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魔王の名を継ぐ者  作者: 無明流一刀斎
第一章 NAMERESS WORLD
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第10話 洞窟を抜けると、そこは

 ヘルハウンドがあらわれた!


 【たたかう】・【にげる】・【おどる】・【あきらめる】


 どうする? 勇者なら迷わず【たたかう】だ。村人なら【にげる】だろう。なら俺は? 俺ならどうする?


 まて、【おどる】って何だ! 現実逃避か? 【あきらめる】と何が違うんだ? 


 俺の選択肢はそんな所には無い。俺は紳士だ。紳士たる者、他人が定めた選択肢になどこだわってはいけない。いや、他人が敷いた道を選ばない者、人はそれを紳士と呼ぶ。※違います! 良い子は信じちゃいけません




 俺は右手の杖を前に突き出し、1歩進み出る。


「来るなら来い!」


 精一杯の勇気を奮い起こし、わざと声に出して威嚇いかくする。できる事なら来ないでっという本心は決して気取らせてはならない。


 客観的に見ればバレバレのような気もするが、一世一代のカッコつけシーンに余計な茶々(ちゃちゃ)は不要だぜ!



 魔物は動かない。飛び掛かる寸前かと思われたが、意外に動きを止めている。先程までのようなうなり声も小さくなり、『グウウッ』 と低くうなっているだけだ。



 どうした? こちらを警戒しているのか? 俺はもう1歩前に出る。


 すると、その魔物は1歩後退(あとずさ)った。



 なぜだ? 獲物だと確信した相手が、反撃の体勢をとったので、急に恐くなったのか? そんな馬鹿な。


 そもそも魔物じゃなくて、ただの大きな犬だったのか? だとしても野犬なら襲ってきそうなものだが。そういや、ハイエナは長い棒状のモノを持っている人間は決して襲わないと、ものの本で読んだ事がある。こいつも杖を見て警戒しているのだろうか?



 なら、ここが責め時だ。俺は杖を見せびらかしながら、さらに前に進む。彼我ひがの距離は既に5mは切っているだろう。ひとっ飛びで襲い掛かれる距離だ。


 だが、ここで止まるわけにはいかない。考えさせるな。このまま押し切れ!


 俺は、さらに1歩前に出る。いや、もう1歩だ! 杖を伸ばせば届きそうな距離まで、一気に近付く。



 するとどうだ。魔物は慌てたように後ろに跳びのいたかと思うと、そのまま向きを変え、走り出した。そりゃあもう、背後を気にする事なく、全力で走り去って行く。



 ……逃げた? 何で? 俺のあふれ出る覇気に恐れをなしたか? んなわけあるか! 一体何がどうなってんだよ。でも、……助かった~。




 俺はへなへなと崩れ落ちる。多分、今俺は泣いてるんだと思う。いろんな感情が入り乱れて、自分でもわけがわからなくなっている。だが、俺は男だ! それも紳士だ! 例えどれだけ混乱していても、クールな部分が正確に状況を確認している。


 うん、漏らしてない! よかった、これで俺はまた胸を張って歩きだせる。俺は男の尊厳を失わなかったんだ。


 そうだ、これはうれし泣きだ。男として勝ったんだ! 何に? とは聞かないでね。




 足に力が入らないので、そのままって壁際まで進み、もたれかかる。


 背負っていた梨モドキを取り出し、皮をく。形はバナナなので妙な感じだが、いい加減もう慣れた。棒状の果実をかじる。シャクっという小気味いい音がして、瑞々(みずみず)しい果汁が口一杯に広がる。


 梨うまっ! 実は俺は林檎りんごより梨派だ。また俺の秘密を一つ知られちまったな。恥ずかしいぜ!


 ふぅ、少し落ち着いてきた。改めて確認するが、うん、漏らしてない。自分で自分を褒めてあげたい。




 さて、どうしようか。いつまでもここで座っていても始まらない。でも、あんな魔物がいると改めて認識してしまうとなぁ。

 俺はさらに10分程逡巡してから、ようやく再び歩きだす。できるだけ、さっきの魔物の逃げた方向は避けて、先を急ぐ事にする。


 その後、どのくらいの時間が経ったのだろうか? 周囲を警戒しながら進むため、探索スピードは相当落ちている。それでも確実に進んで行く俺。既に8回目の階段を下り切った。


 実はこの間、何度か魔物にエンカウントした。例の犬のような魔物だけでなく、全身を引きずるように移動する随分と重そうな何か、何本足かわからない虫のような魔物など、数種類はいたのだが、その全てが俺の存在を確認するや、一目散に逃げ出した。こいつらは、経験値バカ高なメタルのあんちくしょうなのか?


