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The Virtue And the Vice.

「聖女カリナさま、どうかあなたのお心に背くことをお許しください」


 口止めをしようとも、街に出た時点で、存在が露見することは覚悟の上だった。それでも聖水を復活させ民を救いたいと動いた。


「どうせ隠し通せるとは思ってませんでした。カデルさんのご覧になったままのことを話してください」


 ありがとうございます、と彼は王へ向き直る。


「聖女カリナさまは聖水に届かぬ下々の者がいることをきき、心を痛めておられました。王都教会へその足で訪れ、私の目の前で聖杯を満たされましたのは、聖女カリナさまでございます。混乱を防ぐために正体を明かすなと口止めされておりましたが、周囲にその高潔な精神を疑われるのであれば、聖職者として黙ってはおれません」


 カリナは清廉潔白を心がけているつもりはなかった。さっぱりはしていると思うが禁欲的なわけでもない。それなのに高潔だとか慈悲の乙女だとか言われてむずがゆかった。

 薬で押し下げた熱がぶり返した気がする。


「食い違うな。大司教(アーキビショップ)、王都の聖杯を満たしたのは誰だ」


「陛下、早とちりはなりません」


 カエソベリウスが歩み出る。


「神に誓って、真実を告げました」


 カデルが胸の前で十字を切った。

 王はそれを聞き、手を振る。


「その(ほう)らを」


 甲高い悲鳴としわがれた声が交互に響く。それぞれ近衛兵に腕を掴まれていた。


 カデルが眼光鋭くローズリンを睨む。怯えた彼女の手から聖杯が滑り落ちた。金属の高い音とともに、銀色が撒き散らされる。床に水溜りを作った。聖水は水のようでいてその実は聖なる力を可視化したもので絶えず物体を透き通って循環する。床に勝手に留まることはない。

 次いで管のついた水袋が彼女の懐から転がり落ちる。水溜りがもう一つ広がった。もはや言い逃れはできない。


「色水か」


 ぽつりと王が呟くと、ローズリンが逃れられぬ恐怖でしくしくと泣き始めた。

 カエソベリウスがそれを見て舌打ちをする。


「恐れながら申し上げます。この世界を魔から救うのは聖女カリナさまのみでございます」


 十字架(ロザリー)をきつく握り締めながら、カデルはその目に熱誠を灯した。


「さらに申し上げますと。この騎士シャーロ・ロバーツが聖女さまをお側にて守っておりました」


 カデルの手が赤褐色の金髪(アウバーン・ブロンド)の青年を指す。


「発言を許す」


 ありがたき、と礼を取る。


「聖女カリナさまがお隠れになっていたのはあくまでカエソベリウスの企みを恐れ襲撃を逃れるため。決して重い責務を疎んでのことではございません。私の独断で聖女さまに御身を潜めていただくよう具申いたしました。どうか誹りは私に」


「襲撃が事実あったと言えるか?」


「居場所を知られた昨夜のことでございます。その場では誘拐目的と言っておりました。子飼いの首輪と革ひも(リーシュ)がこちらに」


 革製の腰帯(シンクチュア)と数珠のついた十字架を手から垂らす。

 カエソベリウスが喉を潰したような音を出した。手下の失敗などとっくに知っていただろうに、のこのこと公開処刑の場にやってきた恥知らずだ。


 カリナはぞっとした。シャーロが言っていた昨夜の犬狸狐というのが人間だとしたら。複数人を相手にした彼が変な怪我を負ったことも、壁の内側にいた鳴かない動物と呼称したことも妙に辻褄が合う。紛らわしい言い方をしたのは、カリナを怖がらせないためだったのだろう。


 わかっていたら、狂犬病だとか寄生虫だとか的外れな発言はしなかった。でも怒りたかった。なぜ当事者なのに蚊帳の外にしてまともに心配すらさせてくれないのか。

 せめて目で訴えたいのに、シャーロはひたと壇上を見据える。


 王はシャーロの突き刺さるような目を真っ向から受け止めている。


「罪状が増えたな」


 偽証に詐称、誘拐未遂。王が冷ややかに目線をずらした。

 大司教カエソベリウスとローズリンがびくりとする。これだけで真実が知れようというものだ。


「ここを去る前に真意を話す気はないか」


 せめてもの温情だった。教会に長く仕えていたことは確かだったから。


「叛意を示したのはなぜだ」


「叛意などあろうはずもありません!」


「ではなぜ私の言を無視した」


「無視したことなどございませぬ!」


「王城の聖水を中央教会まで運ぶよう命じた。民が自由に使えるよう配慮せよと。それが叶えられることはなかった。

 なぜだ」


 目が覚めて己が一命を取り留めたのだと知った王は、聖水の有無を尋ねた。聖女によって復活したと聞かされ、全国に分け隔てなく施すように言いつけた。それが王城教会が、大司教カエソベリウスが阻止したという裏調査結果だった。


