It’s Touchy.
リカオンの聖獣は山を降りるまでカリナにひっついていた。時折現れる魔獣に誰よりも早く反応し立ち向かい浄化する。筋肉の集団より聖獣一体のほうが魔に対しては強いので、騎士たちは帰りにはずいぶん楽をした。
小さな聖獣こそが護衛の精鋭ばりに働いていたわりに、麓に近くなるとあっさりと引き返してしまう。
カリナもさよならを告げ、少し寂しさを感じながら、次の目的地へ足を向けた。
「ここがトットラリー国」
宿に着いて早くもだらけようとしていたカリナを引き止める者がいた。
「教会枢機卿のアベソロマがお目通りを願っております」
「はい、すぐに参ります」
カリナが頼む前に、ニノンとルシアンヌが着替えを用意してくれた。
「聖女さまは、教会枢機卿にお会いになったことがありますの?」
「ないです。教皇が不在となった途端に教会を出たと聞いていました。次期教皇を互選するために各地の教会を回っているとか」
用意してもらった礼服をカリナは一人でも着付けられるようになっていた。最終点検だけルシアンヌにしてもらい、いってらっしゃいませと見送られる。
「滞在先が重なったのでご挨拶にと。アベソロマでございます。聖女さまにはご機嫌うるわしく」
そつのない笑顔で挨拶を告げる男は、会ったこともないのになんとなく見覚えがある不思議な男だった。旅で訪れた国々で見た人の中に似た者がいただろうか。多すぎてわからない。
「カリナです。お初にお目にかかります」
道中いかがでしたか、などという当たり障りのないところから始めて、アベソロマは男にしてはしなやかな仕草でねだる。
「せっかくですから、ここからは同行させていただこうかと思ってますが、いかがですか」
「それは……わたくしの護衛も最低限ですので了承いたしかねますわ」
お偉い人が増えて困るのはウクドリッドたちである。カリナの判断で決めることはできない。
「ご心配なく、わたしにも教会騎士団がおりますのでね」
王国に忠誠を誓う王立騎士団と、教会に仕える教会騎士団は別物だ。各領地が私財で戦闘集団を抱えることもあり、君主がそれぞれで国王、教皇、領主と違う。
聖女として教会所属のカリナではあったが、王族とも近しいので護衛はどちらからとも選べた。過去の聖女回国の記録からも両方から選別編成されたらしい。ただし今回カリナ出立時には教会騎士団はアベソロマとともに先に世界を回っていたので、王立騎士団が護衛を名乗り出た。
「聖女として君臨なされたカリナさまへお祝いと、ご挨拶もできなかったお詫びとしてわたしから贈らせてください」
黒い太めの生地に中央に十字が銀糸である他は、艶のある黒糸で刺繍が施されていた。
アベソロマは自ら手に取り、カリナの首に装着した。
「お美しい」
襟の長い外衣に容易に隠れる。
「……拝領いたします」
綺麗ではあるが、好みではない。部屋に戻ったら外そう。カリナは愛想を振った。ルシアンヌに怒られながら会得した仮面だ。
「明日は聖杯を満たしに行かれるのですよね。隅で拝見させていただきます」
部屋に戻ったカリナはぐったり心が疲れていた。いの一番にチョーカーを外そうと首の後ろに手を回す。ところが触った感触からは留め具の仕組みがわからない。
「あの……このチョーカー外すの手伝ってください」
ルシアンヌもニノンも挑戦してくれたが、成功しなかった。
「あら、これは……」
「着けたが最後、外れないようになってませんこと?」
「え、うそなにそれキッモ」
ポロリと暴言が転がり出た。ルシアンヌの彫りの影が深まる。
「聖女さま?」
「ごめんなさいほんとうに気持ち悪くて」
「立派なお品ですけど、なんの折にいただいたんです?」
「アベソロマさまがお祝いと謝罪って言ってました。聖女になったのと、今まで挨拶もできなかったからって」
「外したら怪しまれそうですわね。含むところがあるのか、と」
「まぁ、服で隠れますけど……」
即時での傷をつけない取り外し方法を思いつかずに、旅が終われば外せばいいか、と解決した気でいた。
しかし旅が終わるまで、もまだこれから先は長い。アベソロマはどこまでついてくるつもりなのだろう。
「なんかあの顔見ると気疲れしてしまうんですよね。どうしてだろう」
「かつては王族の方でしたからね、知らずに威厳を感じ取っているのではないですか?」
カリナの驚愕を見て、ルシアンヌは付け加える。
「陛下の弟君でらっしゃいますのよ。王家と教会の架け橋になるとおっしゃって、枢機卿におなりですの」
それで腑に落ちた。
「他人の空似じゃなくて、親族だったから見覚えがあったんだ」
It’s Touchy.
(やっかいだな。)




