To Be Your Significant Other.
公式に恋人となったカリナとシャーロは、宵宮をともに過ごすことを改めて約束した。
王都での本格的な祭りは明日。創世記の劇あり、歌あり、詩歌ありの舞台も設置されているが、今宵はただのテーブルと椅子の置かれたパティオ状態で酔っ払い達がどんちゃんと杯を重ねている。
「ほらカリナさま、あちらに」
「はい、いってきます」
王立第二騎士団団長ウクドリッドを護衛に連れてカリナは待ち合わせ場所に現れた。シャーロはそれよりも前に来て待っていた。他人の目を憚らず、男は恋人を抱きしめて頬にキスをしたせいで、護衛役の団長が苦笑する。人前での唇への接吻はまだカリナに怒られるので我慢しているらしい。
プロポーズのときの口づけも後からすごく恥ずかしがっていた。それはそれでかわいいのだけれど、とシャーロは幾度となくひとりのときに思い返す。
「日付が変わる前にここに集合だぞ、シャーロ・ロバーツ」
「わかってます。大役を譲っていただき感謝します」
聖女が専任の護衛をつけずに歩き回るのは御法度だったが、ウクドリッドと打ち合わせた。ただし許されたのは数時間だけの逢瀬。
団長はふいと背中を見せたと思うと、そこにいた垂れ目の美女の腰を抱く。
「ああしまった、聖女さまを見失ってしまった。おや、我が妻殿がこんなところに。私を助けてくれ」
「まぁウクドリッドったら、聖女さまとはぐれてしまったの? 仕方ないわ、一緒に探しましょう」
などと小芝居を打ちながら祭りの人混みに紛れていくのだから、あの夫婦も浮かれてる。
ウクドリッドとニノンは王都に帰りついて一週間もしないうちに結婚した。披露宴はごく身内で行う、とは言っていたがカリナは招待状をもらう予定で、同伴者も歓迎だからと念押しをされた。
婚約者や伴侶は連れていくのが常識らしい。招待状が手元に届いたら、シャーロに訊くつもりでいる。彼の方にもウクドリッドから話は通っているはずだ。
シャーロはエスコートのつもりで軽く曲げた腕をカリナの前へ出した。カリナはその腕の先の大きな手に五指を絡ませる。
「このほうがいい」
シャーロは一瞬目を瞠ったものの、ふわりと笑って歩き出した。ウクドリッドの魔症を祓うために街へ繰り出したことがある。控えめなただ握るだけの手繋ぎだったあのときとは意味合いが違う。くっついた肌から気持ちが伝わってきそうだった。
あの頃は寂しかった通りも、今夜は人でぎゅうぎゅうにひしめき合っている。どこにも魔のかけらは見当たらない。
カリナは並ぶ店についてあれはなにこれはなにとシャーロに質問を浴びせた。
「どこかに座ろう、カリナさま」
説明のために喉が乾いたというシャーロに連れられて、レストランのパティオ席についた。
注文したワインが運ばれてきて、グラスのステムに手を掛ける。
「すまない、カリナさま。これから騒がしくなる」
シャーロを伺うと、目が合わない。その先を探れば、猛烈な勢いで迫ってくる壮年の男女があった。
「お前は! なんでもかんでも事後報告しおって!」
「そうよ! 何回魔症に倒れたら気が済むの! 心臓がいくらあっても足りないわ!」
おかんむりの茶髪の紳士と、隣には金髪の淑女。
「お父さま、お母さま、先に行かないでくださいませ」
金髪に緑の瞳の美少女が夫婦を追いかけてきた。シャーロが妹の名前を呼ぶ。
「あら、お兄さま。カリナさまも」
少女に向かってカリナは手を振った。
娘の声かけでようやく息子の連れに目が行ったらしく、父は咳をした。シャーロが観念したかのように紹介をする。
「カリナさま、俺の両親です」
「こんばんは。カリナと申します」
カリナはできる限りの笑顔を浮かべた。グノムシャークでシャーロに「両親にご挨拶を」と言ったときとは心持ちが違う。あのときには必要だとも思わなかった覚悟が求められた。シャーロと一生を過ごすために。
「失礼しました。お会いできるとはなんたる光栄。シャーロの父のクカオです。こちらは妻のデルミラ」
「初めまして。愚息が度々ご迷惑をおかけしております」
デルミラは深々と謝った。
「シャーロ……さんの怪我と魔症は、半分以上私の責任です。大切な息子さんを命の危険に巻き込んでしまい申し訳ありません」
王城で騎士団旧寄宿舎にいたときも、大司教カエソベリウスからの襲撃からカリナを守った。フォウグエーゼ地方のプライリー平原に行こうと誘わなければ、二度目の魔症を受けることもなかったかもしれない。グノムシャークでもレヴァモンブレ山までやってきて、カリナを心身ともに救ってくれた。
「それは違うぞ、カリナさま。毎回助けられているのは俺の方なんだから」
「そうだろう。なまじ剣の腕立つからと猛進しおってからに。己を過信しすぎだ」
「本当に。手紙で後からあとから聞かされる身にもなりなさい」
シャーロを責める父母ではあったが、それは息子を心底心配しているからこそ本気で怒っているのだとカリナの目には映った。
「お父さまもお母さまも、ここは外ですのよ。少しお考えになって」
娘の指摘でまた辺りは静まる。
「せっかくの夜をお邪魔してしまっては悪いですからもう参りましょう。カリナさまのお顔が見れて嬉しかったですわ」
リリが両親の背中を押すのが見えたので慌てて声をかける。
