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With My Chivalry.

 少し歩くと土の見える道に出た。

 (なら)されてレンガの敷かれた道はきちんと整備されていて清潔感もある。

 碁盤割りの通りを二つ過ぎて幅寄せしていた馬車に乗り、ガウワー卿の私邸へ走らせる。第二騎士団団長にはシャーロが妹とともに訪問すると知らせておいた。

 見舞いに来るにしても直接面識のない妹を連れてくるのは不自然だが、ウクドリッドは了承を返した。


 ソファに座ったまま、屋敷の主人はシャーロに向かって微笑いかけた。その近くに松葉杖が立て掛けてある。


「部下たちを庇ったと聞きました。第二の連中が泣いてましたよ」


「傷を負ったのは私が不覚をとっただけだ。あいつらが無事ならそれでいい」


 シャーロは後ろに控えた少女を見やる。


「こういうお人なんだ」


「シャーロの妹御には会ったことがないが……」


 風貌にあまりにも差異がある。貴族の家では血縁以外からも養子をとるし異母きょうだい異父きょうだいもありふれてはいるから、別段取り上げることではない。


「ご紹介させてください。カリナさま、こちらが第二騎士団団長ウクドリッド・ガウワー殿。団長殿、カリナさまが新しい聖女さまです」


 カリナがはじめまして、とお辞儀する。


「なんと、これは失礼を」


 ソファから立ち上がろうとするので、カリナは押し留めた。


「どうぞそのままで。無理はなさらないでください」


「申し訳ない」


「いいえ。でも団長さまは、私を聖女だと信じてくださるのですか?」


「シャーロはくだらぬ嘘はつかない」


 国から発表があって然るべきなのに、ウクドリッドは聖女に関しての知らせを聞いていない。聖女召喚をする予定だ、止まり。目の前の少女には市街地にいても特に怪しむ点も注目するべき点もないように見受けられる。若い騎士は容貌に浮き足立つだろうが、ウクドリッドはさして惹かれない。


 カリナを、というより付き合いの深いシャーロに信の重きを置いているようだった。お互い様だ。だって、カリナもこの団長よりもシャーロの役に立ちたいと彼の願いを叶えたくて来たから。


 当然ながら、災厄に遭う人がいるのを知って見捨てるような真似をするのが心苦しいという安っぽい正義感もありつつ。偽善で助かるのと助からないのでは、助かるほうがどうあったっていいはず。


「それに帰還途中に久しぶりに聖獣をこの目で空に見た。聖女がこの世界に降臨なさったから聖獣も戻ったのだろう。それは間違いない」


 カリナは空の聖獣ときいて、ふと思い出す。獣とは言うが鳥類も含むものらしい。


「聖獣が空に……あ、鳩ですか? 王城の聖杯のところに水浴びしにきてたんですよね」


「紛れもなく。森の近くでは魔が出るようになっていたが、これからは聖獣が祓ってくれるであろう」


 嬉しい知らせだった。


「よかったです。それでは気を楽にしてください。

 ……たくさん、魔を負ってらっしゃいますね」


 カリナの目がウクドリッドの上から下まで滑る。


「見えますか」


「手足ぜんぶ、左の脇腹が一番酷いです。私が浄化してもいいですか?」


 聖女が言い当てる横でシャーロはその深刻さに背筋を冷やしていた。それではほぼ全身を魔症しているということにならないか。ウクドリッドは静かに目を瞠り、頭をわずかながら下げた。


「……ありがたい」


 彼の座る場所まで歩み寄る。

 聖杯を取り出し、糸を手繰っていく。満たされた聖水をウクドリッドの頭からかけていった。ウクドリッドは手を皿にして滴る銀を受け止めようとしたが、残ったのは空気だけだった。


 椅子から滑るようにしてその場に片膝をついた。


「このウクドリッド・ガウワー。あなたを至善至高の聖女と認め、騎士道(シヴァリー)をもってしてお仕えする」


「ありがとうございます、でもそんな大げさに受け取らないでください」


「私からの忠誠は要らぬと?」


 大柄な男が捨てられた子犬のような瞳をするので、カリナは慌てた。


「違います。とっても光栄なんですが、忠誠が欲しくてやったことではないので。あの、立ってください」


 迷う手で筋肉のついた肩に触れると、ウクドリッドの手がそれをふわりと掴んだ。自然な流れで口元へ運び、指先にキスが落とされる。既視感(デジャ・ヴ)


「あ」


 とは、シャーロから発せられた。


 ウクドリッドが(あで)やかに口端を上げて、石のようになった手を離す。


「ではウクドリッド・ガウワーの名前だけは覚えていただきたい。いつなりと馳せ参じましょう」


 仕草はきびきびとしているのにアンバーの瞳がとろりとしたメープルシロップを連想させた。甘い。

 慣れている。この人は女性の扱いに慣れている。カリナに大した恋愛経験はないが女の本能がそう告げた。

 息を吹き返したカリナはぐるんと首を回してシャーロに赤い顔を向ける。


「シャーロ!! なんで?! まさか肩に触るのもハンド・キッシングの合図なの?!」


「アー、チガウハズダケドスミマセン……」


 頭を掻きながらそれしか言えなかった。カリナがトトト、とシャーロの背後に逃げるのを目で追ってしまう。盾にされたのが理由もなく嬉しい。

 ウクドリッドからすれば敬慕を示しただけなのに忌避されて、目を点にするしかない。


「カリナさまは聖女さまで、つまり異世界から来られたのです。こちらの文化やマナーには慣れておられず……とても慎み深いお方です。とくに身体的接触はお控えくださいますよう」


「ああ。それは、ご無礼を。しかし聖女さまがこんなに愛らしいお嬢さんだと知られたら大変なことになるでしょうね」


 ウクドリッドはちっとも悪びれずにいる。親戚の子を心配するような心持ちでそう告げた。


「文化の違いなのでそれは結構ですけど。

 ガウワーさま。あの、傷は痛みませんか? 魔症が消えたのはわかるんですけど、私は怪我の治療ができないので」


 カリナの心配にウクドリッドは顔を綻ばせた。


「傷は先に治癒してもらったので、魔症だけが憂いだったのです。それもあなたがすっかり消し去ってくださった」


「よかったです。どうかお大事に」


「ありがとう存じます」



 キリのいいところで、シャーロが会話の指揮権を取る。


「というわけで、こちらが王城教会が隠匿しようとした聖女さまです」


「教会が? ……フェリシッシムス教皇がお亡くなりになったからか」


 この場の誰にも向けられてはいないが、ウクドリッドは軽蔑を露わにした。多くを言わずとも自分の持てる情報内で解読する様子から、彼は王城の内部事情にも食い込める人物らしい。


「団長殿、俺たちはすぐ戻らなきゃいけないんで、すみませんがこれで。また『見舞い』に来ます」


 魔症設定をしばし貫け、と伝えて、シャーロは二本の足で立つウクドリッドと握手した。


「思ってもいない盛運に恵まれた。感謝する、シャーロ・ロバーツ」


 逃げるようにしてガウワー邸を出た。


With My Chivalry.

(騎士道をもってして。)

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