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That Was An Accident!

 高度は安定し、アイボリーは風に乗って上下の揺れは小さくなった。


 シャーロは片腕でカリナの背を支え、別な手でアイボリーの羽の根元の毛を持っている。遠い地上を見下ろしていると、いつの間にか細い腕がたくましい背中に回ってぴったりくっついていた。俯いていても、かろうじて呼吸しているのは胸にかかる温かい息で感じ取れるが、カタカタ震えているし目は固く閉じていることだろう。


 「もう大丈夫だ」


 己の心臓はまだ落ち着かないけれど。少しでも彼女を安心させたくて両腕で抱きしめた。

 気を逸らすための冗談を許してくれるだろうか。


「それにしてもよく滑る聖女さまだな」


 初めて出会ったときは台所に上ろうとして滑って、タイムレス・トゥリンケッツの支店では床の上で飛んだ拍子に足を滑らせ、いまは空飛ぶペガサスから落馬するところだった。その度にシャーロが助けている。

 赤子のような力で背中を叩かれた。


「シャーロがいるときにしか滑ってない! ……ってあれ、ということはシャーロのせいなんじゃ」


「責任転嫁はよくありませんよ、聖女さま」


 白い頬にキスをすると、ぱっと色がついた。


「ちょっと! また!」


 焦って周囲を見渡して人目を気にしているのが面白い。こんな空の上なら誰も見ているわけがないのに。下のスティーフとコルニールがどれだけ視力がよかろうとも、アイボリーの羽で隠れて見えないはずだ。



「絶景だ」


 真面目に感想を告げると、カリナがそっとシャーロから体を離した。


 よかった、怖さで泣いてはいない。

 みるみるうちに感動に顔を輝かせる。草原の緑と空の青は相性がいい。


()……の景色よりも壮大」


「なにと比べてるんだ?」


 問われて思い出そうとする。

 元の世界のものだった気がする。羽を広げた鳥みたいな形の、とにかく巨大で、なのに窓は小さくて。ミニチュアの模型みたいな記憶がもやもや虫食いに埋もれていく。


「なんだっけ、忘れちゃった」


 シャーロも首を傾げている。


「命綱なしのスリルはこりごりだけど、この景色はまた見たいな。ありがとうアイボリー」


 アイボリーが鼻を鳴らす。


「シャーロも、来てくれてありがとう」


 四方八方から吹いてくる寒さのせいか、頬が上気して瞳が潤んでいる。彼からはため息とともに、額へのキスが落ちてきた。


「シャーロ?!」


「なんですカリナさま? 敬愛の表現ですよ」


「からかうのはやめ、て」


 ガクン、と高度が下がった。力の抜けていた二人ともがバランスを崩した。向き合う体勢で、見上げるカリナと見下ろすシャーロ。ちょん、と触れた刹那に見つめ合う。


 なにが起こったかというと、カリナの上唇、左半分にシャーロの下唇が当たった。


 喉仏を晒すように顔を真上に上げたシャーロが冷たい空気を肺いっぱいに取り込む。体が熱いやら肺が痛いやら。

 カリナの反応が物語っていた。

 これはファースト・キスだと。

 真顔だったのが泣きそうにも見えた。


 彼女の貞淑さを考えると、おそらく唇へのキスなどそう簡単に許せるものではない。スカエ・クロア国でも唇へのキスは恋人や夫婦といった特別な関係に限られる。


 告白する? いま? シャーロがいくらカリナを好きでも、カリナは友情としか捉えてないのなら迷惑でしかない。というか相手は聖女さまなのに。神と人間の身分差が。そもそも聖女ってどうやって恋愛するんだ? 過去に結婚した記録ってあったか? あっても神の末裔の王族と婚姻を結ぶのでは。

 ヘンリクス王子はまだ十一歳だけれども公式の婚約者がいるしあとは……。


 ぐるぐると悩み、上手い弁解の仕方も、色男のように妖艶に微笑んで流すこともできない恋愛に不器用な男だった。

 妹もいるし社交にも出たことがあるため、女性が苦手というわけではない。けれど女性との真剣交際の経験は皆無だった。当然、そういった触れ合いも。


 彼から離れようとしたカリナだがここは空の上、逃げ場がない。暴れるわけにもいかず、顔を隠せる場所といえば依然としてシャーロの胸しかなくてそこに額を押し付けた。


 いやいやいや、違うから。

 キスじゃない。ほぼほっぺちゅー。ギリギリキスじゃない。いやキスなんだけれども唇全体に受けたわけじゃないし!! そこにお互いの意志なんてなかったんだから!


「事故! あれは事故」


「ソウデスネ」


「事故事故!」


「ジコジコデスネ」


「追突事故なの!」


「ツイトツジコデスネ」


 おうむ返しをしていると、再び高度を落としたアイボリーが羽の角度を変えて、下降着陸しようとしている。

 臓物が浮き上がるあの嫌な感覚。カリナのほうから抱きしめてくるので、シャーロは回らない頭で逡巡した上で、抱きしめ返した。


 とりあえず保留。

 考えない!


 お互いの思考が一致した。



「いかがでしたか?」


 地上で迎えてくれたスティーフは何も知らずに尋ねた。二人が耳まで赤いのも、冷気に長時間晒されたせい。


「綺麗な景色だった」


「二人も乗ってみたら?」


 アイボリーはフンスと鼻を鳴らす。主人であるカリナが言うならやぶさかではない、と従順にしてみせる。


「聖獣に騎乗など、心が耐えられそうにありません」


 その横で不敬、無理むり、と同じく首を振るコルニール。


 太陽はほぼ真上に昇り、それぞれは馬に騎乗する。

 プライリー平原から真っ直ぐグノムシャークを目指すというので、シャーロとはここで別れた。


 帰りは休憩を挟みながら、スティーフとコルニールの馬に交互に乗せてもらう。

 カリナが浮かない様子なのをスティーフは頭上から確認できていたが、ついぞ指摘することはなかった。


That Was An Accident!

(事故だから!)


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