Spill The Beans.
帰宅すると妹のリリが迎えてくれた。
「お兄さま、おかえりなさい」
「ただいま、リリ。夕食の後に話せるか?」
リリはえぇ、と了承した。
腹を満たした後に兄妹水入らずでコーヒーテーブルを囲む。
「大事な話が二つある」
わかりました、と妹はかしこまった。
「リリの魔除けがすごい効き目を発揮した」
「何かありました?」
リリはほっそりとした首を傾げる。目を包帯に移した。
シャーロは包帯を取って、傷跡を晒す。兄が魔物討伐から帰ったときにリリが泣きそうになりながら手足の状態を見せてくれと頼んでも明かされなかった傷跡だ。
「魔症って、黒ずんでいるとよく聞きますけれど……まるでなくなったかのような」
想像とまったく違う様子の腕に、リリは妙に思った。
「そうだ。完璧に浄化されている」
「よかったです。お兄さまが辛い思いをしなくて済んだのですね」
王都にも残った聖水はないと聞いていたが、なんとかやりくりして都合してもらえたのだろうか。
ありがとう、とシャーロ。
「けれど、私の糸巻きレースのおかげではないでしょう」
リリが込めた魔除けのまじないは、所詮気休めだから。
「まぁな。……以上を表向きの話にしたい」
「やはり、そうでしょうね。おまじないをかけても、気持ちだけですもの」
落胆した様子はなく、彼女は二つ目の大事な話を急かした。
「今日、聖女さまにお会いした」
「教会の聖職者ではなく?」
「違う。騎士団の使われなくなった宿舎にいらっしゃった。そこで止むに止まれず生活しているようだった」
「そんなところに? 王城にも教会はございますのに」
「きな臭いだろう。すぐすぐ各地の聖杯に出向かわせていないこともおかしい。俺も事情を調べなくてはと思う」
「とんでもないですわね。それから?」
「聖女さまは俺の目の前で聖水を湧き出でさせ、魔を祓ってくださった。浄化は一瞬だった」
「素晴らしいことです」
兄は妹に同意して微笑む。
「魔を浄化してくださったのは聖女さまだが、聖女さまに
お会いできたのはリリのおかげだと思っているよ。なんていったってリボンをもらって身につけたその日に会えたのだから」
リリのおまじないが二人を引き寄せた、とシャーロは感謝した。
「お上手ね、お兄さま。でも嬉しいですわ」
もしそうならリリのレースに新たな需要が生まれる。売りに出すならうんと高く買い取ってもらわないと。と、裏で考えるくらいには商売人の血が流れているロバーツ家の長女で末娘だった。
兄のシャーロには奸計を読んだり流行りを生み出すなどの商才がなかった。ロバーツ家当主は早々に育てた店を長男に継がせることを断念し、次に生まれた妹へ教育を切り替えた。思い切りの良さは商人として流石であり、これが成功した。
シャーロは武の道で人生の意義を見出し、妹は学校に通いながら商売や流通について積極的に学んでいる。
「真相を暴けるまで俺は魔症のふりを続ける。そのほうが自由に動けるから」
「わかりました。必要なことがあったら言ってください。女性にしか通用しないこともあるでしょう」
兄が肩の力を抜いた。それで、と妹は野次馬根性を出した。
「聖女さまはどのようなお方でした?」
シャーロは逡巡する。
「お優しくて、素直な方……かな」
「いかにも聖女さま然としてますわね」
言葉にすれば単純に聞こえるが、そうではない。いきなり台所のワークトップに登ろうとしたお転婆っぷり、なのに遠慮深そうな一面があったり、慎みをみせたり。
「そう、でもない。いきなり妙な場所に連れてこられたのに、順応性が高いのだろうか。能天気なのか、努めてそう振る舞っているのか、俺には判断がつかない。算段ならば、恐ろしいな」
「では見た目は?」
「黒髪黒目で、おおよそ十代後半か。リリより小柄だった」
「まぁ。お若いのですね。それなのにお一人で過ごされてるの?」
「さすがに苦労されてるようだった。……そうだ。
レースを編んでくれないか。髪を結ぶ用に」
