Volatile Mood.
その夜聖女一行はグルエップ共和国元首より歓待を受けた。護衛の半分とニノンは宿にて留守番を申し付けられた。カリナは周りに悟られないようにルシアンヌのマナーを真似することに必死でどんな会話をしたのか頭からすっぽ抜けている。
翌朝、留守番組にいた数人の顔色が真っ青だったのでどうしたのか聞くと、ウクドリッドがかぶりを振った。
「二日酔いですよ」
ルシアンヌが情けないと半目になっていた。
「今日は観光予定でしたけれど、ウェルサムさまとデンバーグさまはいらっしゃいますの?」
「ご遠慮申し上げます……」
「おかまいなく……」
お忍びではないけれど、街に溶け込むようにと全員私服で揃ったのに。
騎士服を脱いでだらけているとしても、逆にその容貌は近づきやすい隙を作っているようにも見える。そこら辺に転がしておいても宿の従業員のお姉さん方が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれそうだ。
「祭りは若者だけで楽しんできなさい」
と、連日働いていたウクドリッドも今回ばかりは休みをとった。
旅の間の普段着と言えば聖職者らしく外衣に肩衣だが、こういった機会にはリリからもらったワンピースを大事に着ている。
ただ、私服で本物のお嬢さまのルシアンヌやニノンと並ぶと聖女の雰囲気が消失してカリナはせいぜい小金持ち平民といった様相になる。決して服装のせいではない。
ニノンはカリナとそう身長が変わらないが、とくにルシアンヌは背が高く、スラリとした肢体で何を着ても見栄えがする。彼女と比べられては立つ瀬もない。
昨日も見たフライヤン広場は活気に溢れ、屋台や舞台なんかもにょきにょき生えていた。
カリナなんかは見ているだけでも気分が明るくなって、飛び跳ねてしまいそうだった。
「どうしよう! どこから手をつけていいかわからない!」
「おやめなさい、はしたなくってよ!」
ルシアンヌがわなわなと震えるので、正気に戻った。
「お嬢さん方、私どもとはぐれないようにしてくださいね」
スティーフのお願いに娘たちは淑やかに返事をした。
「せいじゅっ」
聖女さま、と呼ぼうとしたレジーの頭を両側の男たちがスパン、スコンと強めに叩いてそんな発音になった。舌を噛まなくてよかった。
「今日一日は『カリナさま』だろ」
聖女はこの世にたった一人の存在だが、カリナという名前を持つ人間は数限りなくいる。衆目の中で堂々と聖女さまと呼ばれて混乱を誘うことは避けたい。
「なんなら敬称も要らないですよ?」
騎士たちは体をこわばらせて、一様に首を振った。
「それでカリナさま、は本日ご希望ありますか?」
下っ端のレジーが使いっ走りになるべく、先ほど聞いてくれようとした質問を改める。
「なにがあるのかもわからないから……」
「まずは見て回りますか」
集団で歩くのは難しく、せめて二組に別れようということになった。
人混みに入るとお互いの姿を確認するだけでいっぱいいっぱい。ルシアンヌは少しだけ隙間から見えるが、カリナと似た背丈のニノンの頭は埋もれていた。あとは警護が頼りだ。カリナ一人に対して三人も、とは頼もしすぎる。
ルシアンヌとニノンにも男性護衛がつけられている。それぞれを見ると、恋人たちのダブルデートと言ってもおかしくなかった。
それとは対照的に、カリナ組は到底兄妹にも見えないだろう。黒髪のノウドでさえ、髪の質も顔立ちだって違う。
シャーロと街を歩いたときのことを思い出す。あのときは周りからどう見られているなんて気にしてなかった。目的があって、プライベートではなかったからだろうか。
でも繋いだ手があたたかくて、ドキドキした。それはいま感じている、祭りへのわくわくとはちょっと違う。
わくわくなのに、今日はどこか物足りない。
出店ではアクセサリーから民族服、食べ物や飲み物が揃っていて、派手な化粧や植物由来の染料を使う簡易刺青を施す店も出ている。
興味を引くものもあったが、人に押され流されて通り過ぎるばかり。ここにシャーロがいたらあれは何これは何と質問責めにしているだろうに、護衛の騎士たちにそうするには気が引ける。
彼らも羽を伸ばしたいだろうに、厳重すぎる守りになんだか申し訳なく思えてきた。
「皆さん、交代でお祭り見てきてくださってもいいんですよ? 私から離れても」
「とんでもない」
「お仕事なのはわかってるんですけど、皆さん息抜きできてますか?」
「お気遣いどうもっす。カリナさまの見ていないところでサボってますから」
「職業柄、体力だけが取り柄なので」
「カリナさまこそ、お疲れではないですか? 座れるところに行きましょう」
人の多さに酔いはじめていたので、素直に頷く。
大通りに人を取られてか、小道のカフェは空いていた。せっかくのテラス席を貸し切りにしてしまう贅沢。
頼んだフルーツティーはさっぱりしており、ほんのり果物の甘みも味わえた。ふぅ、と無意識に肩の力を抜いてしまう。
「カリナさまは長旅のご経験は?」
「こんなに長期間で長距離は、ないですね。みなさんもお付き合いありがとうございます」
「野営じゃないぶんぜんぜん楽っす。飯も腹一杯食えるし」
お世辞でもなさそうな答え方だった。
「とくにスシュッテルトさまとホルンさまは昨日も自由時間もなくて」
ロバーツ別邸へ着いてきてくれたノウドとスティーフは連勤だ。今日はお祭り見学なのだから半分は遊びとはいえ。
「あの場に居られて御技を拝見できたのはむしろ幸運でした。俗離れしていて、魂が洗われるようでしたよ」
もしノウドが画家であったなら、あの場を描くのだろうと思う。酒の話をしたのも、一幅の絵として眺めながら一杯やりたいと思ったからだ。
「昨日は大仕事でしたね」
「聖杯を満たすのは大丈夫なんですが、人が集まるのはちょっと、ですね」
「ロバーツ男爵家の別邸でも大衆を虜にしてましたよ」
いやぁ、と肩をすくめる。浄化中は無我夢中だったのでそんな風に見られているなんて知らなかった。
「シャーロの家の? いまあいつグノムシャークだろ、なんでまたこの国で」
訊いたのは昨日カリナに着いて来なかった騎士。そこでロバーツ家が魔症の浄化と治癒のために屋敷を解放していたと説明した。
「部隊が違ったのに、第二の皆さんはシャーロに詳しいんですね?」
騎士たちは懐かしいものを見る目をする。
「知り合ったのは部隊の合同訓練がきっかけかな。ガウワー団長と気が合ったらしくて目を掛けてたんすよ。あとうちにいるジャン・ウェルサムはシャーロと同期でよく遊んでたって話もきけたんで」
彼らはいくつか、思い出話を語ってくれた。
「カリナさま、広場に戻りますか?」
「いいえ、宿に戻ります。面倒でしょうけど送ってもらえますか?」
「それはお聞きにならずとも。しかし、いいのですか。 夜には催し物があるようですよ」
「やっぱりちょっと昨日の疲れが残ってるみたいです。催し物は皆さんで見てきてください」
宿に帰ればウクドリッドもいるし、酔いどれたちも目が覚めているだろう。護衛には十分だ。ノウドたちも祭りを満喫する権利はある。
いつか「シャーロのお家、のひとつを見てきたよ」なんて本人に話せる日がくるのかな。
手に巻かれたレースに彼の瞳を重ねながら、その日は眠った。
まだ自分が感じている感情が寂しさだと気づかないカリナだった。
Volatile Mood.
(移ろう気分。)




