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実の所、ドニカを運ぶ手段がない訳ではない。
フィーには魔法がある。
飛行魔法だって、実はお手の物だ。
雨だって問題なく弾けるから、病人を濡らす事無く運ぶなんて造作もない事……なのだが、収納魔法同様、飛行もかなり希少魔法。
目を付けられると面倒なので、出来れば大っぴらには使いたくない。
それ以外にも理由はある…どちらかといえば、そっちの方が問題だった。
この辺りを詳しく知らないのだ。
公爵家の王都邸から王宮まで、馬車以外での移動なんてした事がない。
いや、外出した事がない訳ではない。
先だっては、モーソー男爵家の聞き込みに下町の方へ行ったし、メイドなのだから、主人に用を言いつけられれば、普通に外出だってするのは普通の事で、珍しくとも何ともない。
ただ、フィーは早々にアンネッタ付になった為、外出するような用は殆どなかったし、王宮方向へ向かうときは、いつだって王宮に用がある訳で、寄り道なんてする事はなかった。
自分の買い物で、出かける事もあるにはあったが、それだって王宮方面の高級店に用はなく、行くのはもっとお手頃価格の庶民向け店ばかりだったのだ。
それは王宮方面とは、完全に違う方向にある。
そんな訳で、病人を抱えて速やかに移動するには、とてもとても心許ないのだ。
相手は王宮の御者だから、拒否される可能性は十分ある。
まぁ、それならそれで、せめて宿の方向だけでも教えて貰えれば助かる。だが、予想に反して、御者はあっさりと承諾してくれた。
御者の手も借りて、ドニカを何とか橋の上の馬車まで運ぶと、彼は少しゆっくり目に馬車を走らせだした。
病人がいるからと、気を遣ってくれているのだろう…ありがたい事である。
それから程なくして馬車の速度がゆっくりになり、そして止まった。
宿の人に話を通す事も御者がしてくれたし、何より公爵邸へ事情も伝えに行ってくれると言う。
手厚すぎて申し訳ないくらいだ。
言葉に甘え、フィーは御者に深く頭を下げて見送ると、そのままドニカが運び込まれた部屋へ案内をお願いした。
こんな高級街の宿なんて泊った事がないので、相場はさっぱりわからない。
少々ドキドキしながら案内について行くと、存外普通の部屋だった。
顔には出さないが、ポケットの金袋をこっそり握りしめ、内心ではホッと胸を撫で下ろす。
使用人用の部屋…多分そうだと思う。
清潔なベッドが2つ、両端の壁際に置かれ、部屋の真ん中…ベッドの間に小さめのテーブルと椅子が2脚。
そのベッドの一つに、ドニカが寝かされていた。
フィーは部屋と状況を確認すると、看病の為の盥等を借りに行く。
水も氷も、フィーは自身の魔法で作り出せるので、盥と手ぬぐい程度で十分なのだが、宿の人はそんな事を知らないので、どちらも準備してくれた。
ありがたく使わせて頂こう。
高熱で苦しむドニカの額に、氷水を絞った手ぬぐいを置き、フィーは椅子を枕元に引き寄せて座った。
ざっと鑑定したが、単なる風邪だったので、熱が下がれば問題ないだろう。
(それにしても…何があったのかしら…。
彼女とナホミの様子を、あの後もう少し見ていた方が良かったのかもしれないわ…って、後悔先に立たず…ね。
ドニカの熱が下がって、目が覚めたら聞いてみましょ。
もし……もしも、本当にナホミが主導なら、彼女の身の振り方も、少し考えないといけないかもしれない……。
はぁ、奥様の口癖じゃないけど、頭が痛いわ……)
フィーは椅子に座ったまま、ベッドに横たわるドニカを見てから、すっかり暗くなった雨空を、窓越しに見上げた。
ナホミは夕食用のシチュー鍋を、ゆっくりと掻き回しながら、不機嫌に爪を噛んだ。
学院でドニカに怒鳴った事を思い出したからである。
フィーがあの場を去った後…と言っても、ナホミもドニカも、フィーに観察されていた事なんて気付いてもいないが……つい怒りのままにドニカを甚振ってしまった。
『いい?
あたしの役に立たないなら、ドニカなんて要らないのよ!
もう見捨てちゃおっかな~』
『ぅ…そん、な……見捨てないで…あたし…』
『ドニカが命令できる立場だと思っての!?』
『ち、が…命令なんてしてな、い、お願い、お願いをして、る、だけ、なの…』
『どっちにしろ、あたしはもう我慢の限界なのよ、わかる?
いいから結果を出してよ!
話はそれからよ。
あぁ、結果が出せるまで、戻って来るんじゃないわよ!』
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