Only Between You And Me.
ウクドリッドはひとり酒を落とした杯を傾けていた。宿屋の主人が「居残りするなら」と振る舞ってくれた上等な酒精。
聖女が帰ってきたのはつい先程だ。昼半ばではあるが、人混みに疲れて部屋で休むという。酔いの覚めたジャンとカルストが交代で彼女の部屋の外で見張りをしているし、聖女を送り届けた護衛三人は祭りへと繰り出した。
控えめなドアのノックに、なにごとだろうかと頭をもたげた。部下にしては弱すぎる叩き方。
扉を開けて驚いたが、それがニノンであったことに納得する。
「……もうお戻りに?」
まだ温かい包みをウクドリッドに差し出した。小さいテーブルにはグラスが乗っているのが見える。
「ガウワーさまは、お祭りを全くご覧になってませんでしょう。お土産です。お酒の肴にでもしてくださいませ」
甘辛く味の濃い肉を出店の主は「冷めても美味いから」とにこにこおまけしてくれた。
「ありがたい。いただきます。しかし、祭りはじゅうぶん楽しめましたか」
「ええ。とても賑やかでした」
本心でありながら、そこに嘘が混じっているように感じ取る。
「ニノン嬢、少々私にお付き合いくださいますか」
困ったようにしながらも、はいと言ってくれた。
エスコートのために腕を曲げた肘を出すと、ニノンは断った。
「わたしは、もう貴族ではありませんのでエスコートは必要ありません」
では、とウクドリッドは代わりに手の平を差し出した。それにも戸惑っていると、余裕がある動作でニノンの手を握った。触れる前に避けることもできた。ニノンが嫌がれば容易に振り解ける力加減で、そのまま歩き出す。
確かにエスコートではないけれど、とニノンは年甲斐もなく頬を赤くする。
「貴族風のデートがお嫌なら、平民風と参りましょう」
みなが祭りで出払っている間に、宿屋の周辺を見回りして見つけた場所がある。
「デートだなんて、わたしが……」
「失礼。ニノン嬢は現在どなたかと男女交際を?」
わかりきったことを質問する男は笑っている。答えをニノンの口から聞かないと満足できないらしい。
「……どなたともしておりません」
「ならば私がデートにお誘いしても構いませんね」
聖女の部屋の前にいる部下に、外出の旨を伝えると平生の「はっ」ではなく「へっ?」と気合のかけらもない返事が返ってきた。
見張り兵のカルストと目を合わせないようにした女性聖職者は、伏目がちに団長と手を繋いでいる。
交代まで別室でだらけているであろう同僚のジャンを呼びつけたい。団長の幸せそうなにやけ顔を世間に晒してしまいたかった。普段ウクドリッドに騒ぎ立てる目の覚めた乙女たちがそのぶん哀れな部下たちに意識を向けてくれるかもしれない。
大通りから離れた、手入れもまばらな鬱蒼とした公園に連れて来られた。
数匹の蝶々が木の花に留まっては移りゆく。人の手の平くらいの大きさで、黒い縁取りの中に青く複雑な模様があった。下翅をつまんで伸ばしたように長い。
ウクドリッドが人差し指を立てると、ひらりと翅を動かし指先に止まる。間近で見ると、翅の内側が一面銀一色をしていた。
あっとニノンが片手で口を抑える。
「こちらは、聖獣……?」
見上げてくる彼女に、ウクドリッドは頷いた。
「美しいですね。こうして人の生活に溶け込んでいるなんて」
「私たちが気づかないだけで、聖獣はもっと身近な存在なのかもしれません」
魔に侵された世界が浄化されつつある。喜ばしいのはそれだけでなく、ウクドリッドに満面の笑みを浮かばせる。
ニノンがまだ手を繋いでくれているから。
十年前には目を合わせるにも彼女の侍女に睨まれ、話をするにも苦労した。
「あなたに花を贈れない無粋を許してください」
「そのようなことはけっこうです」
花束など持ち帰ったらみなになんと思われるか。それに、そんなものは必要ない。
「この景色で、じゅうぶん心が満たされました。ありがとうございます」
Only Between You And Me.
(ふたりだけの秘密。)




