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Hi There, Fluffy Friend!

 あれからいくつか聖杯を満たし、スカエ・クロア王国内に戻ってきた。国内東部にあたる聖域に住む聖職者は足腰が強いらしい。

 コルモント山の森の中に飾られた聖杯に辿り着くにはハイキングをしなければならないからだ。


 登山していると護衛たちは大した疲れを見せないが、女性陣には色濃い疲労が見えた。

 底の厚い靴を履いてはいたが、普段使わない筋肉を使い足はぷるぷると限界を訴え始めた。

 山の頂上に近づくにつれ、魔獣の数は増える。カリナたちは聖水を撒き、騎士団は剣で払いながら群れをいくつか潰して、一行は休憩を取った。


「聖女さま、おみ足を見せてください」


 ニノンがカリナの靴を脱がせる。痛みは自覚していた。靴と靴下を脱いで状態を見るまでそこまで酷いとは思ってなかった。う、と声が漏れてしまう。


「靴擦れができてますね」


 傷跡の近くでニノンが手を翳すと触れてもいないのに綿毛で撫でられるような感触がした。


「ありがとうございます。やっぱりちょっとくすぐったいです」


 正直な感想に聖職者らしくふふ、と笑った。


「皆さんは大丈夫ですか?」


 それぞれなんともないらしく、軟弱なのはカリナだけだったのが露呈した。正統なお嬢さまのルシアンヌでさえも平然としている。それか、平然な振りか。


「目的地まで頑張りましょうね」


 ニノンに手を取られて立ち上がった。



 聖杯が置かれていたのは窪地。

 すぐそこでは近くの沢と合流していたような流れの跡が残っていた。


 カリナは地べたに座って聖杯に触れた。銀の量は腰回りまで高くなる。草根を掻き分けて一匹の動物がやってきた。体長は(いち)メートルくらいしかなく犬のようにも見えた。ブチ柄の毛皮のどこそこが銀に輝いている。

 数人が剣を抜いたが、凶暴性を感じずウクドリッドが止めた。


「やめ」


 それは歩いてカリナを目指していった。銀の水を掻き分けて聖女の膝に前足を置き、ころんと横になった。野生を感じさせない挙動で懐いている。


「え、かわい」


 口周りから頭頂部まで伸びる黒い一本の縦縞。耳はバランスが悪く見えるほど大きく、内側も真っ黒。目から上、耳の後ろは銀色の毛で覆われている。毛皮は絵の具を撒いたような模様が並ぶ。口は短めでぺろりと舌を出したときに牙が並んでいた。


「ペインテッド・ワイルド・ドッグ?」


「コルモンティアン・ハンティング・ドッグじゃないすか?」


「どっちだったかな」


「オレはリカオン・ピクタス・ピクタスって習いましたよ」


「どれも正解だ。地方によって名前が違うだけだ。ただし聖獣になりかけ……だろうか」


 種族を特定しようとの話し合いに、ウクドリッドが終止符を打つ。


「人馴れしてるのね、きみ」


 カリナは興味深そうに観察している周囲に手招きをしたが、大半はその場に立ち尽くしてしまう。

 ルシアンヌがおそるおそる銀の湖に入った。レジーも追いかけて、カリナがしているように聖獣の喉や腹を指で掻いてやる。


「まぁ、ほんとうに聖獣って種族を選びませんのね。人間だとなれませんけれど」


「人間だと聖職者がその役割なのだと思ってました」


「魔に対抗できる力があるという点では、そういう捉え方もできますかしら?」


「いっそ聖職者が戦えれば強いのに」


「聖水の持ち運びができるのは我々の特権ですけれど、治癒術を鑑みれば援護役が適切ですわね。それよりどなたか聖水を溜め込んでおけるような武器を考案していただけませんこと? 魔も祓いやすくなるのではないかしら」


「聖水に漬け込んでたらすごい剣が生まれたりしないかな」


「先人が試してないとでも思ってらして?」


「やったことあるんですか?」


「教会の資料に騎士団と協力して試行した歴史がございましてよ」


 聖水に長期間浸したり、武器の中に聖水を貯める容器を仕込んでみたり。ことごとくが通常の武器以上には使い物にならなかった、という結果だった。


「人間が考えうることは一通りやってるってことですか」


 話しているうちに遠慮がどこかに行って、聖獣をわしゃわしゃと両手で掻いていた。



「聖獣をさも犬猫のように……」


 若者たちの柔軟性に慄きながら、ウクドリッドはどこか微笑ましく思っていた。隣に立ったニノンもにこにこしている。


「あちらの聖獣は、カリナさまの分身のようですね。警戒心がまるでなくって、すぐ腹の内を見せてしまう。愛らしいです」


「ああ。ニノン嬢も側に行かれては?」


「いえ……」


 ためらいながら、ウクドリッドを見上げる。


「その、小娘扱いはおやめください。私の年齢をご存じでしょう」


 意外だと眉を上げて、口は弧を描いた。

 十余年間、彼女の年齢どころか存在を忘れたことはない。ニノンは二十九になるし、ウクドリッドは三十七になった。


「気分を害したのなら失礼。だが私の中ではあなたはずっと麗しいお嬢さまのままなので。いくつになっても、なにをしていても美しいですよ」


「冗談が過ぎます」


 重ねた年齢のぶん、ニノンは人生というものを経験している。家のために想いを封印して好きでもなかった男と結婚し、子を成せずに離縁された。出戻った家ではつまはじきにされ、かつての想い人から「それでもやはりあなたがいい」と求婚されても、彼の経歴を醜聞で汚せないと拒絶してしまった。いっそのこと、と家名を捨てて聖職者となり九年。それでも彼は優しく穏やかに接してくれる。

 家名を失くしたとしても、貴族でなくなっただけで再婚はいつでも可能ではある。けれど踏み出せずにいた。

 そうして真面目に働いてきたことを評価されて、聖女の旅への同行を許されたけれども、同行するメンバーにかつての想い人がいるなどなんの因果か。


 彼が地位を得ても未だに未婚なのも、女性との浮いた話もない理由は理解している。彼も結婚離婚を経験していたら同列になるのかと想像すると、それも違うし、激しく胸が痛む。

 彼ももしかしたら自分が結婚している間こんな嫉妬や汚い感情を抱いていたのかと思うと、さらに罪悪感で苦しくなる。もちろんニノンだってその期間が幸せだったわけではないけれど。

 想いを返せないでいるニノンこそがウクドリッドを苦しめているはずなのに、彼は十年前と変わらない。

 その琥珀色の瞳の前では、できるだけ美しい自分でいたいと微笑むことしかできなかった。


 団長が女性に優しいのはいつものことだが、醸し出す雰囲気に部下たちは戸惑って遠巻きにしている。直接本人からきいたことではないけれども、なんとなくその過去が知れ渡るのは団長の類稀なる端麗な容姿のせいで些細なことも噂にされるからだ。どれだけ若い娘に初々しく告白されても、同年代から近寄られても、歳上から迫られても、やんわり躱してしまう。


 それが、好意を隠そうともせずニノンに接している。

 ただごとではない、と部下たちはどよめいでいた。


Hi There, Fluffy Friend!

(こんにちは、もふもふさん!)



リカオン・ピクタス・ピクタス(ハンティング・ドッグが通称でしょうか)は実在の動物ですが、学名などの名前をちょっといじってます。

人○いの大鷲トリコ(ゲーム)わかる方いらっしゃいましたら、あの愛らしいお顔を思い出していただければ…勝手にモデルなんじゃないかと思ってます。


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