The Comrades.
ここから一日二話投稿にしてみます。
お話を飛ばしてしまわないようご注意ください。
よろしくお願いします。
馬車の中では女性二人が待ち構えていた。
「出発したばかりなのに大変ですね、聖女さま」
「こんなのがあと九回も……」
だらりと座席に体を横たわらせると、相反する反応が帰ってきた。くすくすと笑ったのはニノン、はしたないと見下ろしてくるのがルシアンヌ。
「聖女さま、及第点には程遠くってよ。聖女さまなのだから背筋をしゃんとしていただかなくては」
厳しいルシアンヌの指摘に、ニノンはおっとりと落ち着かせる。
「馬車の中なのだからいいじゃない。ゆっくりできるうちになさるのが」
「まだ最初の国に到着すらしておりませんのに、弱音を吐かれては先が思いやられますわ」
ルシアンヌの言うことももっともだし、リリが編んでくれたレースにしわをつけてはいけない、とカリナは座り直した。ニノンが肩衣とベールを整えてくれる。
世界に散らばる聖杯はスカエ・クロア国だけに収まらない。スカエ・クロア国とその周囲を取り囲むように位置する国々があるため、ときに国外へ出て、また国内へ戻って…とジグザグと一周する経路を辿る。
「これから向かうのはグルエップ国、ですね?」
「グルエップ共和国、ですわ」
言いながら、ルシアンヌはカリナの出過ぎたあごを指先で押し戻し、「背が丸まっています」と肩に触れる。聖職者となるに当たって家名は捨てたが貴族出身だという彼女らは、カリナのマナー教師だった。外交も避けられない聖女が国外で粗相をしてはたまらない、ということで選ばれた。
この二人が日替わりでカリナに付く。とは表向きで、旅路はどこに行くでも同席するし、お互い休憩したいときにしながら移動中のカリナの話し相手になるように、という配慮だった。
王都を抜けると人口建造物は姿を消し一気に景色は緑が増える。山は高く連なり、人の手も入っていないように見えるが、ぽつぽつと家の屋根のようなものも見えるから村や集落があるのだろう。
道中宿屋に泊まりつつ、ルシアンヌとニノンと仲を深めた。
護衛の騎士たちとも挨拶以外にも話すことが増えていくのが嬉しい。
山を一つ越えたところで、定期休憩に入る。
馬を馬車から外して水を飲ませるため川に連れていくというのでカリナは着いていきたいとお願いした。座ってばかりだったので少し歩いて体を動かしたかった。
「必ず私どもから離れませんよう」
手綱を握る騎士の言葉に従い、馬の間に挟まれるようにして移動する。予備の馬もぞろぞろと後をついてくる。
馬の黒い肢体からは汗が蒸気となっていた。川に着いたらカリナも手伝い、水に浸したタオルで体を拭いてやる。
平和な風景なのに、なんとなく嫌な空気を感じ取り、どこだろうと見渡した。黒い点を発見して抜刀したのは年長のスティーフだった。
「コルニール、聖女さまを連れて下がっていろ」
「はっ」
青年騎士も柄に片手をかけながら、カリナの周囲に気を張る。
黒点が大きくなる、と思ったのは近づいてくるからだった。馬よりも大きい全身真っ暗でねっとりした光を返す刺々しい体には、目のない頭と太い毛虫のような八つ足が備わり細長い尻尾が生えている。動いているのが気味悪い。
「あれは、魔獣?」
コルニールが「はい」と緊張しながら答えた。
「あの、私、聖水を出しましょうか? なにかしら使えるかも」
「いえ、スティーフさんは聖女さまに我々がどう闘っているか見ていただきたいのだと思います。魔獣がどういうものかも、ご存じないかと」
確かに魔獣は見たことがない。
わかりました、と答えて向こうを見据える。
魔獣に向かってスティーフが何度も剣を振っているうちに、切り口から靄が出て小さくなり、終いに霧散した。
血も出ず急所らしい急所はないらしい。一日二日ではないが、時間が経てば復活してしまう。
「一体だけか? コルニール、他に魔獣は見えるか」
「いえ……」
カリナが下流の大岩を指差す。
「川の中から、嫌な感じがします」
「聖女さま?」
巨大な黒い蜘蛛の足が岩から伸びて、水飛沫が飛び散る。岸に脚が掛かり、コルニールがカリナを抱きかかえて川から離れた。スティーフがうねる脚に斬りつけたのが見える。しかし膠着状態だ。川の中に入っては相手の独壇場なので入水はできずに岸に脚が届いたときだけ攻撃している。