「それでは、お礼だけ言わせてください。グルエップ共和国ではお屋敷を、あの、どうもありがとうございました」
言ってる間にずんずん遠ざかってしまうので、意味の通じない感謝になってしまった。かの地でロバーツ家が屋敷を開放し、魔症患者の安息の場としてくれたことを言ったつもりだった。
「それはまた詳しくお聞かせください!」
「ぜひ王都の我が家にいらしてくださいましね!」
「ごきげんよう、カリナさまにお兄さま」
ふふふ、とリリの軽やかな笑い声が異様に響いた。祭りらしい喧騒が戻ってくる。
「うるさい両親ですまない」
シャーロは気力を使い果たした顔をしていた。
「ご健在なのはいいことだよ」
「絶対家に連れて来いって、しつこく誘われると思う。どちらにせよ婚約の挨拶は改めてしないとな」
「もちろんその時はお伺いします。シャーロもまだ王都にいられるの?」
両親には事後承諾となるが、これこそ手紙で知らせることになれば彼らの怒りが噴火するだろう。実際、カリナの婚約者としての挨拶よりも両親の説教の時間の方が長くなるのだが。
「団長殿とニノンさんの結婚披露宴まではいる予定だ。親に婚約を知らせても、俺がグノムシャークに行った後か、俺のいない隙をついて父さん母さんはまた声をかけてくるんじゃないか。気が進まないからって断ってくれていいし、とにかく両親と会うときはリリがついていてくれるよう頼んでおくから」
「お礼も謝罪もし足りないから、行く。リリさんとも話したいし」
今日のところはこの話は終わり、とシャーロはグラスを持ち上げる。
「とりあえず、乾杯しましょう」
グラスの音が空気を変えた。料理も運ばれてきて、少しずつ手をつける。
こうして同じ料理を食べて美味しいなんて言いあうことも、シャーロが王都を去るまでのうちに何回できるだろうか。少し寂しいけれど、その後を思えば我慢できる。
「私、王都で聖女としてやることが終わったらグノムシャークに行くよ」
聖杯を満たすことが一番だったので、残りの仕事はあまりない。魔症が減るのを確認するくらいで、余計な教会の象徴としての仕事は断るつもりだ。それでも数ヶ月は居ないといけないだろうけれど。
「それは、旅行で?」
首を横に振る。
「シャーロと一緒に住みたいの。シャーロが別な土地に行きたいならどこでも着いていく」
さすがに驚いたらしく、ひたと動きが止まった。
結婚はする予定ではあったものの、まだいわば婚約期間。カリナは王都にいるものだと思い込んでいた。数年は別居してもグノムシャークで働いて従兄弟に恩を返し、頃合いを見て王都に帰ってこようと計画していた。
「聖女って聖杯を全て満たしたらスカエ・クロア王国から年金が出るんだって。だから世界中どこに行っても自立した生活ができるの。ときどき聖杯の様子を見たり、魔獣の被害が酷い地域には呼び出されるみたいだけど」
ペリベイルの教会本部にカリナの居場所を逐一報告して連絡が取れるようにしておく限り、世界中どこに行くにも自由だと言われた。
聖水の吸水ポンプ役として聖杯の補修管理や整備はどのくらいの頻度が必要なのかはわからないけれど。前の聖女が儚くなって二十年後にカリナが喚ばれたということから、そのくらいの間隔だろう。レヴァモンブレ山で感じたような世界の把握の感覚は今となっては消えた。遠隔操作はできないから現場を訪れるしかないが、二十年単位くらいなら苦にもならないはずだ。
「シャーロは、どこに行きたい?」
「……あなたがいればどこへなりと。カリナさまは、逆に行きたくない場所はありますか?」
「ペリベイルは窮屈だし、あそこのおべっかの達人たちは苦手。シャーロと出会った場所でもあるけど、王城の教会にずっといるのは嫌だな」
自身の倍以上生きている大人たちにごますりをされたり、裏のある態度でちやほやされるのは居心地が悪かった。習ったマナーや教養は勉強にもなったけれど、それに一生縛られているのは性に合わない。それならば平民に混じって働いていこうとさえ考えたこともある。
聖女の危機を一度ならず救ったとして、シャーロは陞爵された。一代限りの領土もない爵位。カリナと共に生きるのなら、土地に縛られないほうがいいと受け入れた。
カリナのそばにいるためには、出世して地位を得ることが最善かと思われた。だがカリナが王都にいたくないのなら話は変わってくる。
どこかに隠れるように静かに暮らしていきたいのなら。
これから幾度となく将来の展望を話し合うことになるだろう。
帰りには連なる露店を眺めながらも、お土産は買わなかった。
「グノムシャークで待っている」
待ち合わせの場所に戻って、シャーロはカリナを抱きしめた。
「うん、すぐ追いかけるから」
次に会うと確かな約束をしていても別れがたい。
シャーロからしてくれたごく軽いキス。彼の唇を追いかけるようにしてカリナからもキスを返した。
青い瞳が、夜のぼんやりした灯りの中ではっきり喜色に染まる。
ウクドリッドが迎えにきてもなかなか腕を離してもらえなかった。
To Be Your Significant Other.
(あなたの大切な人になる。)
評価やらブックマークしてくださったみなさま、ありがとうございます。
書いてる自分でも未熟だと感じる部分がありつつも、頑張って書いたので…
とっても嬉しいです…!




