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The End of Chapter One.

 それはそれとして、とシャーロは声を弾ませる。


「叔父の領地グノムシャークにもひとつ聖地があるんだ」


 聖地ときいて期待する。これからカリナは聖地すなわち聖杯のある場所を巡る旅に出るから。


「じゃあ、そこでまた会える?」


「ああ。領地に着く前に手紙でもくれ」


「じゃあ、がんばって文字の勉強する」


「そういえば、そこからだったか。真っ白の手紙でもいい。それなら他の誰でもないカリナさまからだとわかる」


「いま勉強中なんだから。ちゃんと文章書くよ」


 どちらからともなく、ふっと笑った。シャーロの髪を括るリボンが肩にかかる。

 それを見てカリナは表情を曇らせた。袋に入れていたリボンを取り出す。


「シャーロがくれたこのリボンね。聖女には聖女専用の髪飾りがあるからつけられないんだって」


 悲しげだけれども、はじめて会ったときにあげたレースのリボンを突き返されるのだと覚悟した。


「だから、これ結んで」


「結ぶって……」


 ベールに隠れてはいても、髪は綺麗にまとめあげられている。そこに改良の必要はない。

 カリナは腕を出して、その手首を指差した。

 王城に戻り、新しく着いてくれた侍従は頑固で厳しかった。教育係でもあるのだろう。カリナが迷う細かい所作などを教えてくれるのは内でも外でも恥をかかせないためだから助かるが、納得できないことも出てくる。


「余計なものは身につけちゃいけないって注意されたの。余計なものってなに?! リボンに格式がどうとかある?! 悔しいから、シャーロの全力で、絶対ぜったい解けないように結んで。失くしたくない」


 ミサンガ扱いになってしまうけれど。持ち歩くにしても落としてしまったりしたら嫌だ。シャーロとの大事な思い出。手首なら普段は袖に隠し込んでしまえる。


「” My dove(かわいいひと)……” 」


 口だけを動かしたのでカリナにはよく聞こえなかった。聖女(ダーヴ)の唇の形だけは読み取れたが。


「……? 呼んだ?」


「ええ、聖女さま」


 シャーロは見惚れるような微笑みを湛えている。

 

 腕に触れるシャーロの手。指。優しさに包まれていた。


 手から抜け落ちぬよう、だが締め付けぬよう調節し、リボンを固結びした。それはもう、キツく。他人も彼女も取ろうとしても決して取れないように。


「ありがとう。あっ、私から餞別にあげられるもの、なにもない……」


 こんなことばかりだ。

 落胆するカリナに気にするなと頭を撫でる。低くてとても撫でやすい位置にある。彼女は子ども扱いしてくるシャーロを嫌がらなかった。

 カリナが高い位置にある青の瞳を見上げる。


「シャーロ、(かが)んで」


 素直に足を曲げて、カリナに目線を合わせる。


「もう私たち、親しい友情は築けたと思うの」


「ええ」


 肯定すると、カリナの手が硬い肩に置かれた。そうっと小さな顔はずれてお互いの頬が重なる。丸くて、やわらかくて、もちもちした肌なのだとわかった。ぱっ、という破裂音に近いためらいがちの不器用なリップ音が耳をくすぐった。

 シャーロはとっさに離れようとする顎を掴んで、顔の角度を変えて閉じた目の下にちゅっとしてやった。


 その押し返す弾力に、カリナの思考が緊急停止している。


 唇が。頬に。ばっちりくっついた。


「……ちょっと!こんなときにからかわなくてもいいじゃない!」


 直接触れないチーク・キッシングは友情。頬に触れるのは純然たるキスで、恋人同士のもの。そう説明したのはシャーロだ。


「あなたが先だ」


 からかってなどない。カリナの頭に疑問符が浮かぶ。

 カリナが、シャーロの名前の編み込まれたリボンをその肌に直接触れさせて離したくないと言った。彼にしてみればそれは、シャーロの手で関係を繋ぎ止めてほしいとカリナが願う行為だった。

