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We Can Do Nothing But Wait.

 今日も今日とてやってきたシャーロに、出会い頭にカリナは神妙な顔で切り出した。


「ちょっと助けてほしいことがあります」


 シャーロの笑みが消えて、ピリ、と肌がひりついた。まるで敵を目にしたかのよう。ひそめた声でカリナへぐっと近づいて訊く。


「賊か?」


「ぞく?」


 属? 俗? 族? カリナの頭に漢字が並ぶ。どうして彼はこんなに警戒しているのか。


「誰かここに来たのか」


「来てないよ」


 少し空気が和らいだ。


「ちょっと台所に問題があるの。あ、火事とかじゃないよ」


 シャーロが真剣な顔をしてカリナの後に続くと、台所に着いた。荒らされた形跡もなく、かつ清潔なままだ。


 カリナは大きなカボチャを指差した。真ん中から斜めに包丁の柄が飛び出している。


「一時間奮闘したんだけど、どうやっても抜けなくて……」


 シャーロはしゃがみ込んだ。かと思えば笑いを堪えきれず噴き出した。


「悪漢でも出たかと……。助けてって言うから。それがカボチャって」


 侵入者などがあれば、何がなんでもカリナを家に連れ帰らなければ、ぐらいは考えていた。


「ええ? 悪漢って、ぞくって、賊のこと?! 違うよ! ……こんなことで頼ってすみません」


 頭を下げると、騎士は立ちあがる。


「どうってことありませんよ、聖女さま」


 シャーロは一息で包丁を抜き取った。


「私の一時間……」


 魂の抜けた様子だったのがまた笑いを誘う。


「小さく切っておくか?」


「四つ切りでお願いします……」


 切るときも一息だった。切り口を蜜蝋の塗られた紙で包み、涼しいところに置いておく。



 シャーロの差し入れてくれたお茶葉でティータイムを楽しみつつ、カリナは疑問を口にした。


「こんなに連日で来てもらってお仕事は大丈夫?」


「俺は魔症にかかってるのでね、騎士団でできることは少ない」


「包帯したままだと思ったら……仮病?」


「人聞きの悪い。出勤して最低限仕事はしてる」


 カリナはふと下を向いた。

 彼は仮病を使ってでも、カリナのために動いてくれているのに、当のカリナはなにをするでもない。


「これだけのんびりしちゃうと、いいのかなって思っちゃう。私が満たすべき聖杯が、各地にあるんでしょう?」


「聖女さまが召喚されたというなら大々的に発表されて当然だが、それもない。王城になにかあるかもしれない。それがわかるまで窮屈でしょうが、どうか我慢していただきたい」


 王城で誰が何を思いどう行動しているのか。

 危険分子を特定し排除できるまで、カリナには安全にしていてほしい。


「退屈だとか言いたいわけじゃないの。役目を果たす、って誓ったからいまの宙ぶらりんの状態がなんかね」


「不安にさせてすみません。俺だけで集められる情報は頼りなくて。政治の中枢部まで乗り込める人物がもうすぐ戻る予定なんだ。そこからまた動くこともある」


「待ってる間なにもできなくてごめんね」


「きっと聖杯を巡る旅に出れば大変だ。それまで気を休めててくれ」


 シャーロは優しく微笑む。



****




 カリナの不安に応えるように、後日第二騎士団が魔物討伐から帰った、と一報が入った。シャーロはすぐさま団長に会おうとしたが、その団長が魔症して倒れているという。傷の手当ては済み自宅で療養しているとのことだが、団長自ら登城して報告もできないとなると相当な重傷だと予想される。


「聖女さまをペリベイルから出すことは考えていたが、旧寄宿舎にいてもらったほうが安全にしか思えないんだよな」


「ここ、ペリベイルっていうの?」


 王城を含むこの敷地全体をそう呼ぶとシャーロは説明した。手紙を出すにも、宛名には住所ではなくペリベイル、という単語と受取人の名前を書けば届く。


「誰も近寄らないとはいえ、王城のある敷地内だし、なにかあったら騎士団本部は近い。下手に外に出るよりかは、ここにいてもらったほうが安心なんだが」


「え、私をここから出そうとしてくれてたの?」


「いつまでもこんな生活させるわけないだろう。大っぴらに動くのはまずいがいろいろ考えてる」


 カリナもカエソベリウスの地下牢騒動があって、善良そうな兵にここで待てとは言われたが、いつまでかかるのか心配になってきたところだ。


「第二騎士団が魔物討伐から帰還した。団長が魔症したようだが、浄化を受けられず自宅で療養中だ。王都の中央教会でも聖杯が枯れてしまっている」


「王都の聖杯って、王城の中庭にある聖杯じゃないの? 私、それなら聖水で満たしたよ」


 シャーロは悔しそうにした。


「それとは別にある。プライベート・ガーデンの聖杯は王族専用だ。カリナさまがいくらその杯を満たしたって、下々の者には決して行き渡らない」


「そうなの?」


 カリナの声が震える。てっきりあの杯を満たせば近くの人には渡せる、国の端々には無理でも王都の人々くらいは癒せると思っていたのに。

 だから、浄化の旅に出てほしい、世界の危機だと言われてものんきに構えていた部分もある。


「例え王城に勤める者であっても、貴族や平民が使えるのは城下町にある教会が管理する聖水だ」


「城下町って、この城のすぐそこってことでしょ? 目と鼻の先で苦しんでるのに分けてもらえないの? そんなのってないよ……」


 カリナはフェリシッシムスに学ぶべきことを学び損ねた。でもそれを悔いている場合ではない。


「シャーロ、私は団長さんを助けたい。誰にも見つからずにペリベイルから抜け出して戻るにはどうすればいい?」


シャーロがカリナを眩しそうに見つめた。


「聖女さまからそう言っていただけるとはありがたい」


 もう長いこと聖女らしいことをできていない、とカリナは首を小さく振った。シャーロは思考を張り巡らせる。


「外を出歩くには、司祭服(カソック)では目立つぞ。着替えはあるか?」


「いえ、これしか……」


「衣服を用意するのはなんとかするとして、当然ながら入った人数より出て行く人数が増えるのは怪しまれる」


 門番の交代のどさくさを狙うにしろ、彼らは騙されるほど馬鹿ではない。カリナが妹のフリをするにしても、リリはペリベイルに来たこともあるため騎士団の一部にはリリの顔が割れている。

 策を立ててみる、と言い残しシャーロはその日は騎士団旧寄宿舎を立ち去った。



We Can Do Nothing But Wait.

(待つしかできない。)

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