Blurring My Mind.
カリナは思考することができなくなっていた。
アベソロマの声だけが明瞭に聞こえ、従わねばと体が勝手に動く。
どろどろとしたものが胃に溜まっていく感じがする。
チョーカーを嵌められてから、ムカムカするというか、すっきりしない気分が続くとは思っていた。レースのリボンを切られてから、一気に病状は進んだ。
そういえば切られてから床に落ちた血の付いたレースは、どこにいったのだろう。ニノンが手首の傷は治癒してくれて、目の前からいなくなったときにはもうリボンの影も形も無くなっていた。
大事なものだから拾いたかったのに。なくなったらどうすればいいんだろう。頭が働かない。
スナイク・スコス連邦国での聖杯は一番手こずった。
糸の先がなかなか辿れず、聖水は綱引きのように重かった。こんなに苦労したことはない。額に汗が流れていた。それを拭いてくれる人も、いない。
聖職者の女たちは捕らえられ、アベソロマが人質として閉じ込めている。団長ウクドリッドは監禁された。第二騎士団は警護として体面だけ整えられたが、アベソロマの指揮する教会騎士団以上にカリナに近づくことは許されていない。
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白い騎士たちは縄が腕に食い込むのも構わずアベソロマに噛み付いた。
「聖職者として、世界の浄化を率先する者として、聖女さまを魔に蝕ませるなど、なぜできるのです!」
黒を禍々しいなどとこれまで思わなかった。黒は確かに闇、魔のものも同じ。だが聖職者は、神は辛く苦しい闇を経験しているときにこそそばにいると教わる。魔と紙一重に、常に神をそばに感じられるように、黒色を纏うのだ。絶望があれば救いは必ず共にあると信じて。
「聖女など、たかが小娘だろう。体の内に入ってくる魔にも対抗できぬ人間だ」
「聖女さまが浄化できないなど、世界の終わりです」
はは、と太い声は笑う。
「私が王になれぬ世界など、滅びてしまえばいい」
アベソロマは現国王の弟だった。
兄と王位を巡って争ったが負けた。兄とこの国を支えるという名目で教会枢機卿に成ったが、いつまでもなぜ、という思いが燻っていた。なぜアベソロマが王ではいけない。
聖水が消えたとき、兄に遅れて魔を発症した。なぜその高みの椅子から引き摺り下ろされたというのに、血を分けた人間だからと等しく責を背負わせようとする。
解せなかった。筋が通らぬではないか。
国の統括を一人に任せるのなら、責も一人に負わせよ。
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女達は縄を解いたが聖女とは隔離して見張りをつけた。
王立第二騎士団の連中は有事の際以外は縄をつけ身動きせぬように指示を出している。
「次はグノムシャークか」
アベソロマの部下が肯定する。
「あいつがいたな。王城で聖女を匿っていた騎士が」
「ロバーツ男爵の長子ですね」
そういう名前だった、とアベソロマが眼光を鋭くした。
「あちらから手出しをしないのなら捨て置け。ただし聖女に近づこうものなら許すな」
「かしこまりました」
浄化の力を失った聖女の精神を破壊してから王宮まで引き回し、闇に葬り去るまで、あと少し。
Blurring My Mind.
(ぼやける思考)