 彼女はリボンに名前が入っているなんて知らないけれど。


 シャーロは知っている。

 この恋はいまのままでは報われない。現にカリナが見せるのは信頼の友情で、シャーロが差し出したのは別の形。

 だから、一度離れる決意もした。

 シャーロの気持ちを(もてあそ)ぶカリナへ、頬へのキスなどささやかな反抗だろう。


「あっ!」


「どうしたんだ?」


「餞別代わりにあげる。私の秘密」


「聖女さまの秘密って、なんか怖いな」


 この世界唯一の存在の秘め事とは。


「そんな大したものじゃないけど、私の名前、半分だけ教えてあげる」


 またあのときのようになったらどうしよう、とは思った。王の前ではフルネームを名乗ろうとして、世界が壊れかけた。でも、半分だけなら。


「カリナさま?」


「違うの。それはフェリおじいちゃまがつけてくれた洗礼名。私の前の世界での、別の名前があるの。カ……か……」


 喉まで出かかっているのに、なぜか言えない。二十年間それでしか呼ばれて来なかったのに。

 か……りな、じゃない。か……な……。


「かなこ! 夏奈子っていうの。ああ、もうずっと使ってなかったからすごい変な感じ」


 笑って誤魔化す。どこも異常はない。半分だけなら許されるようだ。


「カナコさま?」


「夏奈子、って呼んで。その名前は聖女としてのものじゃないから、さま付けされるのは嫌」


「カナコ。夏奈子、か」


 シャーロは大事そうに繰り返してくれた。彼に呼んでもらえると、夏奈子だった過去の自分もまるごと受け入れてもらえたようで嬉しい。


「教えてくれてありがとう、夏奈子」


「フェリおじいちゃまには二度と口にするなって言われたの。だからこの世界でシャーロしか知らないよ」


「ますます怖いぞ。他の人間の前では呼べないな」


 神により近しい存在からの忠告を破ったのだ、とシャーロは口端をひくつかせる。


「そう。だから二人のときだけね」


 何かが起こってしまいそうで名字までは怖くて教えられない。

 シャーロは目元を和ませた。わかった、と優しく同意する。

 時刻を知らせる鐘が鳴った。別れの時は容赦なく迫る。


「じゃあ元気で、頑張ってね。シャーロ」


「夏奈子も。また会おう」


 細い手首に巻かれたリボンの端が揺れる。

 シャーロは目を細めた。


ここで一区切りです。読んでくださりありがとうございます。

次話からは第二章が始まります。

一日二話更新(11時と12時)にしてみます。

最後までご一緒してくださると嬉しいです!


以下はあんまり短いので一話に数えるのどうかなって感じたのと、補足で書いたけれども蛇足かな? と思ったので幕間にしようと思ってた話を置いておきますね。






****



「いよいよ出発ですね」


「ターフェルさんね」


 廊下で声をかけてきたのは、王城の兵士。カリナを騎士団旧寄宿舎へ連れ、シャーロを手引きした張本人。


「覚えておいででしたか」


「私、あなたを疑ってるの。感謝もしているけど」


「どんなものであれ無実です。俺が何かするなど、聖女さまお相手にとんでもございません」


「王城から旧寄宿舎に移動する間、誰にも会わなかったなんてことありえる? 私が旧寄宿舎にいる間も、カワウソがほんとに地下牢の人形に騙されて探しもしなかったなんて信じられない」


「カワウソって」


「あの大司教のおじさん。もう、なんで偉い人たちって名前覚えにくいの?」


 カエソベリウスのことだった。そしてカリナは正式に覚える気はない。


「いくら人の近寄らない場所っていったって、ペリベイルで警備哨戒の範囲にないなんてことはおかしいでしょ。大したことしてないのに、シャーロはずっと守ってくれようとするし。条理の外で何かが働いてると思った」


 聖なる力の発現も超常的ではあるけれども。もっと大きな枠に嵌らない、それこそ神のような存在を感じた。


「助けるならもっとわかりやすくやってくれない? シャーロも怪我しなくて済んだでしょ。巻き込みたくないの」


「それは手遅れだな。あいつは自ら巻き込まれに行くぜ。

 もう、あなたと深く関わり縁を結んでしまった」


 シャーロにリボンを手首に巻いてくれと頼んだとき、カリナは無意識に契約を結んだ。相手の名前をその身に絡め、切れない繋がりを持つという契約を。それでシャーロにだけ旧名を名乗ることを許された。


「友達にはなったけど、妙な言い方をするのね。それで、これからはまともに手を貸してくれるの?」


「いいや。とっくの昔にこの世界は俺の手を離れた。もとから大したことはできないんだ」


 ほんのちょっと、聖女の休む宿に目眩しをかけるくらいしか。


「ちょっと、あなたが神だって認めるの?」


「俺はもう手出しをしない。良い旅を」


 すい、と彼が一歩引くと闇に溶けた。


「じゃあ、今までのこと『ありがとう』なんて言わないからね」


 守られてもいたけれど、なかなかの扱いをされていたこともあるから。

 カリナの独り言にしかならなかった。



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