突然パシュン、と黒の塊に穴が空いた。スティーフは目をかっ開いた。銀色の小動物が突っ込んでいったように見えたからだ。岩の上によじ登る、その目の周り、丸い腹と耳の先から飛び出た毛が銀色で、あとは普通の焦げ茶をした毛並みの栗鼠が。消えかけた残骸の蜘蛛の足がリスに向かって、リスはそれに歯を立てた。塊だったものが黒い霧となって散っていく。
「リスの、聖獣?」
地面に下ろされたカリナは魔獣が消えたのを第六感で感じた。
「もう近くには魔獣はいないと思います」
膝をついたままのコルニールがカリナを見上げる。
「二体目の、岩に隠れていた魔獣が見えてたんですか?」
「はっきりと姿が目に見えていたわけではないです。魔獣が近くにいると、嫌だな、っていう気がするんです」
リスがトントンと岩を渡ってくる。とても軽やかで、素早さはあれども重みのある攻撃を繰り出せるような筋力はない。
「聖獣はあれをほぼ一撃か……」
敵わない、とリスを追いかけてきたスティーフが乱れた髪を撫でた。
「聖女さまが聖水を生み出し、聖水が聖獣を育て、育った聖獣が魔獣を駆逐します。我々の物理攻撃では一時しのぎはできても、根本的解決にはなりません。聖女さまが世界の聖杯を満たすまでは」
リスはコルニールの背中を登る。
「うお? わわっ」
肩まで来て、飛んだ。カリナの腰袋にしがみつく。ごそごそと袋を探ろうとする。
「ご飯は持ってないよ。それとも聖杯が見たいの?」
取り出してやると、リスは聖杯の中に頭を突っ込んで、カリナを見ることを繰り返した。
「もしかして聖水が欲しいの? えーと、聖水って、飲めますか?」
二人の男は否定する。
「人間で飲もうとした者もおりますが、飲むという感覚ではないそうですよ。魔症を浄化するより他の奇跡は起こらないそうですし。動物から聖獣が生まれることを考えると、身体の一部に聖水を溜め込むような特別な器官があるのかもしれません」
試しに聖水を杯で満たしてやると、リスは首まで浸して満足そうにしていた。
そこに馬がやってきて、鼻先でカリナの腕を下からつついた。聖水は馬の眉間を伝って象牙色のたてがみに流れる。ピクピクと耳を動かして大きな目を閉じた。まるで極上の風を堪能しているみたいに。
「きみもなの? 水浴びなら川があるよ?」
そう言っても、鼻を鳴らしてもっとだ、と要求する。
「聖水だとさっぱりするのかな」
「アイボリー、わかってるのか? お前すごい贅沢だぞ」
茶色の横腹をコルニールが撫ぜる。これまた象牙色の尻尾を揺らして知ったことかと騎士の頬を叩いた。
カリナがいる限りタダだし、と全身にかけてやる。他の馬にもあげたけれども喜んでいるのはアイボリーと呼ばれた馬だけだった。
リスはアイボリーの頭の上が定位置となり、毎日カリナに聖水を要求する。一緒に聖水浴びをしているアイボリーの象牙色から黄色みが抜けて透明になり、それどころか銀色の毛がちらほら混じるようになってきた。
「スティーフさん、オレの中で恐ろしい仮説が立ったんですけど」
「ああ、俺もだ」
「やっぱアイボリーって聖獣ってことになりますよね?」
「魔を祓うところを見ないと断言はできないが、それらしいな」
「聖獣って、人間が使役していいもんですかね。それぞれ活動区域があったような。どこで見つけたんでしたっけ。連れ戻すべきですか?」
馬の産地で有名な地名を数カ所思い出そうとする。確かアイボリーは野生のものを捕縛したのだと馬庁が言っていたのだったか。
「フォウグエーゼ地方とかじゃなかったか? あの毛色で誰が聖獣だと思うんだ」
「旅に付き合わせていいんすかね」
「聖女さまにお仕えしているとするなら、ありなんじゃないのか」
「このままだと名前も似合わなくなるんすけど」
たてがみと尻尾が象牙色だからとついた名だったが、日に日に銀色が強くなっている。
「それより聖獣に鞭打ってたと思うと怖くなってくるな」
人語を解しているのかというほど物分かりのいい馬だったので、調教もいち早く終わったという。
もしかすると聖女を見つけて力をつけながら己の故郷に戻るために渡り歩いていたのかもしれない。
The Comrades.
(仲間たち)




