The Dove, Siarl, And the Lace Ribbon.
シャーロと別れた翌日には、スナイク・スコス連邦国を目指していた。明後日にはスカエ・クロアの国境を越えて連邦国に入る。
馬車の中で上の空なカリナに痺れを切らしたのはやはりルシアンヌだった。
「何があったか、お話しになるならお聞きしますわよ」
高圧的な物言いだが、その深い海の色をした眼は心からカリナを思いやっていた。それでようやく、カリナは気合いを入れ直した。
「なんでもないです。ぼんやりしてしまってごめんなさい」
「ねぇ聖女さま。心の負担をなくせるなら、なくしてしまいましょう」
ニノンの包まれるような笑顔に、甘えてしまう。
「えっと、この世界では……いえ、この国では……」
もじもじ、とカリナが袖の中でレースを撫でたり軽く引っ張ったりしている。
「人間関係の深め方って、どうなってるんですか?」
この世界の成り立ちや礼儀などは講義を受けたが、恋愛については学べなかった。召喚された聖女たちがどのように生きて生涯を閉じたのかまでは習わない。
「関係の深め方、ですか」
「恋とか愛はどう取り扱われますか?」
「それはまた、哲学的なお話しになってきましたわね」
「身分を超えて友達になったり、恋人になるのはおかしいですか? 私には身分というものが、感覚でわからないです」
ニノンとルシアンヌは目で会話をした。
結婚も離婚も経験したニノンこそが、説明すべきか。
「貴族は家を重んじるために潔白の貞操を求められますが、平民はその限りではありません。気軽に恋愛をして結婚をします」
「そうですか……私はこちらでも平民に近い考えです」
「とはいっても、貴族であってもはっきり想いを告げて婚姻を結び一対一の関係を貫く方もあれば、その裏で複数の方と体だけの快楽を求める方もいます。お人柄によりますね」
それは、カリナの感性でも理解できる。
「聖女は、恋をしても許されるのですか?」
神からは仕事の依頼をされた、とカリナは捉えている。契約通り労働はするけれども、体を捧げたり愛を誓ったわけでもなし。心の自由までを預けたつもりはない。
「心の置き場所は自由なものです。誰かが聖女さまに愛を強要することも、また聖女さまが他の方に愛を無理に押し付けるようなことはあってはならないと思いますよ」
「はい。ではキスって、気軽にするものですか?」
「チーク・キッシングでしたら挨拶ですし、そうですね」
「口は、恋人同士だけ、とは聞いたんですけど」
カリナの頬が桃色に染まる。
「どなたかに口づけを無理強いされまして……?」
「されてない、です! しそうになった? というか事故で、うああ……」
シャーロ・ロバーツの罪は重い。
「ロバーツさまですのね」
ルシアンヌのため息に、ニノンが咎めるような視線を送る。
「えっ? なんっ……え? わかりやすかった、ですか……?」
取り乱してペチペチと自分の頬を叩く。
ニノンも「やってしまった」という空気を出しているし、どれくらいの範囲の人間が知っているのだろう。
「見ていれば、それはなんとなくは察せられます。物思いにふけられたのはロバーツさまにお会いした後ですね。それまでも周囲の男性、警護の騎士たちへは特別な思いがあるようではありませんし、それにロバーツさまの目」
「目?」
「カリナさまが御身につけてらっしゃるリボンも同じ色ですね」
ぴらりと袖を捲って、レースのリボンを指先でなぞる。
「これ? お守りなんです。シャーロとの思い出だから、私が結んでってお願いして……何かいけないですか?」
「いけないことはないですけれど。私には恋人からの束縛に思えます」
「うそ? 違います、だって聖女の髪飾りとしては使えないって注意されたから、私が失くしたくなくてお願いしたから結んでくれたのであって。そんな恋人とか、好きとかも言っても言われてもないです」
強い態度で手首に結ぶことを頼んでしまった過去を思い出す。シャーロをとんでもない束縛男に仕立て上げてしまった。
「言わずとも、表現してしまってますのよ」
「ど、どうしよう……」
顔色を悪くするカリナの肩をニノンが抱く。
「ロバーツさまは、聖女さまのことを心から大切に思ってらっしゃいますよ」
「私が聖女だから守ってくれたんです。でもこのリボンのせいで、シャーロが恋人作れなくなったりします?」
「そのようなこと。彼にとっても本望ですわよ」
「ダメですよ、シャーロは貴族で、私は平民ですし。貴族と平民って、恋人にはなれないんですよね?」
「何をおっしゃいますの。カリナさまのほうが立場は上ですわよ、この世界の誰よりも」
「わわ私、シャーロの手で結ぶことを強制してしまって……それって命令みたいなもの? どうしよう」
ルシアンヌがこほこほ、と可愛らしい咳をして火照る頬を冷ます。
「嫌々結んでらっしゃったんですか?」
「え? 笑ってました。困ってたのかな……」
「ロバーツさまとほぼ面識のない私たちより、交流の深い男性のみなさんにおききなってはいかがです?」
王立第二騎士団のメンバーたちに。
「え……」
「私からガウワーさまに密かに相談を頼みましょうか?」
「大げさにはしないでください……」
懇親会兼乙女の相談会ときいて騎士の幾人かは困惑していた。結局見張りを代わる代わる務めながら全員が参加することになってしまった。
議題内容は聖女とシャーロとレースのリボンについて。
「外す必要ないのでは」
「第一、初っ端にシャーロのほうからリボンを渡してきたんすよね」
「はい。でも『深い意味はないから』と。私もこの世界の常識を知らないのでありがたくもらってしまったんですけど……」
この場にいる誰もが、「深い意味あるだろ」と顔に書いていたが、カリナはそれを読み取れない。
「この旅に出る前に、聖女として相応しい装いがあるから、このもらったリボンは着けられないって言われて、私シャーロに解けないように結んでってお願いしてしまったんです」
ああ……と羨望を漏らす者、目を閉じて黙っている者、微笑ましく見ている者さまざまだったが。
「女性から頼まれるだなんて『あなたのものにして』って言われてるみたいで男冥利に尽きますね」
あはは、と笑いながら混じってきた最年少騎士。背後からスパン、スコンと頭を叩かれている。
「おま、レジー言葉を選べ!」
「こんの怖いもの知らず!」
「あなたのものにして」その行為のはしたなさにカリナは一拍遅れて悲鳴を上げた。
「いやーっ!!」
顔から火が出るかと思った。
会議は強制終了せざるをえなかった。
男性陣の意見は「レースのリボンは外さなくていい」
だった。「外せないし」というのは心の声。
The Dove, Siarl, And the Lace Ribbon.
(聖女とシャーロとレースのリボン)