「こちらの聖水は王族の貴い方々専用でございます」


「民はみな私の血を分けた家族も同然だ。軽んじるでない」


 その声音は静かに、しかし鋭くカエソベリウスの胸を貫いた。


「これ以上の検証は無用だ」


 一組の男女に縄がかけられ引きずられるようにして広間を出ていく。



「聖女カリナよ、こちらへ」


 こちら、がどの方向なのか、どれだけ近づいていいのかわからず、一歩、二歩前に進む。王はまだ待っているようだった。隣に誰かが立ち並んだ。手を取られて、それを彼の腕の上に乗せられる。「シャーロ」と名を呼ぶと「こっちだ」と囁かれた。彼が足を進めるのでカリナも歩く。殴られた頬があざになっている。治癒を受ける間もなく奔走してくれたのだと、胸がいっぱいになる。


「情けないな。俺は上に頼るしかできなかった」


 第二騎士団団長から支部長へ、支部長から枢機卿へシャーロの話は通った。シャーロの身分なら常時であればこの広間に入るのも許されない。

 ううん、と否定しようとしたところで止まる。

 段差のぎりぎりに王子が待っていた。

 シャーロが腕からカリナの手を外し、今度は王子にカリナを引き渡した。王子のエスコートでいつの間にか追加されていた椅子に座らせられる。シャーロはもう遠かった。


 ここから走ってそこにいきたい気持ちをなんとか我慢する。

 ちっとも情けなくなんかない。シャーロこそ皆の前で表彰されて褒め称えられるべきなのに。聖女を助けたのは、シャーロなのだから。

 少年王子はカリナに一礼して、隣にあった自分の席に着いた。


「ここに王族と並び座す者は自らその真価を記した。よってスカエ・クロア国君主の名において聖女カリナの正統性を認める。

 皆の者、傍聴の役大義であった」


 集まった者たち全てが引いていく。シャーロがいつ出ていったのか、人波に揉まれていてよくわからなかった。なんだか目が霞む。


「聖杯を満たすための説明についてですが」


 王子がカリナの気を引いた。


「歴史書にあった記述、聖女たちの発言と全く同じ言葉でした」


「そう、なんですか?」


「王室にしかなく、王族にしか閲覧を許されない書です」


 はぁ、とカリナは上の空で返事をする。


「御名を仰られないというのも、過去の聖女さま方に共通しておられます」


 そんな記録が残されているから、カリナは罪を被せられるところを免れた。


「再びお会いする機会がこのような場になったことは残念です。私と母上は最初から聖女さまはカリナさまおひとりだと奏上しておりました」


「聖女さまをお探ししようにも、教皇フェリシッシムスが亡くなってから全く痕跡がなくて何もできずにおりましたの」


 王妃も付け加えて痛ましげにカリナを見つめる。王妃は王妃でカリナを保護しようとしていた。


「私は民の言葉には等しく耳を貸さねばならない」


 王は毅然と紡いだ。国を導く者はいつでも私情のない正しい判断を求められる。その差し出される文言が、どれだけ憎たらしい相手からであっても、聞き取らなければ公平ではない。


「だが聖女カリナにはむやみに苦痛を味わわせた。すまなかった。心から詫びよう」


 魔症して滞った政務を一気に進める必要もあり対応が遅れたと。情報の隠蔽と錯綜があったが、それを看破するのも王の甲斐性というもの。


「いいえ、シャーロがずっと助けてくれました」


「先ほどの騎士だな」


「はい。私を庇って怪我もしました」


 シャーロがこの場にいたなら、王にそんなことを言うなんて、と口をへの字に曲げていることだろう。

 いい加減治癒を受けているといいのだけれど。


「すみません、私まだ熱があって……下がってもいいですか?」


 額に手を置く振りをして、目尻の涙を拭った。


「そうか、無理をさせたな。休むがよい。ヘンリクス、聖女を部屋へ」


「はい、陛下」


 王子が立ち上がった。カリナの前で腕を差し出す。


「失礼します」


 頭を下げて、エスコートに付き従った。王子の動きは機敏だったが、悠然さに欠ける。たかだか十歳ほどなのだから立派なものだろうけれど。シャーロはもっとゆったりとカリナに合わせてくれたな、と余計なことを考えてしまう。

 与えられた部屋に入るなり熱をぶり返し、数日ベッドから出ることを許されなかった。


The Virtue And the Vice.

(善と悪)



カリナ組による進言バトンリレーでした。


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