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ドニカは声をあげて泣き始めた。
シーツに顔を埋め、慟哭の叫びをあげ続ける。
今はそっとしておくしかないが、こんな状態のドニカを放置して、邸に戻るのも躊躇われる。
いや、別に構わないのだが……一人にした途端、自死でも選ばれたら、それこそ寝覚めが悪いではないか…。
フィーは諦めの溜息を一つ、こっそりと零して、引き寄せた椅子に腰を下ろした。
気付くと、ドニカは泣き疲れたらしく、寝息を立てていた。
顔色はあまり良くないが、ドニカの額にそっと手を当てれば、熱はすっかり下がり、今も落ち着いているようだ。
病み上がりの微かな窶はあるが、後は寝て食べれば回復するだろう。
少しくらいなら離れても大丈夫そうだと考え、看病の為に借りていた盥等の返却に向かった。
そう言えば何も食べていなかった事を思い出し、ついでに残り物でも…と考える。
ドニカにも何か食べさせた方が良いが、それは目覚めてからで良いだろうと、 自分用にパンと水を貰って、部屋に戻った。
ベッド脇の椅子に再び座り、もそもそとパンを食べていると、シーツの擦れる音がする。
顔を巡らせると、ドニカの瞼が薄く開くところだった。
「調子はどうですか?」
フィーの声に反応して、ドニカはゆっくりと視線を動かす。
寝起きで状況が理解できていないのか、表情は虚ろなままだ。
だが、それも直ぐに払拭された。
目の焦点が合い、ドニカは困惑交じりに視線を揺らす。
「えっと…あたし…」
「気分はどうでしょう?」
「気分……ううん、もう大丈夫…です」
『おや?』と、フィーの方が目を瞠る。
言葉遣いの変化に気付いたが、ドニカは腐っても男爵令嬢…貴族だ。
平民でしかないフィーに対して、して良い言葉遣いではない。
「ドニカさん…いえ、ドニカ様、私に対し敬語は不要です。
御存じだとは思いますが、私は平民です」
そう言うと、ドニカは弱々しく首を振って眉を下げた。
「あたしだって、平民とかわんないもん…ううん、それ以下だったもん。
ナホミが来てくれるまで、あたし……ゴミ箱を漁ってたの。
父さんも母さんも、お兄ちゃんも、あたしを家族と思ってなかったから。
…汚れたり腐ったりしてない食べ物なんて、ナホミが来てくれるまで、あたしにはなかった…。
ね?
あたしって平民以下でしょ?」
悲し気な微笑みに、フィーは咄嗟に言葉が出ない。
「だから、あたしに『様』なんかつけないでよ。
そんな柄じゃないし、敬語だってやめてほしい……」
フィーは困ったように眉根を寄せて少し考え、諦めたように肩を落として息を吐いた。
「……はぁ、じゃあ今だけ、ね。
この国には身分制度があって、それは蔑ろに出来ないのよ」
「あは…そうだった。
そうだったよね。
それなのに、あたしったら……なんで…」
そのまま黙り込んでしまったドニカだが、少ししてボソリと零す。
「あたし……えっと、何だっけ…そう、ふ、け?
あぁ、そう不敬だ。
……その不敬とかってので、牢屋に連れて行かれる?
処刑、され…ちゃう…?」
少し落ち着いて、今後に不安が出てきたのだろう。
エネオットに対する態度は、当時の彼が何も言っていなかったのなら、恐らく大丈夫だろう。
現在は中の人は耕作になっているし、耕作の意識なら、ドニカだけを責めるような判断はしないと思われる。
他の令息令嬢に対しても、彼ら彼女ら自身の行動言動にも問題があったのだから、そこを突けば投獄にまでは至らずに済むかもしれない。
問題はアンネッタ…いや、正確にはメナジア夫人だ。
多分だが、アンネッタはドニカに対し、特にこれと言った感情はないかもしれない。
ゲームシナリオ通り、エネオットに恋心があったとしても、アンネッタ本人はまだ自覚していないし、傍から見れば政略以外の何物でもない態度言動だ。
だから『処罰するか?』と問いかけても、興味もないだろう。
それにあの様子では、耕作の方から破棄か白紙化を言ってきそうなので、あまり突かない方が良いかもしれない。
しかしメナジア夫人は違う。
愛娘を傷つけられ…アンネッタ本人はあまり頓着していなさそうだったが……公爵家の面子も潰されていたのだ。永久凍土も真っ青な、極冷対応を覚悟した方が良いだろう。
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