182 狭間の物語 ◇◇◇ デービーの後悔―2―
デービーは貴族牢の中で、やっと自分の歪みを自覚した。
自覚した途端、胸の奥から苦いモノが込み上げる。
より幼い頃…側近でもなんでもなく、ただの幼馴染だった頃は、ケルナーにも距離を感じる事なんてなかった。
アンネッタだってお転婆だったし、そんな彼女にちょっかいを掛ける事にも、抵抗なんて感じなかった。反対にエネオットの方が大人しくて良い子だった。
アンネッタを自分の背に庇う様に、ケルナーとデービーの前に立ち、嫌がらせしたりしないよう注意してくるエネオットに、むかついた事だってあった。
面白くない
非常に面白くない…と、デービーはケルナーと一緒になって、更にアンネッタを揶揄ったりもした。エネオットは王子だから、標的には出来なかったからだ。
それなのに………。
大人になったかのように、ケルナーの方が、先に自分達と距離を取り始めた。
悪戯に誘っても頷かない。
勉強時間にサボらない。
幼いアンネッタを気遣う様になった。いや、その頃にはアンネッタも大人しくなっていたような気もする……どうだっただろう…。
アンネッタだけではなくネルローネ王女に対しても、態度を改めた。
そんな態度の変化は、子供達からだけではなく、大人達からも一目瞭然で、デービーは裏切られたような、置き去りにされたかのような、そんな心許なさに苛まれる。
―――なんでだよ
―――いい子ぶりやがって
―――自分だけ褒められて
―――なんで……
デービーの心に蘇った、幼い頃の記憶……その風景の中に思い出した事が一つあって、叫んでいた口を閉じた。
―――あぁ……
―――……そうだった…
―――あいつらが…
―――ケルナーもアンネッタも変わった頃…
―――あいつらの傍に一人増えたんだった
―――もっとちっさい、だけど幼子らしくない無表情な少女
―――そいつが何かしたんだ
アンネッタよりも小さな、メイド服に身を包んだ少女が寄り添うようになって、急激にケルナーやアンネッタとの距離が離れた。
そんな思い出に、デービーは目元が引き攣った。
幼い癖に、まるで大人のような落ち着きと貫録を持った幼女と、先日の魔法合戦で、自分を叩きのめしてきた少女が同一人物だと気が付いた。
―――そうか
―――そうだったのか
―――敵う訳がなかったんだ
―――あのケルナーとアンネッタを矯正した幼女なら
―――わたしをねじ伏せるのも簡単だったろう…
今更だ…今更だが、後悔がとめどなく溢れてくる。
側近は外されるだろう。
エネオットは…少しは惜しんでくれるだろうか…。
いや、少しくらい惜しんで欲しいと思う気持ちはあるが、反面、そんな訳はないとも思う。何故なら、エネオットの柔らかい心に、仄暗い楔を打ち込み、傷つけ続けたのは自分だ。
最近拒絶されていたのは、それに気づかれたからかもしれない。
ケルナーはどうだろう。
許してくれるだろうか…わからない。
許して欲しいと思うが、許される筈がない事もわかっている。
自分はケルナーを消し去るつもりだった。つまりは殺したいと思っていた。
だって消えてくれなければ、いつまでたってもデービーの前に、彼は立ち塞がり続ける。
邪魔だ…目障りだ……何度思ったかしれやしない。
そう思っても必死に押さえつけていたのに、酒の勢いとナホミの唆しで、デービーの悪意は堰を切ってしまった。
ずっと悪意を募らせ、仕えるエネオットも醜い泥沼に引き摺り込んでしまった。もう取り返しは付かない――覆水盆に返らずとはこの事だろう。
両手で顔を覆い、暫くした後、デービーはほぅと息を吐く。
だが、これで良かったのかもしれない。
ここで終わりに出来る。
これ以上、悪意を募らせる事も、比べられて惨めな気持ちになる事も、もう遠くなる。あの両親の顔も見なくてよくなるのだ。
囚われて、裁かれる日を心待ちにする日が来るなんて、デービーは思ってもみなかった。
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