181 狭間の物語 ◇◇◇ デービーの後悔―1―
気が付いた時、浮かんだ感想は『ベッドが硬い』だった。
後程、寝具担当のメイドを締め上げてやろうと考える。
次は視界に入ってきた天井。
ベッドに寝ているのに、天蓋ではなく天井が見えた事に違和感を覚えた。
デービーはゆっくりと身体を起こすが、あちこちが酷く痛い。痛みに思わず顔を顰めるが、その時目に映ったモノに固まった。
――いつもの寝巻じゃない?
ハッとしたように周囲を見回す。
もう一度、ベッドの上に身を起こしたままの自分を見下ろした。
そこまでして、やっと自分の行いを思い出す。
自分が信じられない様な気持ちで、左手で顔半分を覆った。
「……あぁ……」
言葉が続かない。
『なんて事をしでかしてしまったんだ』と思うのに、薄く戦慄く唇から漏れたのは、意味を持たない音でしかなかった。
ケルナーの事は嫌いだ。
心底嫌いだった。同じ側近と言っても、その中に力関係は存在する。
一番重んじられるのは魔法護衛側近――即ちケルナーだ。
日々の書類仕事の為に文官側近は、殿下に近い。しかし魔法護衛側近は更に近い位置に立つ。
護衛側近であるチェポンの位置が、この中では遠目に置かれるのは、場所によっては帯剣が許されない事もあるからだ。そんな理由で一番近くで守る魔法側近、次いで日々の仕事の補佐をする文官側近、そして通常護衛側近……この国ではそう位置付けられている。
デービーだって魔力は高い。
先だって平民風情に、いいように遇われてしまったが…。それでも自分が魔法護衛側近に選ばれると思っていた。
両親もそれを期待していた。
なのにケルナーに持っていかれてしまった。
ケルナーの家…オファーロ公爵家は中立派で、王子の側近は出さないと思われていたし、そう囁かれていた。令嬢が婚約者として立った為、側近まであの家から選出はされないと思われていたのだ。
いや、それは選出されれば自分は負けてしまう…と言う予想があったという事の裏返しにすぎないと、デービー自身もわかっている。
それでも…なんとしても魔法側近と言う肩書が欲しかった。
オファーロ公爵家は王家と距離をとろうとしていた事を、上位貴族では知らぬ者はいない。だが王家からの打診に、それ程間を置かずに受け入れた。
当然ノクレンダ侯爵家を始めとする貴族派は物申した。
王派が重用されるよりはマシだが、だからと言って中立派に天秤が傾くのも面白くない。
だが、ケルナーの実力は、そんな難癖を黙らせるのに十分だったのだ。
結局それ以上ごねる訳にもいかず、文官側近に収まるしかなかった。
邸では両親に不出来を嘆かれ、王宮ではケルナーの有能さを見せつけられる。
幼い頃、庭で遊んでいた時…偶々エネオットと二人になった事がある。ケルナーはアンネッタの迎えに離れ、チェポンは騎士団長に呼ばれていた。
そんな時だったと思う。
エネオットが少し苦しそうに呟いた。
『どうして僕は出来損ないなんだろう…』
そう呟いて、涙を堪えるエネオットに、デービーの胸の奥で黒いモノがゾワリと蠢いた。
『あぁ、わたしだけじゃない。
殿下もケルナーやアンネッタと比べられてるんだ』
仄暗い共感。
それからだ。
デービーは何かにつけて、エネオットの心に、笑いながら傷をつけた。
―――ケルナーと比べられてるんですね
―――御可哀想に
―――殿下の事もわたしの事も、ケルナーは見下してるんですよ
―――腹立たしいとは思いませんか?
―――アンネッタ嬢も優秀ですもんね
―――また王妃様がアンネッタ嬢を褒められたとか
―――殿下……彼女もケルナーと同じですよ
―――わたし達とは違うんです
―――ですから、わたし達はわたし達で支え合わねば…
気遣う振りをして、傷つけ続けた。
エネオットの横顔が悲しみを湛える様子に、喜びを感じた。
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