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Bumped Into You.

 馬に乗った筋肉痛が癒えて出かけようという気になったのは二日後。今回はルシアンヌとニノンと街歩きをしようと誘われた。三人の中でも若く物を選ぶセンスの良いルシアンヌが特に張り切っていた。


「 ” Timeless(朽ちない) Trinkets(装身具) “ 、フォウグエーゼ支店に参りますわよ」


「お目当てがあるんですか、ルシアンヌ?」


「山羊の乳から作られた美容品が有名ですのよ。こちら限定品ですの」


「それはお肌に良さそうですね」


「馬毛のブラシも生産地ですからお安いんですのよ」


 長い脚でさっさか先頭を歩いていくので、似たような背格好のカリナとニノンは遅れをとった。



 店の中は活気に溢れている。商品につぎつぎ目移りしてしまう。

 ルシアンヌが化粧品売り場目掛けて歩き、お試し品の馬毛のブラシをカリナとニノンの手にも滑らせて遊んだ。これは手放せなくなるかもしれないと納得のしっとりとした滑らかさ。

 ふわ、と香水が漂ってきた。さらりとした甘さの中にほんのりと海のような深みがある。


「ご来店ありがとうございます、カリナさまとお嬢さま方。はるばるようこそいらっしゃいました」


 店員の声に振り返ると、青い瞳が笑い含みに細められていた。腰を曲げた際に落ちたハイライトの走る赤褐色の金髪(アウバーン・ブロンド)。髪を結ぶ水色のレースの端がちらりとしている。


「俺のことお忘れですか、カリナさま」


「……シャーロ!!」


 仰天しすぎてその場で飛んだ。たたらを踏んで滑りそうになったところを、シャーロの腕が抱き止める。


「そんなに驚かれるとは」


「びっくりするよ! どうしてフォウグエーゼに?! グノムシャークじゃないの?!」


 この純粋で素直な感情表現は、疑いようもなくカリナだなとシャーロは満ち足りた。ひと目見てカリナだとはわかったけれども、気配は以前と違い、人離れしたものが滲み出ておりほんの一瞬動揺したのが馬鹿らしい。


 改めて両腕で抱きしめて、カリナの頬に友情のチーク・キスを送る。

 カリナはやはり慣れなくてドキドキした。

 背後でスティーフが口笛を吹いたのも聞こえない。世界の至宝である聖女にここまで迫れる人間はいまのところいない。ほぼ同等の位である王族を含めても、いない。


 今日の護衛に彼の同期のジャンもいたのは偶然ではなかった。騎士仲間に肩やら背中を押され叩かれるのに応える。それからシャーロはカリナに手を差し出した。


「これからお話ししませんか。

 聖職者のお嬢さま方、少しの間カリナさまを私がお連れしてもよろしいですか?」


「ええ、わたくし達はお店を見てまわっておりますわ」


「どうぞごゆっくり」



 甘い香りのするお茶を出されて、カリナはふわふわのソファに座っていた。

 シャーロは実家のようにくつろいで向かいの椅子に掛けている。


「親に呼び出されたんだ。魔症のことと王城での騒ぎを知られてしまって詳しく話せと。やっと取れた休暇にここに来いと言われて、着いたら着いたで元気なら店番しろと立たされてた」


 店内には他にも従業員はいたし、支店長代理のようなことをさせられている、そうだ。


「私がここに来ることは知ってたの?」


 お茶は香りだけでなく味もしっかりしていたが苦味はほとんどない。カリナ好みだったので「美味しい」と独り言を言った。シャーロがにっこりとする。


「聖杯があるからプライリー平原に来るのはわかってたが、それがいつになるかは知らなかった。ジャンが手紙で予定を教えてくれてはいたが、親の圧力もあって休暇を取っただけだ。実際会えたのは半分偶然、半分必然というべきか」


 カリナの旅順を知らせたのはシャーロの同期の男だったらしい。

 シャーロも自分のお茶を飲んだ。王城で間に合わせマナーを躾けられたからこそわかる視点で見ると、やはり彼はお育ちがよろしい。


「しかしフォウグエーゼには来ても、うちの店にドンピシャで来るなんて思ってもみなかったぞ」


「それは、みんな “ Timeless Trinkets ” のこと知ってたし、ルシアンヌがお店を見たいって言ってくれたから。会えてよかった」


「ああ、会うならグノムシャークかと思っていた」


「だよね。あ、シャーロのご両親にもご挨拶したい」


 言った途端、体を二つに折って大げさに咽せたシャーロ。


「え、なにどうしたの大丈夫?」


「や、俺の親に挨拶って……」


「そうなの。グルエップ共和国でね、ロバーツ家の別荘を魔症患者さんのために解放してくれたでしょ。そのお礼言えたらなって」


 がっくりと気落ちする。

 聖女としての考えありきだった。年頃の女性として云々(うんぬん)などと猜疑してしまった。シャーロの想いは一方通行なのに。


「あ、ああ。親父たちそんなことしてたのか。気にしないでくれ。長いこと空にするより人に使ってもらったほうが家が傷まない」


 聖女に会うとなれば湧き立つであろう二親を想像してげんなりした。良くも悪くもパワフルなのだ。


「お手紙は文字に自信なくて渡せないから一言でもお礼を言いたいなって思ってたんだけど。会えないなら、シャーロからお礼を伝えてもらってもいい?」


「ええ。伝言お預かりします」


「ありがとう。シャーロは、明日もお仕事?」


「いや。グノムシャークに戻るために昼ごろ出立する。どうした?」


「ずっと旅に着いてきてくれた馬がいてね。実は聖獣だったみたい。プライリー平原が故郷だからって留まることになったんだけど、私もここを出る前にしっかりお別れ言っておきたいから明日行こうと考えてるの。あとシャーロにもその子、アイボリーに会ってほしくて……」


 毎日聖水を与えていたものだから「この聖獣は私が育てました」というような心持ちでいた。子どもが育てたペットを親に自慢するようなもの。

 だが自信はなく、遠慮するようにシャーロを見つめる。


「でも、シャーロは聖獣を見慣れてる?」


 だとしたら聖獣を見に行くなんてつまらないだろうか。

 ここ数年は存在が絶えたとはいえ、その前まではたくさんいたのだろうし、魔獣を退治しに出ていた騎士団なら聖獣の一体や二体など珍しくもないかも。


「いや、聖獣って見ようと思ってほいほい見れるものじゃないから。俺は見たことない」


「え? ……そうなの?」


 聖杯を満たす度にひょこひょこ出てくるものだから、こちらの世界ではわりと身近なものなのか、と思い込んでいた。


「魔獣は自然の奥深くから出るものだし、そうなると魔を祓う聖獣だって人が立ち寄らない場所を住処にする。でもそうか、聖水を操れるカリナさまの側にいると確実に見れるわけか。カデルは何度か見かけたとは言ってたが、教会の中に聖杯があるからかもな」


 そういえば、街中にある聖杯を満たしたときには聖獣は現れなかった。スカエ・クロア王国中央教会しかり、グルエップ共和国のフライヤン広場しかり。

 彼らが聖水を補給するときはこそこそ夜中にでもやってくるのだろうか。


「朝早くで良ければ、ご一緒させてください」


「うん、一緒に行こう」


 そんな約束を取り付けて、帰りにシャーロはお土産にと今日出されたお茶葉の缶を包んでくれた。


Bumped Into You.

(ばったり出会う。)


Feb 10th, 2023

気になった部分訂正しました。

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