An Inaudible Scream.
第二王立騎士団に所属するカルスト・デンバーグは騎士の肩書きを賜りながらもその実は鍛冶屋だった。
特技として短剣から斧まで一通りの武器で戦うための技術とは別に、ナイフ投げやジャグリングなどの曲芸が出来る。
部隊に身を置くのも、戦闘能力よりも武器の目利き、品質管理や研ぎ師としての腕を買われてのこと。団員一の体格の良さや基礎の剛力はあるが、剣捌きに優れているわけではない。
聖女と話しているうちに余計な身の上話をしてしまい、つまらないことを聞かせてしまったと謝ると、
「戦う鍛冶屋さんってことですか? すごいですね」
と真面目に返された。
扱う武器が鈍っていれば同僚たちも本領発揮もできないだろうから、彼らが安心して戦えるのはデンバーグさまのおかげですね、と感謝されてしまう始末。
カルストは照れて頭を掻いた。
いま現在、聖女カリナの護衛たちは見えない縄で捕縛されている。侍女であったルシアンヌとニノンの命を盾にして。聖女カリナも自意識を奪われてアベソロマの言いなりになっている。
そんな中、グノムシャークでカルストだけは多少の自由が許されていた。撃剣は教会のやつらに舐められていたから。それと武具の手入れの技巧だけは評価されて、教会騎士団のぶんまで請け負っている。
武具の調節のために特殊な道具が要る、街の鍛冶屋に必ずあるものだから、そこに行くことを許してほしいと嘆願すると許可が下りた。侮られているとは感じていたが、いまはザルの目に感謝するしかない。
毎日鍛冶屋に通っていると、見張りの兵は模範囚のカルストに対して余所見が増えた。
鍛冶屋の主人とは積極的に会話し信頼し合い、カルストが店内にいる間は見張りの気を逸らしたりして好きに動けるように働きかけてくれた。
そうして町人に手紙の配達を頼み込む。
宛先はカイオ・ブレヴィンズ。このグノムシャークの領主である。
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数日前に教会枢機卿アベソロマがブレヴィンズ子爵家を訪ねてきた。聖女がこの地の聖杯を満たすため従属して来たというが、肝心の聖女はいない。「代理で挨拶に参りました」、とにこやかにするアベソロマのみだった。
領主としては聖女に直接挨拶したかったのだが、聖杯を満たした後でと言われてはまぁそちらのほうが落ち着いて話もできるかと納得した。
それから日数が経っているわけだが。
差出人不明の手紙が届いた。
中央にカイオ・ブレヴィンズと書かれた封筒は膨らんでいる。しかし手紙の厚みではない。
開けると出てきたリボンに唾を飲み込む。
血の付いたレースのリボンは、鋭利な物で切り裂かれた跡があった。結び目を避けて、一直線に。切り目を繋げてみると、子どもか細い女性の腕ほどの太さの輪になった。そして編まれた模様は、ロバーツ家に伝わる装飾文字紋様に間違いない。
守護のまじない、とあるようだ。
伯父のように商家は継がなかったが、カイオは父が編んだレースを幼い頃から眺めていた。ここグノムシャーク領ブレヴィンズ子爵に婿入りした父が母に送ったたくさんのレースは愛の言葉がこれでもかと刻まれていた。母のお気に入りのいくつかは額縁に入れて壁に吊るされている。カイオも自分の名や絵のような文字を読める程度には解読技術を習っていた。
血を被った部分を避け、固い結び目に水を垂らして絞りなんとかして解いて開くと、カイオの従兄弟であるシャーロ・ロバーツの名前が読めた。使われている糸が彼の瞳である水色と合致することからして、間違いはないだろう。
不可解だ。
シャーロが魔獣を相手にして怪我をし、魔症したのは報告で知っている。彼は妹リリの手作りのレースのリボンでいつも髪を纏めていた。怪我をした際にこのリボンを無くしたとしても、わざわざ誰かが拾って送りつけるようなことをするだろうか。しかも実家や本人ではなく、従兄弟のカイオに。
カイオは自領地の騎士司令官を呼び出した。彼は最近とった休暇中に魔症したものの、浄化は終わって帰ってきたので仕事に復帰したばかり。
シャーロ・ロバーツ本人だった。
二つに分かれた水色のレースを見せると、シャーロは顔色を変えた。
「カリナさまの……! この血はなんだ?!」
「お前のものではないのか?」
「もとは俺のものだったが……これは聖女さまの……、俺が聖女さまに差し上げた。俺の名前と守護の呪文がある。カイオがどうやって手に入れた?」
胸ぐらを掴みかかりそうな勢いの従兄弟を宥める。
「待て、オレもさっぱり事情がわからん。手紙として届いただけなんだから」
「誰から?」
「不明だ。オレ宛に届いたのも妙だ。シャーロを知っているなら、直接シャーロに送ったほうが早いだろうに」
脅しであるなら、交渉ごとも書かれているはずだろう。
「宛名の筆跡に覚えは?」
角の目立つ筆致は、シャーロの知らないものだった。首を振る。王立第二騎士団お抱え鍛冶屋カルストの字を彼は見たことがなかった。
「匿名で……俺に送ったことがおおやけに知られたらいけない、ということか?」
「聖女さまになにかあった、それをお前に知らせたかった、けど直接知られてはまずい状況か」
白紙でも一言でもなんでも、カリナから連絡がないことは怪しんでいた。悲しんでいたと言い換えてもいい。グノムシャークに着く前に必ず手紙をくれると言ったカリナだったから。
国境を超える旅だから、行き違いがあったり手紙だけ遅れてしまっているのかもしれない、と自分を慰めたものだ。
カリナであれば、自分でリボンを取るようなことはしないだろう。彼女が身につけたがったのだから。それに血が付くような方法をとるなんて、なにか不穏なことがあったとしか思えない。
「カリナさまは助けを求めている?」
「聖女さまには監視がついていて、これを送付してきたのはお付きの者たちなんじゃないか」
聖職者の女性たち、王立第二騎士団。ルシアンヌとニノンが、カイオとシャーロが従兄弟同士であることなど知っているだろうか。消去法で騎士たちが残る。彼らには王都を出る前に挨拶もしていたし、伝手がある行き先も告げていた。
「第二のやつらか?」
両者の目はレヴァモンブレ山を向いていた。
聖女がいまいるとされているその地へ。
An Inaudible Scream.
(聞こえない悲鳴)




