The Rupture.
カリナがシュー・チェラの教会にいるころ、教会枢機卿と聖女一同はスカエ・クロアの国境を目指していた。しかし「窓からの景色を味わいたい」と馬の歩みを遅くさせた。景色を見れる機会だというのに、聖女は途中休憩にも馬車から降りず、宿に着いてもまっすぐ指定の部屋へ入ってしまった。以前はアベソロマに一言くらい断っていたのに。
アベソロマは食事も一緒に摂ろうともしない聖女に、苦言を申そうとした。
ところが聖女は頑なに扉を開けようとしない。馴染みの騎士を見捨てよとの命令にいまだ反抗しているのだろう。
「子供のような振る舞いはおやめなさい」
教会騎士団に命じて扉を開けさせる。
立ち塞がるウクドリッドの白いズボンの隙間から、聖職者の黒い外衣が覗いていた。
「ガウワー卿、どきなさい」
権力で男をどかし、女を振り向かせた。アベソロマは顔を顰める。
聖女では、ない。
背丈は同じくらいだったが、目鼻立ちもその色も違う。
「ニノン、……聖女の身代わりを?」
「聖女さまは必ず参られます。少し遅れているだけなのです」
似合わない強い目をして対峙する。アベソロマは鼻で笑った。
「全員で共謀したと見てよろしいですね」
王立騎士団の団員たちを縄で縛り上げさせる。抵抗はあったが、か弱い聖職者の女を先に捕まえると静かになった。
「あのカエソベリウスに言い返した女だ、大人しく引き下がるほうが怪しい。まじないも思ったより効いていない」
聖女カリナがこの場に来るというのなら、待っていよう。嘘だったならば、団員たちの首をひとつずつ刎ねればよい。
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身代わり計画を主だって指揮してくれたウクドリッドとニノンには、あらゆる手を使ってできるだけ鈍足で進むようにとお願いしていた。
追いついた宿屋にこそこそ侵入する。
室内にて、カリナは硬直した。
床に座ったウクドリッドとニノンが俯いている。ただ座っているだけではなく、両腕を縄で縛られていた。
身代わりが暴かれてしまった。
「聖女カリナさま。あなたには失望しましたね」
椅子に座ってカリナを待ち侘びていたアベソロマが傷ついたとばかりに大袈裟に手を振る。
「黙って予定を変更したことは謝ります。けれど、私は間に合いました。ちゃんとこれから聖杯を満たします」
だからこんな理不尽は止めてくれと願った。
「間に合わなかったらそこの男女の首を刎ねているところでしたよ」
ウクドリッドが大人しく後ろ手に縛られている。そんじょそこらの兵に、素手でも剣でも打ち負けるような戦士ではない。卑怯な手に屈して人質になった。アベソロマは聖職者と第二騎士団の団員たちの命を盾に取った。
「もういいでしょう。みなさんを解放してください」
「……おかしいですね。とっくの昔に自我がなくなっててもいいのに」
唐突に奇妙なことを言い出したアベソロマを訝しむ。
「……誰のことを言ってるのかわかりませんが、自我がなくなるわけないでしょう」
ふ、とアベソロマは怪しく笑う。カリナの首元を狙って手を伸ばした。それをカリナは勢いよく払う。水色のレースがひらりと舞った。
アベソロマの目はカリナの手首に釘付けになる。
「それか」
小型剣を懐から取り出し、カリナの腕を掴む。意図を感じ取って暴れた。
「やめて!」
「抵抗するとそれこそ怪我をしますよ」
「聖女さまになにをなさいます!」
ニノンが飛び出して、カリナに覆いかぶさる。
「殺しはしないよ。……なるほど、なにかしらまじないをかけていたか。どうりで効きが悪いはずだ」
腕を取り直して、カリナの手首に巻かれたリボンに小型剣を引っ掛ける。
ピッ、と一瞬だった。
レースは難なく切れて、はらりと重力に負けた。剣の切れ味は良く、同時に皮膚をも安易に裂いた。切り口は赤く染まり、さらに手首から伝う赤い雫がレースに丸く染みを作った。
「聖女カリナさま、黙っててくださいね」
それを聞いてカリナはしゅん、と身を縮こませた。喉が締め上げられるのを感じる。
「カリナさま!」
ニノンはカリナの手首に額をつけて、治癒術を使った。すぐに血は止まる。身をよじって、狼藉者を睨みつけた。少しふらついたが、床に手を着いて耐える。そこにはレースのリボンが落ちていた。感触だけを頼りに拳の中に隠し込む。
アベソロマがしゃがみこむ邪魔な女を退かそうと肩を掴んだところで、頬に一撃を食らった。
チカチカとする視界で、立ち上がるウクドリッドが見えた。その腕は自由になっている。
「な、縄は……」
「縄など切らずとも、関節を外せばいい」
ゴキゴキと指を鳴らす太い音がする。
アベソロマはニノンを引き寄せて首元に短剣を当てた。
「こちらには人質が二人だ」
「なにを」
ニノンがウクドリッドを制止する。
「聖女さまのご様子がおかしいのです。私は大丈夫ですから」
カリナの瞳の色はもともと純粋な黒だった。けれど希望を詰めたように輝いていた。聖杯を満たすごとにその神気は増し、内から溢れるようだった。
それがいまや光を失っている。
なによりこの荒事の中、ぽつんと関心もなく佇んでいる姿は異常だった。
The Rupture.
(分離/決裂)




