第9話 洞窟に入る♫
あれから何十年経ったのだろうか。たった一人で生きていくのにも、もう疲れた。横井さんや小野田さんはこんな気持ちだったのだろうか?
いや、彼らは、お国のために戦い続けていたんだ。ただ彷徨い続けていただけの俺とは違う。一緒にしたら失礼だ。
偉大な二人に改めて敬意を表す。
最後にもう1度だけ、女神様のイヌ耳姿を拝みたかった……。今度生まれてくる時は、せめて……。
って、ごめんなさい。あれから、せいぜい1ヵ月程度しか経っていません。まぁ、実際は何日経ったかわからないんだけど。
とりあえず、眠くなるまで歩き続け、ぐっすり眠って、また歩く。相変わらず魔物の類は寄ってこない。
時々見つける湧き水や小川で水分補給をし、果物で腹を満たす。例の瓜モドキ以外に、ライチサイズの葡萄っぽいのや、バナナみたいな梨っぽい果物も見つけて食べている。あまり多くは持ち歩けないが、結構あちこちになってるから困らない。
寂しさにも、もう慣れた。孤独なんて慣れてしまえば……、いや、よそう。くだらない見栄を張っても仕方がない。
寂しいよ。一人暮らしが長い俺でも、やっぱりずっと一人は嫌だ。人の声が聞きたい。人工音声でも、この際機会音でもいい。人が居るのを実感できる音を聞きたい。
ふぅ、思ったよりメンタルがやられているのかもな。
さらに数日歩き続け、果物を採取し、再び気合を入れて歩きだしていた俺は妙な事に気付いた。
何か違う。違和感がする。これは何だ? しばらく考えてふと気付く。風の流れが変わっている。杖音や足音の響きも違う。これは屋根があるのか? 建物の中に入ったのだろうか。
街を歩いていたら、いつの間にかアーケード街に入っていた時のような感覚だ。当然商店街のBGMなんて聞こえてこないけどね。
とりあえず、進路を変え右に歩きだす。すぐに壁にぶつかる。Uターンしてまた歩く、30歩くらいでやはり壁にぶつかった。自然壁だし、どうやら洞窟に入っていたようだ。かなり広いな。でも、うれしくなる。
いや、普通洞窟なんか見つけたら、獣の巣かと警戒すべきだ。迷わず入るのは、どこぞの勇者|パーティーか川口浩探検隊くらいだ。
でもやはりホッとする。全く何の情報も無く歩き続けていたのに、方向を定められたのだ。奥に進むか、引き返すかの二択に。
俺は自由度の高すぎるRPGは苦手だ。既定のルートを辿ってストーリーを追っていく方が安心できるタイプだ。もはや魔物とエンカウントする事は覚悟の上だ。進んでやるよ! だって戻ってもどこ行きゃいいかわかんないもん。
積極的か消極的か自分でもよくわからない感情に、破れて剥き出しの背中を押され、奥へと歩を進めた。
後日、この時の事を想いだし、洞窟に入るという判断をした自分が恐くなる。人里を探していたはずなのに、なぜ洞窟なんかに入ってしまったのか? 彷徨い過ぎて冷静な判断ができなくなってたんだろうな。普通は入らないよ。
洞窟に入ってどの程度歩いただろうか? わかるわけがない。いつから洞窟に入ってたのかわからないんだから当然だ。
俺は一体誰に胸を張っているのか? 時折そんな自分が哀れになる。まあ、とにかく歩き続ける。魔物どころか蝙蝠すら現れない。
洞窟といえば、以前見たTV番組で、無数の蝙蝠が住み着いた洞窟には、その糞を食べる巨大ゴキが床一面を覆い尽くしていた! 魔物よりその方がよっぽど恐い。やばいな、想像したら鳥肌立った。まさか気付いてないだけで壁一面って事はないよな……。
そんな危険思考と戦っていると、思わず声が出そうになった。
杖が空を切ったのだ。失明後、一番怖い瞬間がこれだ。何かにぶつかって怪我するくらいは何という事はない。踏み出した足が床を踏まなかった時の恐怖は例えようもない。
何とか踏みとどまって、杖で周りを探る。そして驚かされる。
階段だ! 床がないのではなく、下り階段になっている。どういう事だ? ここは自然の洞窟じゃあなかったのか。
さて、どうする? いや、考えるまでもない。下りるしかないだろう。それにしても、何者かの手が加えられているという事は、この先に誰かがいる可能性が出てきた。それが俺にとって都合のいい相手か否かは想像もつかないが、永遠に誰とも会えないよりはましだろうよ。
会わなきゃ良かった、なんていう展開にならないように願うだけだ。ホント頼むぜ!