「よろしいですわ。お兄さまがお使いになるの?」
「いや、カリナさま。聖女さま、にと思って」
兄が女性の名前を口にするのは珍しい。それに触れないでおく。
「あら。聖女さまはどういったものがお好みですの?」
「わからない。聞かなかった」
これだから兄は、とリリは苛つきをぐっと堪えた。大らかで優しい兄のことは大好きだが、ときに機微に欠けるのが残念だ。
「色ですとか、模様ももちろん、お好みから大きく外れたものを差し上げたくありませんわ。華やかなほうがよいのか、控えめがお好きなのかでもデザインは変わります」
「いやでも、リリのレースを褒めていたぞ」
「そうですか? お兄さまの髪留めをお見せしたんですのね」
「あ、あーいや、……」
歯切れが悪い。
「でも、気に入っていただけたからと言って同じ図案は使えませんわ。糸も新調しなければ」
「そういうものか?」
「当たり前です。手垢のついたものなどお贈りできませんでしょう。聖女さまですよ?」
もしカリナがお高くとまった女であったなら、シャーロもちゃんと店で買って箱に入れリボンをつけて用意しただろう。ところがカリナが下町の娘のように頓着なく親しくしてくれるのでそこらへんの感覚が狂ってしまった。
すぅ、と息を吸って止まった兄に、妹の勘が働いた。
「お兄さま、何を隠してるのか白状なさって?」
「リリがくれたレースを、その。俺が昨日まで使ってたやつ……」
「使ったものを差し上げてしまったの?」
「髪をまとめるものがないとおっしゃって。それでベッドシーツの端を切って使おうかというところだった。リボンをちょうどポケットに入れていたものだし。レースもお好きなようだったから、新しいものを差し上げようとリリにこうして頼んでるんだが」
頬を引きつらせながらリリは器用に微笑む。
「そう、シーツの端を……。物の新旧にこだわるような方ではなさそうですけれど」
それどころかものすごく大雑把そうだ。
「リボンをすごく喜んでいたし、むしろ聖女さまが手にすることでリリが怒らないか気にしていた」
まぁ、と今度は顔を緩ませる。
「でも、あれはお兄さまのお名前を入れてますわよね。了承していただけてますの?」
「そこまでは伝えなかった。ただ使ってくれと言って渡した」
「でも、一応は込められた意味を説明すべきだったのでは?」
「渡したときに深い意味はないから、とは」
シャーロはかわいらしいリリの背後に恐ろしい鬼を見た。
「お兄さまったら。それでしたら逆に、とっても大変間抜けなくらい説明不足ですわ。わざわざ『深い意味はない』だなんて、考えてしまうに決まってますでしょう」
「失言だとは思ったが。どうせあれが読み解けるのは我が家以外にないだろ」
年頃の男性からのアクセサリーの贈り物、というところが肝心なのにわかっていない。
「もう! 明日わたくしも同行しますわ。お兄さまのお話ではお好みもぜんぜんわかりませんでしたし」
「待ってくれ。事前にカリナさまに了承をもらってくるからそれからにしよう」
「……はい。お約束もなしにお伺いするのは失礼でしたわ」
リリは聖女に拝謁した際にははじめましてよりも兄の行動の謝罪が先かしら、と悩んだ。
ロバーツ家が貴族の仲間入りをしたのは父の代から。ただし貴族の大半からしてみれば依然ただの豪商、平民扱いだ。一部の貴族の信頼を得て地道に発展させてきたものの、兄の見目がいくら良くとも生粋のご令嬢方は輿入れ先としては避ける。おかげで兄は鈍い。兄にも欠点の自覚はあり、家を継ぐ気はなく、意欲のある妹に商いを任せた。
交渉の場では兄は貴族として務まらないだろう。貴族の名誉のために命を捨てるより、他人を守るためにこそ命に頓着しないような人だから。
リリはそんな兄が好きだけれども。
魅力をわかってくれる女性は貴族にはいないかもしれない。
不満や悩みを打ち払うように、リリは自室でボビンを両手に繰り作りかけのレースを編んでいく。
Spill The Beans.
(白状なさって)




