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だが…と、フィーは思う。
ドニカはただの傀儡……哀れな道化師に過ぎない。
つまり彼女を厳罰に処したところで、後ろで糸引いていたナホミには、一太刀も浴びせる事が出来ないのだ。
そんな馬鹿げた話はないだろう。
更に、虐待を受けていたにしては、ドニカの警戒心は弱いし、根は素直に思える。これは『豹変する前のナホミ』の功績ではないだろうか……。
そんな本当の…と言って良いかどうかわからないが、以前のナホミの功績と、ドニカからの信頼を悪用した『豹変後のナホミ』を、放置してはいけないと思うのだ。
だが…と、フィーは再び考える。
その方向に持って行く為の方法が、さっぱり考え付かない。
嘘を交えて誤魔化すのは、メナジア相手では悪手な気がする。
それに今回の場合、アンネッタに口添えを頼んでも効果は薄そうだ。
ケルナーには頼むだけ無駄だろう…何しろメナジア夫人からの信用が地を這っている。
残るは『旦那様』か『執事長』、はたまた『メイド長サリタ』なのだが……。
(旦那様は存在感が薄すぎて、捕まえるのに骨が折れるのよ。
それに…暖簾に腕押し、糠に釘…なのよねぇ。
執事長も同じく。
一番何とかしてくれそうなのはメイド長なんだけど……当のメイド長が、私を苦手としてるみたいなのよね…困ったわ、どうしよう…)
別方向で項垂れる二人を現実に引き戻す音が、突然響き渡った。
かなり思考の海に沈み込んでいたらしい。
部屋のドアがノックされる軽い音とは裏腹に、緊張を滲ませたフィーが返事をする。
「……ぁ、はい」
「(遅くに申し訳ございません。
使いの方がお見えなのですが…)」
宿の従業員であろう人物の言葉に、フィーは顔を引き攣らせた。
専属なので、アンネッタからの使いだと考えるのが普通だろう。
しかし、アンネッタはフィーの不在を不安に思うだろうが、だからと言って我儘を振りかざす令嬢ではない。
今日で二晩も不在になってしまって心苦しくはあるが、事情を知るユーミやイメネアが、何とかしてくれていると思う。
次に可能性が高いのは、ユーミやイメネアだが、彼女達なら使いの者を寄越すより、自分で足を運ぶだろう。
その方が早い。
最後の可能性……一番考えたくない可能性だが…。
恐る恐るドアを開ければ、隙間の向こうに見えたのは、最初に宿の従業員。
次いで……オファーロ公爵家 護衛騎士団長ヤッセムの顔だ。
(詰んだ……)
ヤッセムが苦く笑う。
「すまないな。
奥様がお呼びなんだ」
先手を打たれた。
これと言って何も考え付かないまま、メナジアの下へ連行される事が決定事項となった。
重く了承の返事をし、ドニカに声を掛けようと踵を返したところで、追い打ちの言葉が掛けられる。
「あぁ、保護した者も連れてくるように、との仰せだ」
あぁ、すっかりバレテーラ……と、フィーは思わず天を仰ぎたくなった。
「病だそうだが、馬車への移動は可能か?
無理そうなら抱えていくが」
「……いえ、熱は下がっているようですので、問題ないかと…」
「そうか。
まぁ諦めて準備を頼むよ」
「ハイ。
承知シマシタ」
これはユーミかイメネアが締め上げられたな…と、頭の片隅で分析しながら、少し怯えているドニカへ近づく。
「……話は聞こえていた…わよね?」
「…うん」
「ごめん。
何の対策も出来ないままだけど、一緒に来てくれるかしら……」
ドニカはキュッと下唇を噛み締め、シーツをクシャリと握りしめる。
これまでナホミの言動に従っていただけとは言え、彼女自身のやらかしなのも本当の事だ。今更、逃げ場なんてない。
理解していると思うが『はい そうですか』と、すんなり身体が動かないのも本当なのだろう。
暫く沈黙が続くが、ドニカがゆっくりとベッドから下りる。
そしてフィーの前で止まった。
「その……もしかしたら、このままもう会えないかもしれないし…。
だから……」
そこで言葉を詰まらせたドニカだったが、ゆっくりと、けれど深く、フィーに対して頭を下げた。
「ごめんなさい。
酷い態度ばっかりで、本当にごめんなさい。
悪役なんて言ってごめんなさい。
……本当にごめんなさい…」
思いも寄らなかったドニカの行動に、フィーの方が固まった。
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