 俺って結構動物には好かれるほうだったんだが、魔物には毛嫌いされるのだろうか? それならうれしいんだけどね。できれば獣人や亜人に嫌われる体質じゃないといいなぁ。




 それから何時間経っただろうか? さすがに眠くなってきた。相手が逃げ出すとはいえ、魔物と何度もエンカウントするのは相当に精神が摩耗まもうする。


 1ひとつき以上歩き続けているため、以前とは比べ物にならないくらい体力が着いてきているのだが、それでも気を張ったまま歩くというのは、思ったより体力の消費が激しい。


 そろそろ眠りたいのだが、いつまた魔物が現れるかと思うと、恐くて眠れそうにない。ないのだが、人間が眠らずに生きていけないのは道理だ。どこかで休まないとな。


 そういう事で、少しでも安全を確保できる場所を探して彷徨さまよった結果、袋小路になっている場所で眠る事にした。通路から10m程奥まった場所である。


 入り口をふさがれたら終わりだが、背後から近付かれる心配はない。とりあえず壁にもたれかかり、葡萄ぶどうモドキや梨モドキを少し食べ、身体の力を抜く。

 すると、すぐに睡魔が襲ってきた。その睡魔が恐怖心に打ち勝った時、俺は意識を手放した。



  ◇  ◇  ◇



 どのくらい眠っていたのだろうか? 俺はどでかい魔物が大口開けて飛び掛ってくる夢で、飛び起きた。思わず声が出たと思う。


 すかさず身構え、息を整えている最中に気付く。袋小路の入り口辺りに何かの気配がしている事に。


 危なかった! このまま寝ていたら二度と目が覚めなかったかもしれない。


 杖を握りめて立ち上がる。呼吸を整えながら、杖を構える。構えてどうなる? と言う事なかれ! どうなろうが、恐いんだから仕方がないじゃん。


 使った事もない横浜弁モドキで言い訳してみる。うん、既に現実逃避が始まってるな。起き抜けにこれはないだろ! 心臓に悪過ぎる。



 だが、今回もまた襲われなかった。こちらの気配をうかがっていたようだが、しばらくすると、どこかに行ってしまった。


 ふぅっ、今回も助かった。さすがにこう何度も助かると、単なるラッキーなどとは思えない。なぜだ? もしかして、これ、手のかかったドッキリか? ドッキリだとしたら、どこから? ポンコツ女神も仕掛け人だったのか? 1ひとつき以上ドッキリにかけ続けてるってどんだけ手が混んでんだよ! 


 そういや昔、金持ちの男が命を狙われ続け、最後に人を殺してしまうが、全てが組織ぐるみのドッキリだった、って映画を見た覚えがある。その類か? タレントならまだしも一般人騙だますのに、こんな手間と金をかけるだろうか? 


 最近は、性質たちの悪いドッキリ番組がTVでやってるが、俺はあんまり好きではない。立場の弱い若手芸人をあの手この手でイジメて笑い者にする、それの何が面白いのか? 見ていると腹が立ってくる。ディレクターなり局なりを訴えてやればいいのに、と想いながらチャンネルを変えるのがいつものパターンだ。もしもこれがドッキリだったら、絶対に訴えてやる! 後で誤れば笑い話ですましてもらえると想ったら大間違いだ。例え大金積まれても許せる範囲を逸脱しているだろ。


 ああ、これも現実逃避だな。どう考えてもあり得ない。いい加減現実を受け入れなければならない事はわかっているんだが、あまりに現実離れした状況に、どうも受け入れ切れない自分がいる。無理もないよね。




 とか言ってるうちに、行き止まりにぶつかった。ふぅ、このルートも外れか。という事はあの分岐を左に……、と考えていて気付いた。壁がおかしいと。


 突き当りの壁の素材が、今までの通路の岩壁とは違っている。これは金属か? しかも何かのレリーフが施されている。手探りであちこち触っていてようやくわかった。取っ手がある。これはおそらく扉だ、しかもかなり大きく重厚な扉。それがそこにあった。



 この洞窟に足を踏み入れて、おそらく2、3日は経っていると思う。その間、扉や人工的な部屋などには1度も辿り着かなかった。階段といやにならされた床だけが、この洞窟に何者かの手が加わっている事を示唆しさしていた。それが今ここに、明らかに誰かが設置したであろう扉がある。


 どうする? 応えは決まっている。考えるまでもなく開けるしかない。当然リスクはあるがそれがどうした? 俺は取っ手に手をかけ、ふと考える。


 押すか? 引くか? それとも左右に拡げるか? 


 まずは押してみる。ビクともしない。じゃあ引いてみる。おおっ、何か動きそうだ。力を入れて引く。ずずず、と重い音と床をこするような感覚とともに、扉が手前側に開いていった。そして隙間ができるなり、強い風が吹きつけてきた。


 えっ、部屋じゃなくて外に出たのか?


 思い切って扉を開け、通り抜ける。そこには、これまでと違い、新鮮な空気と鳥の鳴き声、そして遠くから水の流れる音が聞こえてきた。……外、なのか?



 どうやら出口だったらしいのだが、どういう事だ? 俺は50段程の階段を8回くらいは下りたぞ。なぜ外に出る? 


 混乱した頭で前に歩きだした俺は、扉から4mの辺りで派手に転ぶ。地味に痛い。どうやら3段くらいの下り段があったらしいな。あまりの驚きにまともに杖を突くのを忘れて歩いていた。自分の不注意だけに誰にも文句は言えない。


 とりあえず転んだ所で座り込み、周囲を観察する。


 心地よい風が頬を撫でる。太陽の暖かい光が肌を刺しているのが感じられる。


 地下じゃない! 明らかに外に出てしまっている。



 洞窟を抜けると、そこは……外でした。下りた階段を上ってもいないのに!

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