄養学というのは本当に必要なのだろうか? 疑問だ。
軽く身体を動かし、コリをほぐしてから岩を椅子代わりに朝食を取る。同じ物ばかりなので、特にうまいとは思わないが、主食なんてそんなもんだろう。生きるために食う、うまいから食うなんてのは、贅沢な時代の常識だという事が最近よくわかってきた。食える事に感謝だ。
とか細やかな幸せを噛みしめていると、股間が何かムズムズした。いやっ、変な意味じゃないよ。座ってる岩の下で何かが動いたような感じがしたんだ。
(?)を頭に浮かべながら岩を探ると、30~40cm²くらいの穴が空いていた。いや、穴というより岩の積み重なった隙間って感じかな。何かいるのか?
様子を伺ってみると、確かに何かいる。小動物っぽい何かが。狸かなんかの巣穴だったのか?
迂闊な俺は、特に何も考えず手を突っ込んでみた。
ガリッ、痛っ! 噛まれた。まあ、そりゃそうだ、噛まれて当然、俺が悪い。血のにじんだ指を舐めながら納得する。
人間しっかり眠って、しっかり腹を満たしておけば、大抵の事は許せる。今の俺は賢者だ。いやっ、だから、そういう意味じゃないって、朝っぱらから何もしてないよ。
動物に噛まれたり引っかかれるのは、人間が悪い事が殆どだ。それで怒るのは理不尽と言うものである。
今の感じから、多分小犬くらいの何か? 歯は鋭いようだが、たいして力はなさそうだ。『う~』 という小さな唸り声がしている。弱ってるのか?
「おい、ごめんよ。ホント悪かったな。何もしないから勘弁してくれ。詫びってわけでもないが、これでも食えよ」
野生動物に話し掛けてるキモイ奴って指刺さないでね。動物好きはそんなもんなんだよ。
と、どこかの誰かに心の中で言い訳しながら、梨モドキや瓜モドキの皮を少し剥いて、穴の入り口に置いておく。怪我してるのかもしれないと思ったが、俺治せないしな。魔法がある世界なら治癒魔法もあるのかもしれないが、当然使えない。
さっき万が一を考えて、噛まれた指に向かって、(ヒール) とか(キュア) などと唱えてみたのは内緒だ。本気で恥ずかしかった。
立ち去る時、何度か背後を伺ってみたが、食べる気配はない。まぁ、俺の気配が消えるまでは無理か。肉食かもしれないしな。水分補給にでもしてくれればいいんだが。
ただの野生動物をこうもかまおうとするとは、俺も随分と一人が辛いらしいな。この寂しん坊め!
気を取り直して歩きだす。ちょっぴり後ろ髪が引かれるが、これ以上何もしてやれない。てか、向こうは何も望んでいないだろうしな。いたとしたら、多分(早くどっかへ行っちまえ!) だろうよ。いらぬお世話、有難迷惑だろうからな。
◇ ◇ ◇
それから数日、奇妙な事に気付く。俺は今、どこを歩いているんだ? いつからかはわからないんだが、気付いたら地面が随分平坦になっている。まるで道を歩いているみたいだ。当然、アスファルトや砂利舗装とかいうのじぁないけど、土道のようで歩きやすい。
手探りで調べると、横幅4mくらいでその左右は草が生えている。明らかに踏み固められた道だ。
これは遂に人里に辿り着いたのだろうか? 涙が溢れでくる。クズ主任たちに崖から突き落とされて一体どのくらい彷徨った事か。やっと、やっと人に会えるかもしれない。
いや、泣いてちゃいけない。遭遇した人に、変な奴って思われないようにしないとな。第一声は何て言うべきかな?
「Hello! My name is ……」
違うな。外国人にはとりあえず英語を使おうとするのは、日本人の悪い癖だ。じゃぁ、
「ワ・レ・ワ・レ・ハ・……」
俺は宇宙人か? 落ち着け、舞い上がるな! 深呼吸だ。あのポンコツ女神は言葉が通じるとか言ってたし、普通に話し掛ければ大丈夫か?