ゆっくりと足元を確認しながら階段を下りる。50段程下りた所で下りきり、再び通路が続く。アパートの階段って確か1階12、3段だったはずだから、4階分くらい下ったのだろう。だいぶ深いな。
洞窟に入っていると自覚してから、5時間以上は経っているだろうか。今更気付いたが通路の横幅がだいぶ狭くなっている。歩数で言うと、15歩くらいか。入り口近くの半分くらいになっているようだ。凸凹だった地面も、いつの間にか均されたように平らになっていて歩きやすい。
別れ道はあるが、適当に選んでは進み、行き止まりだと戻って、また選び直す、の繰り返しだ。迷っているように見えるだろうが、そうではない。全ての道を一つ一つ試していかないと正しい道はわからない。このやり方でしか進めないんだよ。
FFやDQではなく、ウィズをやってる気分だ。頭の中で地図を描きながら迂遠なダンジョン探索を進めていく。
オートマッピングが当たり前の時代のゲーマーには理解しがたいだろうが、昔はこうやって、手描きの地図を作りながらダンジョンを攻略するのが当たり前だったんだよ。
(また始まったよ、老害の昔自慢) とか思ってる奴、お前らだって年下の連中からはそう思われてるからな! この世の中、【近頃の若いもん】と【口うるさい年寄り】の2種類しか存在しない。そして殆どの者が、状況によって、どちらにも当てはまるんだよ。ざまぁ見ろ!
何処の誰かはわからない相手に説教しながら、さらに先に進む俺。最近すっかり一人遊びが板に着いてきたな。
全ての通路を潰しながら先を進む俺は、2度目の階段を下る。今回も50段くらいあった。どれだけ深いんだ?
この頃になると、俺は周りを気にせず鼻歌を歌いながら歩いている。洞窟がいかにもゲームのダンジョンっぽくなってる事と、地面が平らになり歩きやすくなった事で、少し緊張感が薄れてきていた。
そういう状況だから、昔やったRPGのダンジョンBGMを口遊む。何作目かは覚えていないが有名タイトルや無名だが個人的に好きだったタイトルのBGMが次々と思い出され、楽しくなってくる。
さらには洞窟という事で、インディさんのテーマ曲へと続き、懐かしい、水曜スペシャルのかっちょいいBGMが流れ、遂にはかの名曲、行け!行け!川口浩、を熱唱していた。嘉門兄さん、最高ッス!
そんな事をしていた俺は、今更ながらに自分の迂闊さに後悔する。ここに来て以来、魔物や獣の気配はすれど、全く襲われない事に慣れてしまい、周囲を警戒するという当たり前の事を怠ってしまっていたのだ。
気付いた時にはもう遅かった。通路の前方7、8mといった辺り、おそらく曲がり角か脇道を曲がった付近で、獣の唸るような声がしている。ゆっくりとこちらに歩いて来る、ヒタヒタという足音も聞こえている。
わかってもらえるだろうか? バイオハザードで曲がり角の向こうから、ゆっくり歩く犬のクリーチャーの足音が聞こえてきた時の、あの緊張感を。まさしく今そんな状況である。
そして、硬直するこちらの事など、お構いなしに、それは眼前に姿を表した。
『グルルルルッ』 そいつは低い唸り声をあげ、威嚇している。音の位置から、かなり大きい。あくまで俺が感じたイメージだが、グレイハウンドっぽい犬型の魔物、当然グレイハウンドより2、3回りは大きい個体が、歯を剥き出しにし、ヨダレを垂らしてこちらを睨んできている。あくまで勝手なイメージだ。
終わった。確信できる。こんなの目が見えてたってどうにもならない。逃げる事など論外だ。犬系の獣は逃げると追いかけて襲う習性がある。いや、そもそも肉食の猛獣なら背中を見せた瞬間終わりだ。覚悟はしてはいたんだが、やはり恐い。
気付けば、足が震えている。心臓が締め付けられ、今にも爆発しそうだ。歯もガチガチと噛み合わない。
そんな俺を見て、奴は2、3歩近付いて来る。心なしか体勢を低くしたように感じる。飛び掛かって来る事が容易に想像できる。
逃げたい! 背を向けた瞬間終わる事がわかっていても、逃げ出したい!
女神様、俺、頑張ってみたけど、ここまでだったよ。せっかく助けてくれたのに、1月彷徨って終わりだった。
いや、これを頑張ったとは言えないな。もっと他にやりようはあった気がするが、もう遅過ぎる。ホントろくな人生じゃなかったな。まぁ、最後に常人ではあり得ない、とんでもファンタジー経験ができただけでも、面白いい人生だったのかな?
イヌ耳女神の顔を思い出していると、少し落ち着いてきた。
そうだな、あのポンコツ女神様、別れ際に、いつも俺の事を見守っているとか言ってたしな。社交辞令なのはわかっているが、あんまり無様なところは見せたくない。
人間、追い詰められ過ぎると、却って冷静になるもののようだ。
いいさ、俺はここで死ぬ。わんこの餌だ。犬好きには堪らない最期だろう。まぁ何の化け物かわからないけどね。
とにかく、何が言いたいかと言うと、背中から襲われて無様に殺されるよりは、正面から立ち向かって死んでやる。
背中に負う傷は恥だ、男なら死ぬ時は前のめりに倒れてやる。俺の三河魂を見せつけてやるぜ! いや、別に俺、愛知生まれでもなければ、徳川フリークでもないけどね。敢えて言うなら、織田嫌いの武田贔屓だ。ホントどうでもいいな。
1つ深呼吸し、覚悟を決めた俺は、杖を前にだし、ゆっくりと歩きだす。
恐怖に向かって! 終わりに向かって! それでも俺は、前に進む事だけはやめたくないんだ!




