Everything I’ve Got.
本編残り3話、午前10時〜12時にかけて一気に上げています。
読み飛ばしがないようにお気をつけください。
シャーロは攻撃を受けているなど微塵も気取らせなかった。カリナが聖杯に意識を集中しすぎていたからか。
狙われたのはカリナかシャーロかすら、見当もつかない。
「どうし、て」
矢を甘んじて受けたのか。カリナの心身を支えなければならなかったからか。そんなの、後からでよかった。弓兵を倒してからのほうが都合がよいはず。
否、あのとき彼がカリナから手を離せば、聖女として完全に自信を喪失し発狂していた。
あの「もう一回」の挑戦が肝心だったから、シャーロはカリナを優先した。
全てはカリナのために。
シャーロを抱えながら後ろに倒れる。
聖水の海では水でもないのに、ザブンと波の幻聴がした。
手を上げると、滴った赤い血がカリナの頬に落ちていく。
いや。いや。いや。いや。
「シャーロを助けて」
銀の塊が持ち上がる。粘土のようにうねうねと形を変えながら、それは獣の姿をとった。
銀の熊が爪を土にめり込ませた。銀の獅子が牙を剥いた。銀の狼が遠吠えを響かせる。
熊は木を薙ぎ倒した。弓と暗い影が落ちる。聖獣が影に前足を乗せると悲鳴が漏れたが、ミシミシと骨の折れる音に消される。後ろ足によって弓は圧し折れていた。
獅子と狼は山を駆け降りた。
大型の猛獣が黒い人間を引き摺り、空に投げ出し、戦闘不能に追いやっていく。彼らは精神を魔に侵されていた。
教会騎士団は残らず地に倒れる。
聖獣はどうやってか、白の王立騎士団員を明確に区別して避けていた。咆哮で魔症を祓っても、爪で触れることはしない。
黒い騎士団の体を並べて置き、彼らは銀の湖に身を浸す。数人でシャーロを引き上げて、できるだけの応急処置を施した。同時にカリナを起こしたが、ぎょっとして離れる。彼女ははらはらと聖水が混じった涙を流していた。泣いている姿に驚いたのではない。
その流れる髪も、眉もまつ毛も色が抜けてーーいや、銀に染まっていた。
人ごときが近寄ってはいけない、そう思わせる畏怖の景観だった。彼女は生き物ではなくなってしまっている。
移動する姿は蝶々のようにひらひらとしていて、歩くという動作ではない。膝を折ると横たわるシャーロの手を握り、俯いた。
****
レヴァモンブレ山の麓の街では、聖獣の目撃で騒然としていた。
銀の獅子と狼は、街にあった宿の一つを襲撃した。壁を突き破り、ドアを壊して唸りながら黒い制服を着た聖職者を引き倒し、牙を食い込ませる。
獅子の口に咥えられて、教会枢機卿アベソロマが第二騎士団長ウクドリッドの目の前に引き摺り出された。満身創痍だが意識はある。それまで己を縛っていた縄で今度はアベソロマを拘束した。
次は自分達か、と身を寄せ合って震え上がるニノンとルシアンヌの縄を狼は噛みちぎった。そして一歩下がり、乞い願うように平伏して目を閉じている。
数秒の後、先に動いたのはルシアンヌだった。
「聖女さまが、お呼びですの?」
狼は力強く肯定した。
「では、お連れくださいませ」
聖獣はその背に乗れと指示をする。ふわふわの首元に顔を埋めてひっしとしがみついた。来た道を戻っていく。
「ルシアンヌ殿が!」
「よい。聖獣のなされることだ」
護衛も連れず行ってしまった令嬢を止めようとしたスティーフに団長は構うなと手を下ろさせる。攫っていった聖獣こそが信頼のある心強い護衛だった。
残ったニノンは負傷した全員に軽い治癒術をかけていた。
「ニノン嬢……」
そんなことはせずともよい、とウクドリッドは暗に含む。
「この方達に死なれては困ります。ちゃんと裁きを受けてもらわねば」
致死に至るような内蔵の損傷は治したが、手足の骨折程度はそのままにしている。
大人しくしていた獅子が、ニノンを横腹で押してその背に座らせる。
「わたしも必要なのですね」
聖獣は頷いて、一歩を踏み出した。
「お待ちを。ニノン嬢、どうぞお気をつけて」
ウクドリッドがニノンの手をとって、指先に唇を落とした。ニノンはその手をぐいと引いて、自ら愛する人に口づけた。
「いままでごめんなさい。わたし、あなたをお待たせするのは止めます。だからお嬢さまと呼ぶのはおよしになって。妻になるのですから。
お慕いしております、ウクドリッドさま」
その微笑みにうっとり魅入る。
返事を待たずして、獅子はニノンを連れ去ってしまった。
敵を倒した後とはいえ、この団長が地に両膝をついたのを部下は初めて目の当たりにする。
騎士団長を屈するのに、剣は必要なかった。
Everything I’ve Got.
(私の全力。)