「やあ、ボクは小粋な紳士! 遠い世界からキミに会うためにやって来たエトランジェさ」
……やってて恥ずかしくなってきた。いつも通り
「あの~すみません」
くらいが無難だな。そうしよう。未だ会ってもいない第一村人とのやり取りを夢想しながら、さらに数時間歩き続けた。
そして、もしかしてこの道、人里から反対方向に進んでるんじゃァ? と不安になり始めた頃、前方から、異様な感覚を覚えた。これは……。
思わず固まってしまう。何かはわからない。だが、前方より、もの凄い圧を感じる。なっ何だこのプレッシャーは? 俺も遂にN‐typeに目覚めたのか? 時が見えるのか?
いや、冗談を言ってる場合ではない。かなり異様な感覚だ。しばらく固まっていたが、意を決して前に進む。
そして俺は、再び重厚な扉を見つける事になる。鉄とも青銅ともしれない金属でできた大きな扉だ。
周囲を探ってみると、石壁のような平面で垂直な壁に扉がついている。また洞窟なのか? だが、この間の洞窟とは全く異質だ。ここには何かいる。理屈じゃない、そう感じるんだ。
この扉は開けてはいけない。なぜかそう確信できる。これまでかなり適当に危険な場所にも足を踏み入れてきたが、今回ばかりは扉を開く気にはなれない。とりあえずしばらく周囲の探索に時間をかける。
その結果、この扉は歩いてきた道の到達点、他に行くには引き返すしかない事がわかった。どうも、ただの岩肌に扉が取り付けられているのとは違うようだ。見えないのがもどかしいが、荘厳な遺跡にでも辿り着いた感じといえばしっくりくるか。間違っても、山賊のアジトなんてもんじゃない。
「行くしかないよな……。よし、行くぞ!」
わざと口にして気合を入れる。そうでもしないと身体が動こうとしない。どうせ1度は死んだ身、ここに落とされてからも、何度死んでもおかしくなかったんだ。行ってやるさ!
取っ手に手をかけ、力任せに押していく。ビクともしないな。念のために引いてみる。すると扉がゆっくりと開きだした。
なぜだ? この前の洞窟から出る時は内向けて開いたから、ここも内開きだと思ったのに。人ひとり通れる隙間を作ってから、中の様子を伺う。やはり、洞窟か建物の中のようだ。とりあえず、中に入って扉を閉める。
開けっ放しは良くないよね。そういやこの間の洞窟の出口、ちゃんと閉めて来たっけ? 最近物忘れが激しい。年は取りたくないな。今更の事をうだうだ考えていても仕方がない。そんな場合でもないしな。
とりあえず入り口周囲を探索する。勿論手探りだ。そして確信する。ここは自然洞窟ではない。床と壁が垂直であり、磨かれたようにツルツルである。どう考えたって人工的に造られたものだ。しかも床には埃が殆どない。掃除されているのか? という事は……、誰かが住んでいるという事か?
まぁ、こんなとんでもファンタジー世界に俺の常識当てはめるのもどうかと思うけどな。魔法で何年たっても汚れない遺跡とかあっても不思議はないか?
それを踏まえて考えてみる。この奥に誰かがいる。もしくは何かがあるのならば、この扉が外開きで、あの洞窟の出口が内開きだったのも納得できる。この奥が起点になって、2枚の扉は、どちらもそこに達するための扉という事だ。
どうやら俺はちゃんと1つの到達点に辿り着いたみたいだな。果たして俺はこの先に待つモノにとって、招かれざる者なのか? それとも気付かぬうちに招かれていたのか?
だが、この当てのない旅も、もう少しで終わる。結末は終わってみてのお楽しみだ。俺はそんな確信じみた予感に、不安と安堵の入り混じった昂りを抑えきれずにいた。




